【完結】忘却令嬢と忘れられたい男

雫まりも

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本編

幕間4.軍人と希望の男

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 先の戦争で英雄といわれる男がいた。
 現在、若くして軍の幹部となっているとある軍人はその英雄と同時期に軍の養成所に入った。
 自分が今、こんな立場にいるなんて養成所に入ったばかりの頃の自分には信じられないだろう。
 ただ養成所に入っただけではきっと自分はうだつの上がらない一兵で終わっていただろう。
 ここまで来られたのは、同期に英雄がいたからだった。

 男は貧乏貴族の生まれで自分の食い扶持を得るために、消去法的に軍の募集に申し込んだ。
 養成所に入れば衣食住の補償に加え、小遣い程度ではあるが給金が支給される。
 そんな理由で応募したため、当然やる気はない。
 戦争がすぐに始まるわけではないし、適当に最低限の訓練をこなしていけばいい。
 そんな気持ちだった。
 募集に対しての応募数は少し超える程度だったが、そこそこの実力があった男は無事に入隊できた。
 そしてそこで最初に出会ったのが英雄だった。

 第一印象は人当たりの良い人物といった感じだった。
 軍に入った理由を尋ねると、国のためだなんて嘘くさいことを言っていた。
 その時は心にもないことをと思いながら、俺もそうだと適当に返していた。
 しかし、その後の彼の行動を見ていると、その言葉は本心なのではないかと思えてきた。
 戦争などまだ到底起こりそうもなく、訓練にも身が入っていない者が多かった。
 しかし、彼は違った。
 一つ一つの訓練に集中し、まるで明日にでも戦争が始まるのではないかというような緊張感でいるのだ。
 そんな彼の様子に周囲の人間は触発された。
 今は平和だったとしても、隣国との関係は悪化してきている。
 戦争はすぐにではないにしても、数年のうちには始まるだろう。
 その時、自分達には戦える実力があるのだろうか。
 それがわかるのは、戦場で死を迎えた時ということにならないだろうか。

 現実味のなかったものが、目の前に見えているように想像できるようになった。
 彼の周囲の人間達はまるで戦場にいるというように、鬼気迫る勢いで訓練に臨んだ。
 剣術、体術の訓練は動けなくなるまで行い、過去の戦術についての議論は暇があればそこかしこで行われていた。

 そして、入隊してから二年後、ついに戦争が始まった。
 男は入隊した時とは比べものにならないような実力がついていた。
 戦うことについての意識も変わっていた。
 彼と共に過ごすことで、自然とそうなっていた。
 彼は前線への配属を希望した。
 男は入隊した時はなるべく楽で死にそうにないところにいれたらそれでいいと思っていたが、気づけば彼と同様に前線への配属希望を出していた。
 彼と共に養成所で過ごした他の者達も、多くが同じく前線を希望した。
 ここまで前線に配属希望が集まることは珍しいと、上官が溢しているのを耳にして、やはり彼の存在は普通ではないのだと感じた。

 戦争が過激化し、毎日のように戦闘の続く日々はさすがに逃げ出したいほど過酷だった。
 実際に逃げ出した者もいる。
 それも仕方のないことだろう。
 だが、人数不足に上官の戦死が続いた戦いの中、男の心も折れかけていた。
 この長く苦しい戦いが続くのなら、ここで諦めてしまったほうが楽なんじゃないか。
 そんなことを思いかけた時だった。

「希望を捨てるな!!」

 そんな声が戦地に響いた。
 力強く、心にまで響くような声が。
 その声の方に意識が集まる。
 敵を斬り伏せながら、剣を掲げた彼は再び叫んだ。

「立ち上がれ。生きることを諦めるな!希望がないというのなら、俺が希望になるから。帰るんだ!誰一人かけることなく!」

 その声が響いた一拍後、おおおお!と地面が揺れ出しそうな程の雄叫びが上げられた。
 男自身も腹の底から叫んでいることに、声を出してから気付いた。
 そして叫びながら、先程まで胸に湧きかけていた諦めの心も今はもう少しもないことに気付いた。
 それに変わって胸を占めるのは、内から燃え上がるような熱い気持ち。
 男はこの戦いが始まって今、この時が最高潮に士気が高まっていた。
 周りを見渡すと、仲間の目には強く力が宿っているようだった。
 皆、気持ちは一つだった。

「マリウスに続け!!」

 男は声を張ると、一人さらに敵陣へと斬り進もうとしていた彼のそばへ走り寄った。
 男のその声を聞いた共に養成所で過ごしてきた仲間達も彼のもとに集まる。

 彼には他人を引きつけるような、動かすようなそんな力がある。
 いや、力だけではない。
 彼が今までしてきたことの積み重ねでもある。

 養成所では人一倍鍛錬し、その姿に周りの人間は触発された。
 それだけでなく、彼は努力を始め悩んでいる人間には惜しみなく協力し、手を貸した。
 戦争が始まり初めて仲間の死を経験して気落ちしている者がいれば、自分だって辛いだろうに親身になって励ました。
 前線での戦闘に耐えられず、おそらくこのままいけば自死していただろう者も見つけ出し、軍から逃げる道を用意した。

 厳しい戦地、それも前線では自分自身に精一杯で他人に気をかける余裕なんてないのが普通だ。
 それなのに、彼は自分が生き残ることではなく、他人が生き残ることに一生懸命だった。

 おおおお!と彼の周りには火が出そうな程の熱気に包まれていた。
 気圧された敵軍をみるみるうちに突き進む。
 そして、この戦争の最高指揮官の元へと辿り着いていた。

「行け!マリウス!」

 誰もがそう叫んでいた。
 そして、彼ならやってくれるだろうと信じて疑わなかった。
 混戦の中、彼の一太刀だけが光って見えた。
 そして、その剣で敵国の最高指揮官の首をついにはねた。

 おおおお!と一際大きい声が響き渡る。
 敵国の戦意は喪失。
 撤退の声がかかる。紛れもなく、これは大きな戦果だろう。

「この男は希望だ!英雄だ!この男こそが英雄だ!」

 男は声を上げた。
 遠くまで聞こえるように。大勢に知れ渡るように。
 彼を英雄と言わず、誰を英雄と言えるだろうか。

 そのすぐ後、敵国は降伏し、この国の勝利により終戦となった。
 そして、彼はこの国を勝利に導いた英雄として、知れ渡ることとなるのだった。


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