1 / 6
第1話
しおりを挟む「ねえ、いつなったら働いてくれるのよ」
妻の美月は、さすがに我慢の限界という表情をしている。
「こっちも色々考えてるんだって」
周平は、苦しいと分かっていながら言い訳をした。
それを聞いた美月は、これまで溜め込んできた鬱憤を全て吐き出すかのように、一息で捲し立てた。
「いつまで呑気に考えてるのよ。由香だって来年から小学生になるのよ。これからお金がもっと必要になるんだから、いつまでもそんな頼りない姿見せないでよ。これ以上こんな生活が続くんだったら、離婚も考えるわよ」
周平は、「分かったよ。もうすぐ何とかするから」と言いながら逃げるように家を出た。
娘の由香は、今年で幼稚園を卒園する。今は貯金を切り崩しながら何とか養育費を捻出しているが、こんな生活を続けることができないということは、周平も理解していた。
家を出た後、しばらくあてもなくさまようと、目についた公園にあったベンチに腰かける。そして、空を見ながら大きなため息をついた。
周平は、新卒で入社した都市銀行を一年ほど前に退職していた。入社前は、ドラマや小説で描かれる銀行員の姿に憧れ、希望を持っていた。
しかし、働き始めるとそれらがあくまで創作であるということを思い知らされた。やりがいのない仕事に追われ、小さなミスをねちねち指摘してくる上司に頭を下げる毎日。それでも十年ほどは我慢して働き続けたが、とうとう精神的に限界を迎え、妻の美月には何の相談もせず、辞表を出してきてしまったのだ。
最初は不安を感じながらも、周平を信じてくれていた美月だが、一年近く家でごろごろしている旦那に、堪忍袋の緒が切れたようだ。
「何とかするって言っちゃったけど、どうするかなあ」
近くにいた親子が、唐突に独り言を呟いた周平に驚き、その場を離れていく。
この一年間、彼だって何も考えずに過ごしていたわけではなかった。当初は、転職サイトに登録し、毎日求人情報をチェックしていた。しかし、その会社で働いている人の口コミを見ると、細かい点が気になってしまい、応募できずにいた。もう一度会社選びに失敗したらどうしようという不安が強かったのだ。
しかし、もはやそんなことを言っている場合ではない。今日初めて美月の口から「離婚」という言葉が出たことに、周平は焦りを感じていた。
「とにかく仕事を探さないと」
勢いよくベンチから立ち上がると、最寄りのハローワークへ向かった。
0
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる