過霊なる日常

風吹しゅう

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猫地蔵編

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「やっぱり、2時くらいに出直したほうがいいんじゃない、今はまだ早いって」

「そ、そうですね、なかなかいい事をいうじゃないですか、まぁ、ここは零さんのお願いに免じて時期を改めるとしましょうか」

 そう言って私とマリアは、意気込んでいた割に、情けなく退散してしまった。

「でも零さん、これからどうします?」

「どうって」

 時刻は9時を少し過ぎた頃、やはり早すぎた恐怖のネコ探索も終わってしまえば、これといって二人ですることは無いわけだ。そう思い、私はマリアに目を向けると、彼女もどこか気まずそうな感じで私の顔をまじまじと見つめていた。

「うーん、2時までは仮眠でもしとけばいいんじゃない?」

「でもぉ、私一回寝ちゃうと、起きれないんですよ」

「なにそれ、恐怖のネコを探す気あんの」

「い、いや、それはなんというか・・・・・・そうですっ、もう外はやめておきましょうっ」

「まぁ、別に私は何もしなくても普通に過ごせるから良いけど」

「えー、零さん遊び相手になってくださいよ」

 マリアは畳の上で転がりダダをこねていた。そんなマリアを私は放置していると、彼女は私のふくらはぎをモミモミと揉みしだいてきた。そんな姿が私には「遊んでっ」と懇願するネコのように見えた。まさかネコ地蔵にとりつかれてはいないだろうな?

「あのさ、遊ぶのは良いけどトランプとかそういう遊べそうなもの持ってきてないの?」

「トランプですか・・・・・・」

 そう言うと、マリアはしばらく考えた後、何かをひらめいたのか、登山用リュックの中から何冊かの本を取り出した。

「なにそれ?」

「幽霊大図鑑です」

 何やらコンビニでよく売っているような安っぽいものじゃなく、まるで虫や植物の図鑑のように立派な本に私は驚いた。

「そんなのがあるんだ」

「はい、私のバイブルです」

「・・・・・・で?」

「これを一緒に読みましょう」

 一緒に読みましょう、そんな幼稚園児のような発言と満面の笑みでそう言ったマリア。しかし、暇つぶしにはちょうど良いかと思い、私は幽霊大図鑑という本を一緒に見て時間をつぶすことにした。

 幽霊図鑑を読み始めると、マリアは終始楽しそうに笑いながら様々な幽霊の説明をしてくれた、地縛霊、浮遊霊、背後霊、守護霊などなど。
 こんなにも種類があるのかと、驚くほどたくさん書かれている霊の種類に驚きながらも、喋るヘビの幽霊がいないなと思っていた。

 そんな暇つぶしをした後、時計を見ると0時を回っていてマリアは心なしか眠たそうにしており、私自身も眠気が迫ってきていた。
 予定時刻までは約2時間ほど、軽く仮眠でも取れば良いかもしれない。そう思った私達は息ピッタリに「とりあえず布団だけを敷こう」といって布団を敷いた。

 しかし、その吸い寄せられるように真っ白な布団の魔力は、私達はあっという間に布団の上へと誘導してきた。そして、それからは互いに会話をすること無く、私の意識はいつのまにか夢の中へと飛ばされてしまっていた。

 ふと、目を覚まし携帯の時間を見ると時刻は午前2時を回っていた。

 いつの間にか消えている部屋の電気を不思議に思いながら、隣で寝ているであろうマリアを携帯のライトで照らすと、掛け布団をギュッと抱きしめながら、スースーと寝息を立てながら熟睡しているようだった。

 きっとこれは起こさないのが正解、マリアにはゆっくりと眠っていてもらおう、それが私のためでもあるし、マリアのためでもある。

 そう思い、再び布団に入って寝ようと思ったのだが、私はなにやら尿意を感じた。

 めんどくさいと思いつつも、おねしょなんてできない私は部屋をでた。トイレまでの道中、なぜだか温泉での都ちゃんの奇妙な蒙古斑の事を思い出しながらニヤニヤして歩いていると、何やら遠くから妙な音が聞こえてきた。

 所謂野生の感という奴だろうか、とにかく私は思わず立ち止まって不気味な音の出どころを確かめようとしていた。

 耳を澄ませていると、とても遠くからだが、まるで床を固いもので叩いたような音が辺りに鳴り響いていた。なんだろう、旅館の仕事でも残っていたのだろうか?

