過霊なる日常

風吹しゅう

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階段の幽霊編

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 冷たくてカサカサとしたシーツが心地よくて、思わず夢の世界へとすぐに飛び立てそうな気がしていた。

 それにしても、今日は本当に疲れているのだろうか。いつもよりイライラするし、幽霊に関する対策を立てられない。挙句の果てにはヘビが喋ったりした。
 あれも、きっと自分が疲れていたせいっていうのもあるんだろう、そう思い私は目を閉じて少しだけ仮眠することにした。

「所で、マリーちゃん、零ちゃんの事をどう思ってるの?」

「何ですか急に、零さんはそこで寝てるんですよ」

「いいじゃない、きっと聞こえてないわ」

 せっかくうとうとしかけていたのに、なんだか気になる内容の会話を始めた二人に私は聞き耳をたてた。

「でもぉ・・・・・・」

「気になるのよ、今までずっと幽霊のことしか話さなかったあなたが、急に零ちゃんの事をよく話すようになったんだから」

「それは」

「それはなぁに?」

「私の理想とする幽霊にそっくりだったんです」

「理想とする幽霊?」

「はい、髪が長くてスタイルが良くて、それでいてなんだか冷たい雰囲気を醸し出している所がすごくかっこよくて綺麗で・・・・・・」

「べた褒めねぇ」

「あ、あのそれでなんといってもなんといっても名前が「れい」ですよ、完璧すぎますっ」

「そうねぇ」

「そうです」

 そこなのか、しかしまぁ音無さんが私のことをそんな風に思っていたなんて、なんかこう気恥ずかしいというかちょっとだけ嬉しいというか妙な気持ちになる。

「全然おもんないわ」

 突如として声が聞こえてきた、それもついさっきまで聞いたことのある声。そして、カーテン越しにいる二人も今の声に気づいたようで、私の様子を伺うように話しかけてきた。

「零さんどうかしましたか?」

「い、いや、なんでもないっ」

「そうですか、なにか聞こえてきたと思ったんですが・・・・・・もし辛かったら言ってくださいね」

「う、うん」

 どこからか聞こえる声の主を確かめるため、私は辺りを見回した、するとベッドの下から先ほどの蛇が這い出てきて私の近くまで寄ってきた。

「さ、さっきの」

「何で逃げたんや、寂しいやんか」

「こ、声がでかいって」

 空気の読めない蛇は平然と声を出していた。

 すると、さすがに様子がおかしいと思ったのか、音無さんと更科先生がカーテンをあけて私の様子を見に来た。

「ちょっと大丈夫?」

「あはは、大丈夫です・・・・・・ひっ」

 蛇は私の服の中に入り素肌の表面をズルズルと這いまわってきた。その気味の悪い行為に私はもだえることしかできなかった。

「ど、どうしたんですか変な格好して、どこか調子悪いんですか?」

「せ、背伸びだよ、少し寝たら治るから心配しないで」

 二人は不満気な表情だったが、私に促されるままカーテンを閉じて元の場所に戻っていってくれた。

 そして胸元に目をやるとすぐそこにはヘビの頭がある、いくら慣れていたとはいえここまで近くにいるとさすがに怖い。

「ちょ、ちょっと、なにしてるの?」

「自分に色々と話したいことがあるから来たんや、ほら自分、学ラン姿の幽霊に迷惑してるやろ?」

 私がヒソヒソ声で話すとヘビもわかってくれたようで静かに話し始めた。

「自分、自分ってさっきから何言ってるのかさっぱりわからないんだけど?」

「自分言うたら自分の事や」

「いや、だから」

「お前の事や、零」

「あぁ、私ね・・・・・・って違うちがう」

「ん?」

 何普通に会話してるんだ私は。ヘビが喋るなんてありえない、おそらく私はすごく疲れていて、ヘビの声という幻聴が聞こえているだけだ。そう思い込んでは見たものの、確かに聞こえてくる声に私は頭が混乱していた。

「おい、どないしたんや?」

「・・・・・・」

「無視すんなっ」

「ひゃっ」

 再びヘビは私の服の中に潜り込みズルズルと私の身体を這う、私はすぐそばにいる二人に気づかれないように口を塞ぎ声を出すのを抑えた。

「なんで無視すんのや」

「・・・・・・」

 この生意気なヘビめ、酒にでも漬けてやろうか?

「あっそ、ほなら別に聞かんでもいいけど、これだけはいうといたろか」

 ふん、蛇が一体何を語ろうっていうんだ、まさか私に禁断の果実でも食べさせに来たとでも言うのだろうか。

「そこにおるフワフワした女、あいつ死ぬで」

「えっ?」

 とんでもない事を口にするヘビに、私は思わず声がでた。

 フワフワした女、おそらくこのヘビが言っているのは音無さんのことだろう、それも死ぬなんて言葉を当たり前のように使って、まるで死神のようなやつだ。

「ちょいとばかし放置しすぎたゆうか、よくあれほど凝りひん奴もおるんやなって感じや」

「ちょっと、死ぬってどういうこと?」

「なんやうちが喋ってんのは信じられへんのとちゃうんか?」

「いや、それは」

「まぁええわ、とにかくあそこにおるフワフワ女はこのままやと死ぬ、理由は自分もよう知っとるように階段から落ちてぽっくりな」

「ま、待ってそんなのだめでしょ」

「ほなら、うちの話聞くか?」

 ヘビの表情なんてものは分からないが、こいつがもし人間だったらきっと嫌な顔をしているだろう。

「わ、わかった」

 仕方がない、音無さんが死ぬという話が今の私の感覚からすればかなり現実味を帯びている。ならば、このヘビの言うことを信用するのも一つの手だ。すると、ヘビは落ち着きのない様子で私の周りをズルズルと這いまわりながら話し始めた。

「まぁ、自分もよう知ってるように、メガネの幽霊にあの女は殺される」

「どうして?」

「そんなん決まっとる、あいつがいわゆる悪霊やからや」

「悪霊?」

「聞いたことくらいはあるやろ、悪さする霊のことや」

「それはわかるけど、音無さんが殺される理由がわからないし幽霊がいること自体私はまだ・・・・・・」

「知っとるで、こないだ、えらい怖い思いしたんやってな?」

「え?」

「うちはお前の事ならなんでも知ってる、それより今はあのフワフワ女が死ぬ理由、それはもうあいつの体がもたん言うことや」

「体が持たない?」

「見たらわかるやろ、あんだけ怪我してて今度階段から落ちてみ、確実に死ぬで」

 確かにこのヘビに言われずともわかっていた、私が学ラン姿の幽霊に会った日に、階段から落ちて危うく大怪我をしかけていた。これ以上こんなことを続けてていると、間違いなく音無さんは死んでしまかもしれない。

「でも、どうしたらいいのさ、私はあの学ラン姿の幽霊に対して何も出来ないんだよ」

「せやから、うちがこうしてきてやったんや」

 表情なんてないはずなのに、どこか自慢げな顔をしているように見えたヘビはどこか幻想的だった。

「え?」

「簡単や、うちが力貸してやるさかい、あの幽霊をドカーンとやっつけてそれでしまいや」

「ヘビちゃんに何が出来るの?」

 私は一人の人間としてヘビを見下すようにそんな言葉をつぶやいた。すると、私の一言に少しだけ空気が張り詰める、そんな緊迫感を私は感じた。

「なんや、うちにはそんなことも出来ひんと思てんのか?」

「だって、普通に考えて人間の私でも何も出来ないのに、ヘビちゃんに何かできるとは思わないっていうか、なんというか・・・・・・」

 蛇は無言の圧力ともいえる圧をかけてきているように思えた。確かにヘビは脅威だ、毒をもっている奴もいるし、人を殺すことだってたやすいだろう。しかし、今している話はそんな物質的な話ではない。

「なんや、どないしたんや?」

「いや、私が馬鹿にしたのが気に障ったのなら謝る、だけど、私にとってヘビちゃんが言ったことが幽霊というものを見て以来、頭の中でずっと渦巻いてるの」

「うちが言うたこと?」

「つまる所、幽霊に触ることが出来ないってことだよ、私がどうあがこうが、幽霊と呼ばれる存在に私は触れることが出来ない、それをヘビちゃんはどうやって解決するっていうの?」

「なんやそのことか」

 そんな事、ヘビはさも簡単な事のように呆れた様子で私の元から距離を置いた。

「大丈夫や、うちが何とかしたる言うてんねんから素直に「うん」て言うてみたらどうや」

「うん?」

「いいか、ただでさえ厄介であり得へんものを見てんのやさかい、あり得へんもんに頼ってみる以外はないと思うけどな、ほら蛇の道は蛇っていうやろ」
 まるで「うまいことを言ったったわ」と誇らしげに胸を張るかのようなヘビの様子に思わず笑いが込み上げてきた。
 そして、同時にこのヘビが言うことも一理あると思った私は、この怪奇な世界に飛び込む決意をした。もちろん限定的にだ、なにせ人の命がかかってるかもしれないから仕方がない。

「わかった」

「決まりや、もうすぐ日が暮れる、今日にでも決着付けるさかい、なるべくあのフワフワ女を近づけさせんようにして、自分はいつもの場所にきてなー」

「ちょっと待って」

「説明なら着いてからでも遅ない、とりあえずそこにおる連中を何とか階段に近づけさせんようにせなあかん、分かったな」

 そう言うとヘビは窓際に行き、いつの間にか少しだけしている窓の隙間から器用に抜け出して行った。とりあえずはあのヘビの事を信用してみるしかないのだろう。
 しかし、喋るヘビが私のもとに現れて助けてくれるなんて夢の様な話だ。しかし、幽霊をこの目で見てしまった今、信じたくなってしまうのも無理はないかもしれない。

