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本編
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それから、マリウスは毎日花の世話を欠かさずした。
水をやるのが習慣になり、葉に元気がなければ肥料をあげた方がいいのだろうかと部屋にいない時まで花のことを考える時もあった。
そして、数ヶ月して蕾が出てきたと思うと、小さな黄色い花を咲かせた。
いつの間にか、マリウスは花が咲くのを心待ちにしていた。
そして、その咲いた花を見た時、マリウスの中には確かに今までにない感覚があった。
これが愛着。愛というものなのかもしれない。
「お、花咲いたな。マリウスが愛情込めて世話してくれたおかげだな。好きな花になったか?」
ちょうど帰ってきていたヘルハルトが花が咲いているのを見て、嬉しそうに聞いてきた。
「花が咲いたことは嬉しかったけど、好き……かどうかはまだ分からない」
「そうか。まあ、気長にな」
マリウスはそんな風に答えたのでヘルハルトががっかりするのではないかと思ったが、彼はいつもの軽い調子だった。
やはり、ヘルハルトのそんなところは、一緒に過ごす中で気が楽だった。
きっと、他の人間との会話であれば、本心でなくても好きになったと言っていたかもしれない。
でも、ヘルハルトには嘘をつく方が嫌がるだろうと、そんな気がしていた。
学年が上がり一人部屋になると、マリウスとヘルハルトは疎遠になった。
学園内であったとしても、挨拶を交わす程度の関係だった。
そんな中、マリウスが三学年に上がった頃、隣国からの侵略戦争が始まるかもしれないと噂され始めた。
軍の養成所への募集があり、入隊を志願したマリウスは学園から養成所へと移ることになった。
マリウスの手に渡ってから二回ほど花を咲かせた鉢植えは持っていくことができない。
マリウスは、別部屋になってから初めてヘルハルトの部屋を訪れた。
鉢植えを返すためだ。
「やあ、久しぶり。君が来るなんて珍しいね。どうしたんだい?」
「ああ、急に悪いな。これを返しにきたんだ」
また街に出かけていていないかもしれないと思っていたが、彼はタイミングよく部屋にいてくれた。
扉を開けて出てきたヘルハルトは、変わらない笑顔をマリウスに向けた。
「……大切にしてくれていたんだな。ありがとう。この花は好きになってくれたか?」
「この花が咲くのは楽しみだったし、きっと愛着は湧いていたみたいだ。でもまだ、好きには慣れていないと思う」
ヘルハルトはいつかと同じことをマリウスに聞いた。
そして、その問いに対するマリウスの答えも変わらなかった。
それがなんとなく申し訳ない気持ちがして、マリウスの声は小さくなっていた。
だが、ヘルハルトはマリウスの答えを特に気にしているような感じはなかった。
「俺の故郷には、この花が咲き誇る丘があるんだ。マリウスもいつか見にきてくれよ。そうしたら好きになるかもしれない。いや、絶対に見に来い。見に来るまで……死ぬなよ」
戦争が始まれば、強い弱いに関わらず運のみで死に至ることは多い。
軍に入隊し、戦場に行くマリウスをヘルハルトは心配してくれていた。
「きっといつか、見に行くよ」
そんなヘルハルトに、マリウスはどう返して良いか分からず、無難な言葉で返した。
本心ではない。
本心などなかったから。
だが、その言葉を聞いたヘルハルトはどこか寂しそうに笑っていた。
それがマリウスがヘルハルトと交わした最後の会話となった。
***
マリウスの机の上には、あの時と同じ黄色い花が咲いた鉢植えがあった。
エリーセが喜ぶかと思い、あの丘に咲く花と同じ花を鉢植えとして取り寄せた。
その鉢植えを見て、マリウスは学園時代のヘルハルトのやり取りを思い返していた。
激しい戦場での日々の中で忘れ去られていた記憶。
そんな記憶が、彼の言葉がよみがえってきた。
今思えば、マリウスにとってヘルハルトは他の人間とは違う特別な相手だったのかもしれない。
だが、当時のマリウスは相手のことを見ようとはしていなかった。
あの耐え難い空気にならないように、上手く対応できさえすれば良いと考えていた。
だから、ヘルハルトの表情の意味も分からなかった。
あの時、ヘルハルトはマリウスが建前として言っていたことに気づいていて、そんな顔をしていたのかもしれない。
今となってはもう確認しようもないことだが。
今のマリウスがそんな風に過去のヘルハルトとのやり取りについて考えられるようになったのは、今は相手のことを見ようとしているから。
エリーセのことを一人の特別な人間として見ているから。
エリーセに対して、毎日接し、改善策を考え、どうすればもっと喜んでくれるだろうかと頭を働かせる。
そんな風にいつの間にか自分のためではなく、エリーセのためを思って考えを巡らせていた。
そこには確かに、愛が育まれていた。
そして気づけば、自分の心の内に胸が苦しくなるほどに掴まれるような感覚。
これはあの時、ヘルハルトが言っていたものなのではないかと思った。
これが“好き”というものではないかと。
「俺はエリーセが好きだ」
一人の部屋で、愛らしく咲く花の前でそう口に出してみた。
思った以上にその言葉はしっくりときて、胸の内にすとんと落ちるようだった。
そうか。好きが生まれていたんだ。
自分はエリーセが好きなんだ。
マリウスはそう自覚した。
生まれてきてしまうものは抑えようがない。
ヘルハルトが言っていた意味が初めて少しだけ理解できそうだった。