 でも、さっき時計を見た時は2時だったし、さすがに仕事はないだろう。そんなことを考えている間にも、鳴り止まない奇妙な音に、私は少しだけ不安な気持ちになった。

 そして、徐々にその不思議な音は近づいてくるようにさえ聞こえ始めていた。

『コトン、コトン』

 さすがに、おかしいと思い私はゆっくりと後ろを振り向き、来た道を確認した。しかし、何かがいるわけでも無く、ただひたすら不思議な音が鳴り響いている。

「誰も居ないよね」なんてひとりごとを呟きながら、私が振り返りトイレに向かおうとした瞬間、廊下の奥の曲がり角に自分と同じ背丈の何かがいるのに気づいた。

『コトン、コトン』

 そうして、気味の悪い音を立てながら現れたのは、青白く光り、恐ろしく不気味に見える猫地蔵の姿だった。

 あまりの出来事に私は声を出す事もできなくなった。そして体中が鳥肌が立ち、先ほどまでの生暖かさが嘘のようにあたりの空気は一気に冷たくなった。そして、それと同時に旅館で仲居さんが言っていた話を思い出した。

『この旅館では皆が寝静まった頃、旅館の象徴である猫地蔵が台座から動き出し、夜な夜な旅館内を徘徊するらしい。しかも、その猫地蔵はまるで旅館の隅々を徘徊して回るんです』

 話通りの猫地蔵が近づいてくる。

 逃げなきゃとは思うも全く動かない私の身体はただ猫地蔵が迫ってくるのを見ることしか出来なかった。そして、ちょうどすれ違うほどの距離になった途端あたしはその猫地蔵と目が合ってしまった。

 そして今まで無表情だった招き猫の顔がニヤリと笑い、そして不気味に鳴いた。

 普段は猫の鳴き声を聞いても可愛いと思うぐらいだが、今は違う、まるで背筋から舌でなめ上げられたよう感覚に陥り膝から崩れ落ちた。

 しかし、それと同時に自身の身体が動く事を感じ取った私はすぐさま身体を起こし走りだした。

 どうやら追っては来ないようだ、しかし先程までのゆっくりとした進み方でなく明らかに速度を上げて動いており、猫地蔵は器用に身体を回転させ私の背後に付く形で再び進み始めた。

 相変わらず笑顔で私を見つめてくる猫地蔵に私は直ぐにその場から逃げた。廊下を逃げている間にも私はしっかりと尿意を感じており、それがまた私を焦らせた。

 こうなってしまえば、お約束のようにも思えるけど、トイレに逃げ込んで隠れたほうがいいんじゃないだろうか、そうすればもし何か合った時でも失禁したことにはならないだろう。

 というか、よくあるトイレに駆け込む展開って失禁を恐れての行動だったんじゃないだろうか?

 なんてのんき過ぎる事を考えながらも私はトイレに入り、すぐさま電気をつけると、蛍光灯から無機質な明かりが室内を満たした。

 嬉しいはずの明かり、しかしこんな蛍光灯ですら、私の恐怖心をより一層煽ってきた。

 私は入り口から数えて一番遠くにあるトイレに入り呼吸を整えた、大丈夫、あのネコ地蔵は私がトイレに入っていく所を見ていないはず、ちゃんとトイレに入る前に確認した。

 音は相変わらず鳴っていたけど、きっと大丈夫。

 ようやく呼吸が落ち着いた所で私は便座に腰掛けひとまず落ち着く事にした。しかし、安心したのもつかの間、トイレの入口から突然物音がして私は思わず口に手を当てて息を潜めた。