 ヘビに誘惑されて、面倒ごとに首を突っ込む決意をした私は、ベッドから起きてカーテンを開けた。

 私が起きたことに気づいた音無さんは、心配そうな顔で私を見ていた。そして、更科先生はいつもの様に笑顔だが、今は一段と笑顔に磨きがかかっているように思えた

「零さん、大丈夫ですか?」

 そう言って音無さんは私に近づいてきた。事あるごとにこの子は近づいてくる、まるでイヌか何かなのだろうか?
そんなことを思いながら私は音無さんから更科先生へと目を移した。

「あら、零ちゃんどうしたの?」

「実は、これから幽霊退治に行こうと思ってるんですけど」

「あらっ」

 先生はおどろいた表情で口に手を当てた。

「この短時間で何かいい方法でも見つかったのかしら?」

「見つかってはいないですけど、何もしないよりはいいかなと思いまして」

 そう言うと、音無さんはまるで駄々をこねる子どものように私の腕を掴むと、ぶんぶんと振り回してきた

「えー、ちょっと零さんダメって言ってるじゃないですか、そんなことしたら私幽霊を見られなくなっちゃうじゃないですか」

 うるさい音無さんの口元に人差し指をつきだして喋ることを制止した。

「音無さん」

「な、なんですか?」

「人間というのは常には自分の事を見つめなおし、客観的にいることが重要だと思う。そして、それに気づけない人には優しく手を差し伸べるべきだと思う」

「あの零さん、私、難しい話はよく分からないです」

 思わぬ突っ込み、確かに自分でも妙な言葉を紡ぎ出していると思っていたけど、こういう時はちゃんと耳を傾けるというのが礼儀というのをわかってほしいものだ。

「うふふ、要するにマリーちゃんの今の状態は普通に人間からしたらとても異常なのよ」

 更科先生が私にかわり言いたかったことを音無さんに伝えてくれた。

「私は普通だと思っているんですけど、そんなにおかしいですかね?」

「おかしいわよマリーちゃん、あなたの今まで積み上げてきた習慣は、もうすぐあなたの大切な身体を滅ぼそうとしているの、だから私と一緒にお布団に入って大人しくしてましょうね」

「い、意味わからないですっ」

 そう言って更科先生は音無に抱きついて慣れた手つきで音無を撫でまわした。と、突然保健室の扉が勢い良く開かれ、真田先生が姿を現した。

「うす、更科先生見回り終わりました」

「あら真田先生、ありがとうございます」

「いえ、それより音無、更科先生はお前の母親じゃないんだ、そんなに甘えてちゃ迷惑だろう」

「もーサナゴリはとっとと帰ってよ」

 まるで虫を追い払うかのように手で真田先生を追い払う音無さん、そして更科先生はそんな彼女を抱きしめた。

「そんなこと言っちゃダメでしょマリーちゃん」

「音無、俺は言われなくても帰る・・・・・・ん?」

 更科先生のフォローに深々とお礼をした真田先生は、扉を閉じようとしたが、私の視線に気づいたのか、私の事見つめてきた。

「おぉ、大丈夫そうだな友沢、今度からは気をつけろよ」

「え?」

 私が何の話しているのか戸惑っていると、真田先生も首をかしげ何やら困った表情をしていた。

「そうそう零ちゃん、あなたが倒れてる所を病院まで運んでくださったの真田先生なのよ、私、あなたに言うのすっかり忘れてたわ。ちなみに第一発見者は私だから安心して」

 更科先生がどこかきわどい発言をしながら私に説明してくれた。

「そうだったんですか、あの、ありがとうございました」

 私は恩人を目の前にして深々と礼をして感謝の気持を伝えた。

「気にするな、くれぐれも階段には気を付けろよ、それじゃ先生、後はよろしくお願いします」

「はーい、お疲れ様です」

 なんだ、意外にいい人じゃないかサナゴリ。てっきりもっと暑苦しくボディタッチとかめちゃくちゃされて気持ち悪いなぁ、ってなると思ってたのに以外にあっさりしてるんだ。

「それじゃ、更科先生少し行ってきます」

「零ちゃん、帰ってこなかったら私が助けに行ってあげるから」

 更科先生は腕同様に、長い指を五本も立てて私に向かって手を振った。先生の腕の中では不満気な表情を浮かべながら私を睨みつける音無さんがいた。そんな二人を背に、私は再び屋上階段へと向かった。
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