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しおりを挟むお腹を押さえ、必死に笑いを治めようとするのだが……予想以上にツボにはまったらしく、全然治まる気配はない。未だに呆気に取られた顔をしている賢者に、今度はディーヴァの方からズイッと顔を覗きこんだ。
「!?……どうしたの?」
苦笑いを浮かべつつ、恐る恐る問いかければ極上の微笑みで賢者に返す。暖かなものなどではなく、ひどく寒気や悪寒を呼び起こすような微笑みだった。……と、後に賢者は心の内で語る。
「マーレのことは、もう終わったことよ。今さら蒸し返す気はない。だから『今』の話をしましょうよ」
そう言うと今度はニイッ、と意地悪そうな笑みを見せる。先程までとは明らかに違う、自信に満ち溢れた表情や態度に賢者は今度こそ、悪意に満ちた笑顔で言った。
「そうだね、過去を嘆いていても何も始まらないし、何も終わらない。なら有意義な話をするに限る」
肋骨が折れているせいか、ヒュー、ヒューとやけにおかしな呼吸をする賢者に対して、今度はディーヴァの方から頬を優しく指先でなぞる。髪を絡めて玩んだりしながら、頬にソッと手のひらを添えた。
「あたしが知りたいことは一つだけ」
「何かな?」
「お前の目的は何?」
「あなたが欲しい」
「…………あたしは真剣に聞いているのよ?」
「僕も真剣だし、本気だよ。嫌だなぁ、このことを話したらみんな冗談だと思うんだよ?僕は嘘偽りなんて言っていないのに……ひどいよね」
悲しんでいるような声色だが、表情がそうは言っていない。残虐性に満ちた、それは恐ろしい顔だった。恐らくではあるが、自分の考えを否定的に捉えている者がいたら徹底的に排除してきたのだろう。この賢者の性格上、そんな気がしてならなかった。
「あたしを手に入れる為に、また事件を起こす気?」
「そうだね、まだ足りないかな。……あなたを手に入れる為には、まだ足りない」
「欲張りね」
「生きている者はみな欲張りなんだよ、僕だけが例外じゃない。あなただって、そうだろう?」
突然ボロボロと、賢者の体が崩れていく。あまり長いこと、ディーヴァと同じ精神世界にはいられないから、去りつつあるのだ。
「今は時期じゃない。だから、もう少しだけ待つよ。……長い時をかけて、ようやくここまで待ったんだ。――――絶対に逃がさない」
―――――――逃がさないよ。
消え入りそうな声を囁きかけ、消える瞬間に賢者の唇がディーヴァの唇に触れた。そして泡のように儚く消えていなくなると、また魚たちが生き生きと泳ぎだす。辺りに活気が戻った。
「………何事においても度を超すと、周りが見えなくなるものなのね」
賢者の姿が見えなくなったとたんに、疲れたようにうなだれた。一気に老けた気分だと、嘘くさいことを言うあたりようやく肩の力を抜いたようだ。これでもアレスを殺させまいと、かなり気を張っていたらしい。やれやれと溢しながら、アレスの方に向き直った。
「あいつは、なんなんだ……?」
「最重要危険人物。国王になるなら、よく覚えておくことね」
アレスの肩を叩きながら、よくよく注意を促しておく。せっかく危険を侵しながらも、賢者という人物に会って会話までしたのだ。どれほど危険な奴なのか、身を持って理解したはず。ゆえにこれからは、自分で危険を回避しなければならない。守るものが増えたのだから。
「さぁて。ああいう奴が現れた上に、国王になるって決意も固めた訳だし。……あなたが目覚める前に、渡しておかないとね」
「?どうした」
ディーヴァは手を差し出すと、手のひらから文字の彫られたバンクルを出現させる。平たい銀の金属を鎖で繋ぎ、アレスの左腕に嵌めた。
「これは……?」
「あたしの力を貸してあげる。これがあれば、あなたを守ってくれる。ただし乱用は避けなさいよ?修練を積んでいない上に、ただの人間であるあなたがこの力を乱用したら、寿命を縮めるからね?使う時は、命の危機を感じた時だけにしなさい」
「お前の、力?」
「あたしの、というよりは……神様の力」
ディーヴァは今度は、鋭い爪で手首の部分を切り裂き血を垂れ流す。その血をバンクルに刻まれた文字に流せば、煌々と光が輝きだした。
「言っておくけど。これを渡した以上、今さら国王になるのをやめるとか言わないでよ?」
「一度決めたことを、撤回するつもりはない!!」
「ならいいけど。今のあなただから、この力を与えてもいいと思ったのよ?また腐った自分に逆戻りしたら、その時は許さないからね!」
血が刻まれた文字にすべて染みわたったことを確認すると、バンクルの上に手を重ねた。
『生きている瞬間ときは喜びの場所。影の約束が飛び去り、きらめきが走る。つぼみがほころび香りにあふれ、カラスもつかのまの楽しみを味わう。うたげの広間、うれしげな笑いでみたし。思い出の扉を閉めよう。』
光が大きく広がっていき、時間が経てば小さく収束していく。キラキラと光の粉だけが残り、バンクルに刻まれた文字が赤くなっていた。ディーヴァの血が固まったのだ。
「これでいざというときに、なんとかなるわ。これを肌身はなさず身につけていなさいよ?お守りなんだから」
「……お守り、か」
「何よ、いらないの?返品はあたしが回収すると決めた時にしか受け付けませ~ん!」
「そうじゃない!……ただ、理由がなんであれちょうどいいと思っただけだ」
アレスの言葉に疑問符を浮かべていると、ゴソゴソとポケットを漁りだし、何かを取り出した。見れば、手のひらに収まるサイズの綺麗な髪飾りだ。青い薔薇の、螺鈿細工の飾り物。ディーヴァの艶やかな黒髪に、よく映えそうな一品だった。
「やる」
「え?」
「一方的にとはいえ、約束しただろう?髪飾りをやると」
「……そういえば、そんなことも言ったわね」
いろいろあったり忙しかったりで、すっかり忘れてしまっていたのだが。かなり無理やりだったというのに、アレスは覚えていたというのだから驚きだった。要望の朱塗りの物ではないにしろ、この青い薔薇の細工物もなかなかの代物だ。さぞかし名のある一品なのだろうと、ディーヴァが質問しようとすれば。
「母上から、譲り受けた物だ。お前に渡せと預かった」
「なんでよ」
「俺が、お前に何かを贈りたいと思うのは……おかしいか?」
約束していたことだし、別におかしくはない。ディーヴァも、欲しい物が手に入れられてとても嬉しい。……しかし、どうにも合点がいかない。アレスがいやに殊勝で大人しく、文句の一つも言わないからというのもあるが……どうにも見落としていることがあるような気がしてならない。なんだっただろうか?
「結婚したばかりの頃、母上が父上と早く仲睦まじくなれるようにと、願いを込めて作らせた品らしい。母上はその髪飾りを付けて、父上はー……」
いつの間に付けたのか、バンクルの鎖の部分に螺鈿で作られた羽根の形をした飾りが垂れ下がっていた。
「この国のまじないでっ!その、姉妹貝や兄弟貝で作られた細工物を、お互いに贈りあえば…………つまりだな、」
「その二人は、永遠に結ばれる?」
「そうだ!!あっ……いや、あの、その……」
乙女か!!!いい歳をした大人の男が、おまじない程度のことでどもってどうする!?男なら男らしく!堂々と女を口説いてみせろっ!!………ディーヴァの方が、余程男らしいと言えた。
「つまり、あたしにこれを贈呈したいのね?」
「お前に、持っていてほしい」
「ならありがたく、ちょうだいするわね。……似合う?」
ササッと後ろを軽く結わえて、髪飾りを付けた。想像以上によく似合っていたので、贈って良かったとアレスは心から思った。
「それにしても、今さらなことであれなんだけど。あたしの姿が変わっていたのに、よく気づけたわよね」
この国を訪れた当初は、赤い髪に褐色の肌をしていた。それが今では、儀式を用いた為に元の黒髪に白い肌に戻っている。かなり印象が違ってくるので、同一人物だと気づける者は少ない。それでも、アレスはディーヴァだと気づいた。
「本当に今さらだな!……髪の色や肌の色が変わったからといって、顔や声までは変わっていなかったからな。それに……お前のことなら、わかるさ」
最初の頃とは大きく違い、甘い言葉甘い声。熱を帯びた眼差しに、力強くなるたくましい腕。どうこう考える暇もなく、次の瞬間。ディーヴァはアレスの腕の中だった。
「好きだ」
「知ってる」
「結婚してくれ!」
「無理ね」
「なぜだ!?」
「やるべきことを果たせていない、まだ何も始められていない男に、あたしが『はい、喜んで』とでも言うと思った?目標を成し遂げてから求婚しなさいよ、この半端者!!」
容赦なく突き刺さる、ディーヴァの心ない言葉の無数の矢。元々、ディーヴァに告白しようと気負っていて、精神的にいっぱいいっぱいだったアレスは今度こそ、起き上がれないほど底の底までオチた。
「アレスー?」
「……っ、……!!」
「あたしは本当のことしか言っていないけどー?」
「本当の、ことが!いつも、正しいとは……限らないじゃ、ない、か……っ!!」
泣きながら言うものだから、たどたどしくなってしまっている。それでもディーヴァが自分の考えを押し通そうとするので、さすがにアレスも二の句を継げなかった。
「それもそうだけど、今回ばかりは正論でいかせてもらうわよ?……跡継ぎのこともあるから、女に興味を持つのもいいけれど、相手を選びなさい相手を!吊り橋効果とかそんなもの、一切関係ない相手に恋しなさいな。――――そして、愛してあげなさい。相思相愛の夫婦になって、子を成して、幸せになりなさい。それだけが、あたしの望みだから」
「…………俺の望みは、どうなる?」
「あなたの望み?」
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