 そして、どういうわけか、扉をあける音とともに勢い良く扉が閉まる音が鳴り響き私は悲鳴を上げそうになるのを必死に我慢した。
 まるで私の場所を探し当てるかのように近づいてくる不可解な音に私はもう何も考えられなくなっていた。

 ギィー、バタン・・・・・・

 徐々に音が近づいてくる。

 ギィー、バタン・・・・・・

 そして私の入っている部屋の隣で扉を開閉する音が鳴り響いた、しかし、その隣の音を境に、妙な沈黙と嫌な空気がながれはじめた。

 ・・・・・・こない?

 いや、安心しちゃだめだ、こういう場合トイレの上から覗いているとか、下から覗いているとかが定番なはず。

 私は恐るおそる上を見てだれもいないことを確認して、さらに下を見て誰も覗いていないことを確認したが、何もいる様子はなかった。
 そんな状況に再び安心した私がため息をついた瞬間、私の目の前の扉がガタガタと音を立てながら開かれようとしていた。

 そんな状況に私はもう叫ぶことすらできずに目の前で起ころうとしている怪奇現象を待ち受けた。

 くそ、どうして私がこんな思いをしなければならないんだ、守ってくれるはずの守護霊ユダはどこかへ行き、興味津々のはずのマリアの元へは行かずに私の所にくるなんて、本当にどうかしてるとしか思えない。

 ていうかなんでも良いから、誰か私を助けてください助けてくれたらなんでもしますから。

 そんな事を思っていると、扉が動きをとめて静まり返った。だが、そう思うと次は「うーうー」という、うめき声のようなものが聞こえてきた。

 そして、うめき声と共に聞こえてくる妙に聞き覚えのある声に私は少しだけ安心感を持った。

 私はその聞き覚えのある声を聞いて、もしやと思い、恐るおそるトイレの扉を開けると、そこには寝ぼけた様子のマリアがふらふらとしながら立っていた。

「うー、悪い子はいないですか?食べてしまいますよー、うー、悪い子はいないですかー?」

 どこかで聞いたことあるようなフレーズを喋るマリアに、私は思わず拍子抜けしたものの、私は内心すごく安心していた。

 良かった、マリアだ彼女が寝ぼけて私についてきてたんだ。

 そうだよ、よくよく考えれば右手の無いネコ地蔵がトイレの扉を開けられるはずがないそ、あの大きさなら入ってもこれやしないだろう。全くこういう時だけはぼっち生活で身につけた想像力というものが不必要に感じるな。

 そして、マリアはと言うとふらふらと私に向かって倒れてきて、私はその体を受け止めた。

 しかし、寝ぼけてここまで動いてしまうなんておかしな奴だけど、今だけはマリアがいることにすごく安心した気分になれた。

 そして私はマリアを起こそうと、倒れこんできたマリアの肩をたたき起こそうとした時、ふと、トイレの入口付近に何かが見えた。私は入り口に目をやると、そこには青白く光るネコ地蔵の姿があった。

 怪しく光り、そして妖しく笑うネコ地蔵に私は叫んだ。マリアは私の悲鳴におどろいたのか、目を覚ましたのか、辺りを見渡している。
 私はそんなマリアの顔を見つめ両手でほっぺたをグニグニと引っ張りながら「トイレの入り口に恐怖のネコがいる」と必死に伝えた。

 しかし、そんな言葉を聞いたマリアは結局また夢の中へと旅立ち、起きること無く私に再び倒れこんだ。

 そして私はというと目を細めながらトイレの入り口に視線を戻すとそこにはもうネコ地蔵の姿は無く、私は夢でも見ているような気分になった。

 頬をギュッと引っ張ったけど、頬が痛いだけで目がさめることはなかった。
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