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笑い話
しおりを挟む「田沼のじいさん、いい歳して戸川のじいさんと佐保山様を取り合って喧嘩したんだって。おかげで腰やっちゃってしばらく勉強は休み」
戸川のじいさんとは、田沼のご隠居と若かりし頃からの終生のライバルと言われている人だ。
国で一二を争う小間物問屋のご隠居でもある。
髪飾りや根付け財布、その他諸々の品を一挙に取り揃えていて。
当然それらを作る多くの職人を抱え、老若男女の様々な人々に提供する為の品を扱っていることで有名だ。
それだけでなく、昔風の小物は元より斬新な物から外国の小物まで取り揃えていることから。
時代に取り残されることなく、また昔ながらの手法も大事にするので職人たちからの尊敬を一心に集めていた。
そして佐保山というのは、さる貴族のご隠居様である。
若い時には日明小町と詠われ騒がれたほどの美貌の持ち主で、その世代で知らぬ者はいない。
老いても凛とした風貌にしなやかな指先まで品を感じさせる佇まいは、同年代の殿方たちを充分に沸き立たせるほどの魅力があった。
おかげでその世代の人々にとって、未だに高嶺の花であり憧れの存在なのである。
その憧れの佐保山を巡る戦いを繰り広げたのが、ファン筆頭を宣言している田沼と戸川の両隠居だ。
三人が揃って通っていた句会で、互いに佐保山のことをお題にしたのが事の始まり。
どちらがより想いを込めた俳句を作れたかと言い争いになり、それで喧嘩に発展してしまったのだ。
「確かに佐保山様は、六十歳には見えないほど若々しくて綺麗だけどさ。だからって立場のあるいい年した大人たちが人目もはばからずとっつかみ合いの喧嘩をするのは、さすがにどうかと思うんだ」
「あはは、お二人とも未だに血の気が多いものね。体格もご立派だし」
「その血の気の多い二人を止めたのが、佐保山様なんだって。一喝して、叱って、最後に優しく微笑んでほだしたらしいよ。さすがだよね、肝が据わってて人の扱い方と自分の武器の扱い方をちゃんとわかってるんだから」
「それを理解する雛斗もさすがよね」
「それほどでも」
誇らしげに胸を張った雛斗の頭を、照葉はわしゃわしゃと撫でた。
淡い玉子色の髪が乱れるのを嫌がってか、はたまた恥ずかしがってか。
体をよじって逃げ出すのを見て、照葉はしみじみ思う。
なんでもない当たり前な毎日が、ただ繰り返されるだけで幸せなのだということを。
まかり間違っても、営業妨害甚だしい輩に日常を壊されてはならないのだ。
平穏無事な毎日を!これが照葉が掲げる全てである。
「大和様と別れてください」
「ぶふっ!」
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