20 / 68
行き過ぎた愛は嫉妬を生む 第3話
scene2 探偵、向日葵探偵事務所にて目覚める
しおりを挟む
割れるような頭痛で目を覚ました。見慣れた天井視界いっぱいに広がって、壁にかかっている時計に目がいった。十時三十三分。窓から日が入り込んでいるから、午前なのだろう。
僕はゆっくりと体を起こし、ここでようやく今いる場所を理解した。ここは向日葵探偵事務所、つまり自宅だ。僕が寝ていたのがソファらしいことも、ここで分かった。改めて辺りを見渡すと、女性が二人、同じ空間にいた。一人はメイド服、一人はドレスを着ているが毛布をかぶっている――――大川さんとはるねちゃんだ。
二人を見つけた僕が次に考えることは、今まで何があったか、だった。逢坂家の屋敷で昼食をとっていたことは覚えているが、それ以降の記憶が薄っすらとしかない。僕は手がかりを得るため、デスクの方へ向かった。痛む頭を押さえて、ふらつく足で歩いたが、身体が重くてうまく進めない。二、三歩歩いたところで机の上に倒れて込んだ。
「創真! 動いちゃダメよ!」
はるねちゃんの声が聞こえた。倒れた音で起こしてしまったか。
はるねちゃんが駆け寄ってきて、僕の肩を支えた。
「はるねちゃん、おはよう」
「おはようじゃないわよ、勝手に動いちゃダメじゃない」
「ごめん。でも、昨日何があったか覚えてなくて……何か知らないか?」
「昨日は……」
はるねちゃんは僕から離れて、そのまま座り込んだ。その様子だけで、好ましくないことが起こったと分かった。
「……創真が暴走した。具体的に何があったのかは、あたしには分からない。あたしが行ったとき、すでに大川がいて創真を止めにかかってた。このままだといけないと思って、思いっきりお腹の辺りを蹴って止めたけど、あれから一日未満眠っちゃったわ」
「……迷惑かけちゃったね。ごめん」
「自分では何されたか、分からないの?」
「あんまり覚えてない。多分、お昼ご飯に何か入れられてたんだと思う。この感じは、覚えがあるんだ……」
また頭痛がした。今度は吐き気もする。僕は頑張って立ち上がってトイレに入っていった。そして、便器に顔を突っ込んで胃の内容物を吐き出した。
「……大丈夫?」
「ちょっと楽になった。でも、まだ調子悪い」
「そう、まだ無理しないで。何かいる?」
「お茶もらえる? 温かいやつ」
「用意するわ」
はるねちゃんの肩を借りて、椅子に座った。楽になったとはいえ、頭痛はひどいし、ふらふらするし、吐き気も少しだけある。調査は一時中断せざる得ない。
すぐにはるねちゃんがお茶を持って来た。実をいえば何も口に入れる気はしないが、一日何も食べないというのは体が持たない。
「はい、お茶」
「ありがとう。悪いね、こき使っちゃって」
「気にしないで。今まであたしのために頑張ってくれてたんだから。これくらい『こき使う』うちに入らないわよ。ほら、温かいうちに飲んで」
「ありがとう」
少し冷まして、一口飲んだ。美味いかどうか、分からない。味覚が麻痺しているのかもしれない。でも少しだけ落ち着いた。気持ち悪さも和らいだ気がする。
さて、体調が優れないとはいえ、このままじっとしているわけにもいかない。今日はゆっくり休むとしても、明日は通常営業しなければいけない。それなら早速調査方針を決めなければいけない。
まず考えるべきは僕をこんな状態にした犯人だ。僕を動けなくしたということは、僕が邪魔になったと考えるのが妥当だ。だとすると、犯人は今回の仕事を知っている人物――――依頼人の逢坂はるね、彼女に仕える執事代理の菊野広明、僕に仕えるメイドの大川桜子、屋敷の使用人たち、情報屋の猫田狼夜、ハッカーの七瀬菜々穂――――に限られるわけだが、もう少し的を絞りたい。僕が邪魔に感じたということは、ある程度調査の進度を理解していたということになる。全員にそれを知る手段はあるが、狼夜と菜々穂さんは除外していいだろう。もし犯人が狼夜なら、わざわざ売人の居場所を教えたりしないし、同様に菜々穂さんも協力したりしないはずだ。こうなると、逢坂家の人間が怪しいわけだが……。
