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憩いの場荒し
しおりを挟む黄美子が運んできた淹れたてのお茶を、ちょうど飲んでいた時のことだ。
口に含んだところで、先ほどのほっかむりの少女が照葉のすぐ目の前に立っていた。
突然のことに驚いて、危うく気管にお茶が入ってしまうところだったが。
なんとか気を落ちつかせて咳払いし、未だ険しい顔の少女に向き合った。
「いきなりなんですか」
心身共に癒されている時だというのに。
聞きたくない名前を聞かされ、照葉の機嫌は一気に下降していく。
それを少しでも気づけばいいものを。
そんなことはお構い無しとでも言わんばかりに、少女は睨みつけることを止めない。
だがそこで、黄美子がニパッと明るい笑顔で声をかけてきた。
「お客様、いらっしゃいませ!」
「黄美子、あきらかにこの人は客じゃないぞ」
「そーなの?」
『変』という一言では済まない少女のことなんかより、可愛い看板双子をずっと見ていたい。
そんな照葉の願いが叶えばいいのだが、このまま放っておけば店に迷惑をかけてしまう。
なら現実から目をそらさず、問題に向き合い早期解決が最も望ましい。
さっさと店から追い出せば早いだろうが、あの大和に関係する相手ならそう簡単には帰らないだろう。
とにかく奴関係の者はしつこい、照葉は身を持って知っている。
面倒なことだが、一応話を聞いて先ほどの『大和様と別れてください』という台詞を筆頭に。
頭のてっぺんから爪先までを、じっくりと眺め色々と推測する。早くお引き取り願うためだ。
すると意外と早く、しかもあっさりとほっかむりの少女の正体がわかってしまった。
決定的となるヒントが、多々あったから正体が確定したようなものだが。
この少女の場合、むしろ隠す気ないだろと言われても仕方ない。
いうなれば、子供でもわかるわかりやすいヒントなのだ。
照葉はわざとらしくため息をこぼすと立ち上がり、あくまで穏便に少女を店の外に連れ出そうとした。
「こちらへ。ここは貴女様のような方がおいでになられるようなところではございませんよ」
口調は丁寧だが、表情はひどく冷たい。
照葉のそんな様子に少女はあからさまに怯んでいたが、それでも素直に言うことを聞くことはなかった。
笑いを誘うだけでしかないほっかむり姿のまま、まるで子犬が威嚇するようにキャンキャンと吠えたてる。
「話をはぐらかさないで!」
「貴女様の#戯____#れ言に付き合っている場合ではないことぐらいお分かりいただけませんか」
「重要な話をしているのよ!?」
「貴女様が供も付けずにこんなところに一人でいること以上に重要な話などありません」
「……だって、ここに来たいと言ったら止められたのだもの」
「それは当然でしょう。ここはしがない料理屋、高貴なお方がわざわざお一人でお越しになられる場所ではないですから」
照葉は何も、馴染みの店をけなしている訳ではない。
この辺りは治安が良い方ではあるのだが。
見るからに高価な着物を着た年頃の娘が、たった一人で出歩いていることが問題なのである。
近頃では、大和が忙しくしている原因の事件がただでさえ頻発している上に。
その事件に関係していなくとも、簡単に拐えそうなか弱い少女一人。とびっきりのカモネギ案件である。
玉子庵にやって来て拐われた、などと噂が広がったらとんでもないことになるのは目に見えている。
店は信用が大事だ。
事情を知っている町の人たちは、話せばわかってくれるだろうが。
遠方の人々や少女の身内となると、そうはいかない。
あらぬ疑いをかけられ、長男が拘束・尋問などということにでもなれば一大事。
すぐさま少女の親元に連絡したいところだが、あいにく穏便に済ませられる気がしなかったので照葉は億劫に思っていた。
誘拐犯に仕立てられることはないだろうが。
変に悪目立ちしそうなことを憂いているのである。
お偉いさん(この場合は少女の親)に目を付けられたら終わり、という意味での悪目立ちだ。
「大変なことになる前にお帰りなさい。交番の近くまで一緒に行ってあげますから」
結論。公共機関に全て丸投げすることにした。
一般隊士の詰め所になっている交番に届ければ、そこからすぐさま親元に連絡がいって迎えが来るだろう。
少し強めに少女の腕を引っ張れば、照葉の手を振り払いまたもとんちんかんなことを叫ぶ。
「大和様と別れるとおっしゃってください今ここでっ!!」
「別れるも何も、付き合っていないどころか奴に対しては一欠片ほども好意を持ってはおりませんよ」
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