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第1章
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しおりを挟むハーブュランタの町並みも見慣れたものになってきた。
材料収集のために向かう森への道はここをまっすぐに行けば良いが、今日は十字路を右に曲がる。
同じような建物が建ち並ぶ端道は抜け出ることが出来ない迷路にでも入り込んでしまったような気分になる。
泊まっている宿の主人に描いてもらった地図を頼りに歩いているとどうにか目的の場所に着くことが出来た。
他の建物と造作ない作りだがどこか不気味な雰囲気がある。
その証拠に軒先には見たこともないような奇抜なデザインの置物が出迎えてくれる。
そんな店に足を踏み入れた。
カランコロン
ドアを開けると来店を知らせる鐘の音が響いた。
それでも店員からの声は聞こえない。
だがそんな陰気な雰囲気がこの店、魔法道具屋にはぴったり合っているような気がする。
私は今日、一人で魔法道具屋に訪れていた。
フードを深くかぶり、マフラーで顔をほとんど隠した風貌で。
この魔法道具屋は普通の魔法道具屋と違って珍しいものを多く扱っており、ここに来るのは変人か訳ありの人だと言われている。
珍しいものというのは普段は使わないような物、つまり普通の人には役に立たないような物が置いてあるので変わった人が来ると言うことだ。
だからあえてそんな人物に見えるように合わせたのだった。
店内に進むと所狭しと並べられた見たこともない魔法道具の奥に、カウンターにいる店主を見つけた。
長いひげを蓄えた何とも気むずかしそうな老人が座っている。
“この魔法道具の鑑定を依頼する”
そう書いた紙と一緒に小さな箱のような物を渡した。
自分でも怪しすぎるし年上に対する敬意もこもっていないと思う行動だが、これ以外に良い方法が思いつかなかったので仕方がない。
逆にここに来るような人は変わった人が多いのでこれくらいの方が普通に見えるだろう。
他の魔法道具屋に行く場合には筆談という方法でスムーズにやりとりを出来ることはまずないだろう。
店主も私の様子に不信感を抱いたような素振りは見せず、私を一瞥するとその魔法道具に目をやった。
ルーペのような物を目に当てながらその外装を観察している。
「何らかの術式が組み込まれていることは間違いないが、詳しくは中を見てみないことには分からん。お前さんはこれが何の道具か知りたいということじゃろう?」
店主が使っていたルーペにもわずかだが魔力を感じた。
ただの道具ではなく、鑑定などに利用するための魔法道具なのだろう。
ここの店なら正確な鑑定を期待できそうだ。
試した形になってしまったが、このまま依頼をしようと思い頷く。
「そうか。じゃったら鑑定には小一時間かかる。それまでどこかで待っておれ。明日からしばらく店を空けることになるでのう。今日中に取りに来るんじゃぞ」
そう言って店主は店の奥へと入っていった。
店番が誰もいなくなっては防犯対策に欠けるとも思ったが店の外にあった置物、あれは恐らく盗みを働いた者に対して反応する魔法道具だ。
犯罪対策に従業員を雇う代わりに魔法道具を使うところはさすが魔法道具屋だ。
鑑定を依頼した魔法道具はキースにもらった物だった。
ハーブュランタに着いた日、キースに貰った小包の中には小さな箱が入っていた。
最初は小物入れか何かかと思ったが、開くようなところは見つからないしわずかだが魔力も感じられたので魔法道具だと分かった。
しかしそれがどうやって使う物なのかが分からなかった。
持ち歩くだけではなくて、水をかけてみたり温めたりいろいろ試したが反応は何もなかった。
キースにはもう会うことはないかもしれないと思っていたし、使い方を本人に聞くなど今更過ぎると魔法道具屋に行ったのだった。
まあ、単純に魔法道具に興味もあったのでそのついでという部分もあるが。
そういうわけで私は鑑定の間の時間を、店の商品を物色することに費やすことにした。
店に入ったときにも思ったが、本当に珍しいものばかりある。
針のない時計や羽の生えた花瓶など見ただけでは使い方が分からないような物が多い。
例えばここに置いてある花のブローチは何だろう?
赤、青、黄、緑の4色の花びらが一つずつ付いた可愛らしいデザインの物であるが、一見ただのブローチにしか見えない。
手にとってまじまじと見てみた。
「それは火、水、光、風の初等魔法が繰り出される魔法道具だよ」
するといきなり後ろから声をかけられた。
全く気配を感じなかったので私はすごく驚いて、思わず持っていたブローチを落としそうになり焦ってお手玉のように手ではじいてしまっていた。
そんなことよりも気づかないうちに背後を取られてしまうことの方が警戒すべきだが、その声には聞き覚えがあったので危機感はなかった。
振り返ると私の慌てた反応が面白かったのか肩を震わせて笑うキースがいた。
「くくっ。またまた、重装備で。それなのにそんなガラクタを落としそうになったくらいで慌ててるなんてさ」
そう言ってまだ笑いが収まらないのかまた震えだした。
確かに、ほぼ全身を隠したこの怪しい格好でそんなことをしていたら滑稽に見えるかも。
状況を想像して恥ずかしくなりそれを隠すように、そしてキースの発言で気になるところがあり思ったことをそのまま紙に書き殴っていた。
“人の店の商品をガラクタなんて。魔法が組み込まれてるなんてすごいことだよ!”
「魔法が出せるって言っても初級魔法も初歩の初歩。指先に灯るくらいの小さな火にコップ一杯の水、ランプよりも暗い光と髪も乾かせない弱い風。そんなのしか使えないんだよ、それ。魔法が使えない子供向けにって作られたんだけどこの魔法道具の使い方を覚えるよりもそれくらいの魔法なら覚えた方が早いって全然使われなかったんだ。それに、デザインだって良くないしね」
そのブローチを何か痛ましい物を見るかのようにキースは顔をしかめた。
嘲笑うかのようにそういうキースになんだか悲しくなった。
でも、私はそんな風には思わなかった。
“僕は良いと思うけどな。だって4つの花びらって四つ葉のクローバーみたいに幸せを運んできてくれそうだから”
「……ああ、まあそう言う考えもあるんじゃないかな」
私の言葉を見たキースは私から顔を背けて後ろにあった魔法道具をいじりだした。
そのキースの態度に私は何か変なことを言ってしまったのではないかと不安になっていると、キースはまた何事もなかったかのように私に向き直った。
「そういえばさ、君なんで魔法道具屋になんているの?何か探してるんだったら手伝おうか?」
魔法道具に詳しいらしいキースがそんな提案をしてきた。
その申し出は嬉しいのだが、生憎これといって特に何かを探しているわけではない。
そしてキースに聞かれてはっとした。
私、キースに貰った魔法道具の鑑定をしてもらいに来てるんだった。
バレたら面倒なことになりそうだ。
“ううん、そういうわけじゃないんだ。ちょっと立ち寄っただけ。じゃあ、僕はこれで”
店主の鑑定が終わる前にこの店から出ることにした。
魔法道具は今日中に引き取りに来れば問題ないだろう。
キースが何をしにこの店に来たのかも気になるが、そんなことよりも知られることの方が問題だ。
そそくさとその場から立ち去ろうとしたとき……
「鑑定終わったぞーい。最近見た術式と似た感じのくせじゃったから、思ったよりも時間がかからんかった。じゃが、決して簡単な術式だったわけじゃないぞ。洗練された美しい術式じゃった」
何ともタイミングの悪いことに奥から店主が戻ってきてしまった。
興奮気味に話す店主とその手に持つ魔法道具を見たキースはふーんと一言こぼしていた。
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