僕の思考はここで停止した。また頭痛がしてきてしまったのだ。頭を押さえても、今にも割れそうなくらい痛い。
「創真、大丈夫? すごく辛そうよ」
はるねちゃんが声をかけてくれた。痛さが顔に出ていたらしい。
「大丈夫だよ」
「大丈夫そうじゃないから聞いてるんじゃない。今のうちに寝ておいたら? 少し楽になると思うわよ」
「今のうち? このあと何かあるの?」
「午後になったら、七瀬っていう人が来るのよ。どこで知ったのか知らないけど、創真の件を調べてくれてるの」
「……逢坂家に防犯カメラとかあったりする?」
「急に何よ。一応、屋敷の全部屋に防犯カメラがあるけど」
ハッキングしたのか。
「とにかく、それまでに多少回復してもらわないと困るのよ。あたしも準備しに帰っちゃうし」
「準備?」
「どうせあなた、屋敷に戻るんでしょ。車の準備とか、現場保存の命令とか、いろいろあるのよ」
「起きなさい、大川」とここでようやく大川さんを起こすと、はるねちゃんは携帯電話を取り出して電話を掛けた。
大川さんは目を擦りながら起きて、立ち上がった。僕の姿を見つけると「おはようございます、九条様」と挨拶した。
「じゃあそろそろ行くわ」
はるねちゃんは自分の荷物を持って行った。帰る支度ができたようだ。
「絶対無理しちゃダメよ。大川はここにおいていくから、何かあるんだったら頼りなさい」
「うん、ありがとう」
「とりあえず寝なさい。まずは体力回復よ」
「うん、そうするよ。おやすみ」
「ええ、おやすみ」
はるねちゃんは出て行った。
僕はもう一度ソファに横たわって、目をつむった。やっぱり本調子じゃないらしい。羊を数える間もなく、深い眠りに落ちた。
僕はゆっくりと体を起こし、ここでようやく今いる場所を理解した。ここは向日葵探偵事務所、つまり自宅だ。僕が寝ていたのがソファらしいことも、ここで分かった。改めて辺りを見渡すと、女性が二人、同じ空間にいた。一人はメイド服、一人はドレスを着ているが毛布をかぶっている――――大川さんとはるねちゃんだ。
二人を見つけた僕が次に考えることは、今まで何があったか、だった。逢坂家の屋敷で昼食をとっていたことは覚えているが、それ以降の記憶が薄っすらとしかない。僕は手がかりを得るため、デスクの方へ向かった。痛む頭を押さえて、ふらつく足で歩いたが、身体が重くてうまく進めない。二、三歩歩いたところで机の上に倒れて込んだ。
「創真! 動いちゃダメよ!」
はるねちゃんの声が聞こえた。倒れた音で起こしてしまったか。
はるねちゃんが駆け寄ってきて、僕の肩を支えた。
「はるねちゃん、おはよう」
「おはようじゃないわよ、勝手に動いちゃダメじゃない」
「ごめん。でも、昨日何があったか覚えてなくて……何か知らないか?」
「昨日は……」
はるねちゃんは僕から離れて、そのまま座り込んだ。その様子だけで、好ましくないことが起こったと分かった。
「……創真が暴走した。具体的に何があったのかは、あたしには分からない。あたしが行ったとき、すでに大川がいて創真を止めにかかってた。このままだといけないと思って、思いっきりお腹の辺りを蹴って止めたけど、あれから一日未満眠っちゃったわ」
「……迷惑かけちゃったね。ごめん」
「自分では何されたか、分からないの?」
「あんまり覚えてない。多分、お昼ご飯に何か入れられてたんだと思う。この感じは、覚えがあるんだ……」
また頭痛がした。今度は吐き気もする。僕は頑張って立ち上がってトイレに入っていった。そして、便器に顔を突っ込んで胃の内容物を吐き出した。
