【完結】忘却令嬢と忘れられたい男

雫まりも

文字の大きさ
6 / 19
本編

4-1.婚約

しおりを挟む
 
 マリウスは思い立ったその日から、エリーセの両親への説得を始めた。
 エリーセと結婚させてほしい、と。
 最初は渋っていた両親だったが、数日に渡るマリウスの粘り強い交渉で英雄がそこまで娘のことを気に入ってくれているなら、と承諾した。
 やはり、英雄という肩書きは強い。
 マリウスがエリーセの記憶を取り戻した人物であるというのも大きかったのだろう。

 あとはエリーセ本人の気持ち次第ということになった。
 両親の説得後、マリウスとエリーセが会う機会が設けられた。
 十歳までの記憶から十八歳の記憶まで戻ったエリーセだったが、完全にとまではいかなかった。
 エリーセの両親が彼女の記憶を慎重に確認したところ、事故のことは全く覚えておらず、それに加えて事故までの半年の記憶も消えたままだった。
 ちょうど、終戦間もない頃の記憶までしかないようだった。

 しかし、それは今までのエリーセと比べれば些細な問題だ。
 実際の年齢に戻ったエリーセは朝目覚めた時に自分の状況を説明され把握している。
 ここ数日は前日までの自分が次の日の自分のためにメモを残しているという。
 エリーセは本来、聡く強い人間のようだ。
 短時間で大変な自分の状況を受け入れることができているのだから。
 そんな彼女が受け止めきれず記憶を無くして子供に戻ってしまうほど、兄の死は大きな悲しみだったのだろう。

 だから、今のエリーセに対しても兄のヘルハルトの死は伏せている。
 賢明な判断だろう。
 とにかく、今のエリーセは少女となっていた彼女に比べてできることが格段に増えていた。

「はじめまして、エリーセ・リーフェットと申します。本日はお越しいただきありがとうございます」

 客間に通され待っていたマリウスの元に訪れたエリーセは淑女らしい洗練された所作で挨拶した。
 あの丘で出会った少女と目の前にいるエリーセは顔かたちは同じはずなのに、全くの別人のようにも思えた。
 服装や髪型が違うということもあるが、それだけではない。
 大人な落ち着いた雰囲気が感じられた。

「はじめまして、マリウス・ホルデイクと言います。俺と会う機会を作ってくれてありがとうございます。ご両親から話は聞かれていると思いますが、貴方に結婚を申し込みにきました。貴方のことをエリーセと呼んでもいいですか?」

 丁寧な挨拶をしたエリーセに対して、マリウスも立ち上がり紳士としての挨拶を返した。
 最後に親しみやすいような言葉を添えて。
 こういった会話は得意だ。
 子供に対しての会話は勝手を掴むまでに時間がかかったが、大人に対しての会話は今までに培ってきたものがある。
 落ち着いてはいたが不安も浮かんでいたようなエリーセの表情が少し和らいだようだった。

 それから、マリウスはエリーセと簡単な自己紹介から始めた。
 会話の中で感じたエリーセの印象は本音と建前を使い分け、相手に配慮できるような大人な人だった。
 間違ってもあの丘で初めて会った時のように、意地悪なことを言いそうにはない。
 それでも、心に染み込むような笑顔と話している時の心地良さは変わらなかった。

 エリーセは両親から結婚の話を聞かされている。
 そして実際にどうするか決めるのはエリーセ自身でいいと、そういう話になっているとのことだ。
 マリウスもエリーセの同意は必須だと考えている。
 だから、後はマリウスとエリーセの間の問題だ。

 自己紹介を終えたマリウスは再び結婚の話を切り出した。

「それで、結婚についての話をもう少ししても良いかな。君は俺に会うのは初めてだと思うけど、実は何度か会ったことがあるんだ。そこで君の良さを知って、ぜひ結婚したいと思ったんだよ」

 堅くなりすぎないように気やすさも交えながら、結婚したいと思った経緯を説明する。
 両親にマリウスのこともある程度聞いているはずだから、エリーセにとっても悪い話ではないと分かるだろう。
 なんせ自分のことを好意的に思っている相手が英雄なのだから。
 マリウスは内心ではエリーセは喜び、良い返事が貰えることを期待していた。
 だが、にこやかに答える彼女の口から出てきた言葉はマリウスの望んでいたものではなかった。

「せっかくの大変有り難いお話ですが、お断りさせていただきたいと考えています。今の私はこんな状況ですし、ご迷惑をおかけするわけにはいきませんし」

「迷惑だなんて。そんなことは決してないし、君は気にしなくても大丈夫だ」

「いえ、そういう訳にはいきません」

 マリウスが大丈夫だ、気にしなくていいと何度言っても、結婚なんて申し訳ないと一辺倒なエリーセに取り付く島もなかった。
 これ以上、何を言ったところでエリーセの答えが変わることはないと思ったマリウスは、ざんねんです……と告げると部屋を後にした。
 部屋の外ではエリーセの両親が様子を伺っており、マリウスに気の毒そうな顔を向けた。

「あの子は少し頑固なところがありまして……」

 マリウスを少しでも慰めようと思い、そう声をかけたエリーセの父親だったが、マリウスの表情を見て言葉を止めた。
 あれだけはっきりとフラれたというのに、マリウスには少しも落ち込んだ様子は見られなかった。

「また明日来ます」

「え……明日?」

 戸惑うエリーセの父親に、マリウスはそう言い残すと屋敷を後にした。
 今日のエリーセには断られてしまったが、明日のエリーセにはどうか分からない。
 またやり直せばいい。
 そんな前向きな気持ちでいっぱいだったマリウスは、結婚を断られたということに気を落とすこともなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...