そしてもう一度、大切な宝物を見つけた時みたいに言葉を口にした。
「俺はエリーセを愛している」
水をやるのが習慣になり、葉に元気がなければ肥料をあげた方がいいのだろうかと部屋にいない時まで花のことを考える時もあった。
そして、数ヶ月して蕾が出てきたと思うと、小さな黄色い花を咲かせた。
いつの間にか、マリウスは花が咲くのを心待ちにしていた。
そして、その咲いた花を見た時、マリウスの中には確かに今までにない感覚があった。
これが愛着。愛というものなのかもしれない。
「お、花咲いたな。マリウスが愛情込めて世話してくれたおかげだな。好きな花になったか?」
ちょうど帰ってきていたヘルハルトが花が咲いているのを見て、嬉しそうに聞いてきた。
「花が咲いたことは嬉しかったけど、好き……かどうかはまだ分からない」
「そうか。まあ、気長にな」
マリウスはそんな風に答えたのでヘルハルトががっかりするのではないかと思ったが、彼はいつもの軽い調子だった。
やはり、ヘルハルトのそんなところは、一緒に過ごす中で気が楽だった。
きっと、他の人間との会話であれば、本心でなくても好きになったと言っていたかもしれない。
でも、ヘルハルトには嘘をつく方が嫌がるだろうと、そんな気がしていた。
学年が上がり一人部屋になると、マリウスとヘルハルトは疎遠になった。
学園内であったとしても、挨拶を交わす程度の関係だった。
そんな中、マリウスが三学年に上がった頃、隣国からの侵略戦争が始まるかもしれないと噂され始めた。
軍の養成所への募集があり、入隊を志願したマリウスは学園から養成所へと移ることになった。
マリウスの手に渡ってから二回ほど花を咲かせた鉢植えは持っていくことができない。
マリウスは、別部屋になってから初めてヘルハルトの部屋を訪れた。
鉢植えを返すためだ。
「やあ、久しぶり。君が来るなんて珍しいね。どうしたんだい?」
「ああ、急に悪いな。これを返しにきたんだ」
また街に出かけていていないかもしれないと思っていたが、彼はタイミングよく部屋にいてくれた。
扉を開けて出てきたヘルハルトは、変わらない笑顔をマリウスに向けた。
「……大切にしてくれていたんだな。ありがとう。この花は好きになってくれたか?」
「この花が咲くのは楽しみだったし、きっと愛着は湧いていたみたいだ。でもまだ、好きには慣れていないと思う」
ヘルハルトはいつかと同じことをマリウスに聞いた。
そして、その問いに対するマリウスの答えも変わらなかった。
それがなんとなく申し訳ない気持ちがして、マリウスの声は小さくなっていた。
だが、ヘルハルトはマリウスの答えを特に気にしているような感じはなかった。
「俺の故郷には、この花が咲き誇る丘があるんだ。マリウスもいつか見にきてくれよ。そうしたら好きになるかもしれない。いや、絶対に見に来い。見に来るまで……死ぬなよ」
戦争が始まれば、強い弱いに関わらず運のみで死に至ることは多い。
軍に入隊し、戦場に行くマリウスをヘルハルトは心配してくれていた。
「きっといつか、見に行くよ」
そんなヘルハルトに、マリウスはどう返して良いか分からず、無難な言葉で返した。
本心ではない。
本心などなかったから。
だが、その言葉を聞いたヘルハルトはどこか寂しそうに笑っていた。
それがマリウスがヘルハルトと交わした最後の会話となった。
***
マリウスの机の上には、あの時と同じ黄色い花が咲いた鉢植えがあった。
エリーセが喜ぶかと思い、あの丘に咲く花と同じ花を鉢植えとして取り寄せた。
その鉢植えを見て、マリウスは学園時代のヘルハルトのやり取りを思い返していた。
激しい戦場での日々の中で忘れ去られていた記憶。
そんな記憶が、彼の言葉がよみがえってきた。
今思えば、マリウスにとってヘルハルトは他の人間とは違う特別な相手だったのかもしれない。
だが、当時のマリウスは相手のことを見ようとはしていなかった。
あの耐え難い空気にならないように、上手く対応できさえすれば良いと考えていた。
だから、ヘルハルトの表情の意味も分からなかった。
あの時、ヘルハルトはマリウスが建前として言っていたことに気づいていて、そんな顔をしていたのかもしれない。
今となってはもう確認しようもないことだが。
今のマリウスがそんな風に過去のヘルハルトとのやり取りについて考えられるようになったのは、今は相手のことを見ようとしているから。
エリーセのことを一人の特別な人間として見ているから。
エリーセに対して、毎日接し、改善策を考え、どうすればもっと喜んでくれるだろうかと頭を働かせる。
そんな風にいつの間にか自分のためではなく、エリーセのためを思って考えを巡らせていた。
そこには確かに、愛が育まれていた。
そして気づけば、自分の心の内に胸が苦しくなるほどに掴まれるような感覚。
これはあの時、ヘルハルトが言っていたものなのではないかと思った。
これが“好き”というものではないかと。
「俺はエリーセが好きだ」
一人の部屋で、愛らしく咲く花の前でそう口に出してみた。
思った以上にその言葉はしっくりときて、胸の内にすとんと落ちるようだった。
そうか。好きが生まれていたんだ。
自分はエリーセが好きなんだ。
マリウスはそう自覚した。
生まれてきてしまうものは抑えようがない。
ヘルハルトが言っていた意味が初めて少しだけ理解できそうだった。
そしてもう一度、大切な宝物を見つけた時みたいに言葉を口にした。
「俺はエリーセを愛している」
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