「……大丈夫?」
「ちょっと楽になった。でも、まだ調子悪い」
「そう、まだ無理しないで。何かいる?」
「お茶もらえる? 温かいやつ」
「用意するわ」
はるねちゃんの肩を借りて、椅子に座った。楽になったとはいえ、頭痛はひどいし、ふらふらするし、吐き気も少しだけある。調査は一時中断せざる得ない。
すぐにはるねちゃんがお茶を持って来た。実をいえば何も口に入れる気はしないが、一日何も食べないというのは体が持たない。
「はい、お茶」
「ありがとう。悪いね、こき使っちゃって」
「気にしないで。今まであたしのために頑張ってくれてたんだから。これくらい『こき使う』うちに入らないわよ。ほら、温かいうちに飲んで」
「ありがとう」
少し冷まして、一口飲んだ。美味いかどうか、分からない。味覚が麻痺しているのかもしれない。でも少しだけ落ち着いた。気持ち悪さも和らいだ気がする。
さて、体調が優れないとはいえ、このままじっとしているわけにもいかない。今日はゆっくり休むとしても、明日は通常営業しなければいけない。それなら早速調査方針を決めなければいけない。
まず考えるべきは僕をこんな状態にした犯人だ。僕を動けなくしたということは、僕が邪魔になったと考えるのが妥当だ。だとすると、犯人は今回の仕事を知っている人物――――依頼人の逢坂はるね、彼女に仕える執事代理の菊野広明、僕に仕えるメイドの大川桜子、屋敷の使用人たち、情報屋の猫田狼夜、ハッカーの七瀬菜々穂――――に限られるわけだが、もう少し的を絞りたい。僕が邪魔に感じたということは、ある程度調査の進度を理解していたということになる。全員にそれを知る手段はあるが、狼夜と菜々穂さんは除外していいだろう。もし犯人が狼夜なら、わざわざ売人の居場所を教えたりしないし、同様に菜々穂さんも協力したりしないはずだ。こうなると、逢坂家の人間が怪しいわけだが……。
僕の思考はここで停止した。また頭痛がしてきてしまったのだ。頭を押さえても、今にも割れそうなくらい痛い。
「創真、大丈夫? すごく辛そうよ」
はるねちゃんが声をかけてくれた。痛さが顔に出ていたらしい。
「大丈夫だよ」
「大丈夫そうじゃないから聞いてるんじゃない。今のうちに寝ておいたら? 少し楽になると思うわよ」
「今のうち? このあと何かあるの?」
「午後になったら、七瀬っていう人が来るのよ。どこで知ったのか知らないけど、創真の件を調べてくれてるの」
「……逢坂家に防犯カメラとかあったりする?」
「急に何よ。一応、屋敷の全部屋に防犯カメラがあるけど」
ハッキングしたのか。
「とにかく、それまでに多少回復してもらわないと困るのよ。あたしも準備しに帰っちゃうし」
「準備?」
「どうせあなた、屋敷に戻るんでしょ。車の準備とか、現場保存の命令とか、いろいろあるのよ」
「起きなさい、大川」とここでようやく大川さんを起こすと、はるねちゃんは携帯電話を取り出して電話を掛けた。
大川さんは目を擦りながら起きて、立ち上がった。僕の姿を見つけると「おはようございます、九条様」と挨拶した。
「じゃあそろそろ行くわ」
はるねちゃんは自分の荷物を持って行った。帰る支度ができたようだ。
「絶対無理しちゃダメよ。大川はここにおいていくから、何かあるんだったら頼りなさい」
「うん、ありがとう」
「とりあえず寝なさい。まずは体力回復よ」
「うん、そうするよ。おやすみ」
「ええ、おやすみ」
はるねちゃんは出て行った。
僕はもう一度ソファに横たわって、目をつむった。やっぱり本調子じゃないらしい。羊を数える間もなく、深い眠りに落ちた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる