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行き過ぎた愛は嫉妬を生む 最終回
scene final お嬢様と探偵の後日談
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結局、菊野さんを刺した犯人の正体を見ることはできなかった。追いかけたはるねちゃんや使用人たちは、一度は犯人を捕まえたらしい。しかし、逃げられてしまって追いかけることができなかった。そのあと、僕も調査をしたが、手がかりすら得ることができずに断念した。
ここからは事件解決からしばらく経った頃の話。
桐原さんは薬物の症状から完全に立ち直ったわけではなかったから、しばらくは入院することになった。とはいえ、解決から三日後に見舞いに行ったときには、青白かった顔はすっかり血の気を取り戻していた。だが、はるねちゃんによると少し細ってしまったというから、完全回復まではもう少し時間がかかるだろ。
そして、菊野さんの葬儀は事件解決後すぐに行われた。巨大財閥の葬式だったが、屋敷にいた人たちだけで行われた。世界規模の財閥ゆえ、使用人が起こした事件でも、できるだけ表には出したくなかったのだろう。特別に参列した僕だったが、はるねちゃんにくれぐれも他言はしないでくれ、と言われた。
それからさらに時間が経って、葬式から一週間後の夕方ことだった。平和で静かな向日葵探偵事務所に、突風のような来客があった。
ドーナツをのんびり食べていると、勢いよく扉が開いた。
「九条創真はどこにいるのかしら」
聞き慣れた声が事務所内に響いた。
現れたのは制服姿の少女と、白と黒のメイド服の女性だった。見覚えのある二人だ。
「僕ならここにいるけど、はるねちゃん」
僕は食べかけのドーナツをデスクに置いて、来客――――はるねちゃんと大川さんを出迎えた。この時間に制服ということは、学校の帰りらしい。
「久しぶりね、創真」
「久しぶり。元気にしてた?」
「見ての通り、元気にやってるわ。学校にも行き始めたし」
「それはよかった」
菊野さんの死ですっかり落ち込んでしまっていると思っていたから、僕はすごく安心していた。
「大川さんも、元気そうで何よりです」
「はい。私も九条様が元気なお姿を拝見できて、嬉しい限りです」
「今ははるねちゃんの世話係なんですね」
「いえ。私は特別に同行させていただいているだけでございます。実は、先日菊野さんの代わりに新しい使用人が配属されまして、その新人の方が桐原さんの代理としてお嬢様についております」
「じゃあ、今日は何で大川さんが?」
「それは……」
大川さんは急に頬を赤らめて、視線を逸らしてしまった。すると、はるねちゃんが僕の耳元で、
「大川、創真のことが好きになっちゃんたんだって」
とささやいた。
「え! そうなの?」
「困ってるのよね。そのせいで仕事もおろそかにしちゃうし、今日だって事故りそうになっちゃたんだから」
「なんか喜びにくいんだけど……」
「そういうわけで、今日は大川も連れてきたの。まあ、あんまり気にしなくていいわ。今日の本題はそれじゃないの」
「本題?」
そうか、ここに来る理由は一つしかない。「ちょっと待って、依頼書持ってくるから」と僕が動き出すと、「必要ないわ」と止められた。
依頼ではないとすると、何の用事なのだろうか。
すると、考える暇も与えず、はるねちゃんは膝をついて頭を下げた。そして、こう叫んだ。
「あたしを……逢坂はるねを、どうか探偵にして下さい!」
突然のことで、リアクションに困ってしまった。一度、その短いお願いを咀嚼してから、僕は「どういうこと?」と聞いた。
「言葉のまんまよ。探偵になりたいの」
「どうして?」
「菊野を刺した犯人を探し出したい。でも、誰かに頼みたくはない。自分で見つけて、自分の手で捕まえて……」
「捕まえて……、どうするつもり?」
「警察に突き出すわ。正当な罰を受けてもらうの」
自分でよからぬことをするのではないかと不安になっていたから、安堵はしたものの、やはり頼みごとの内容は二つ返事で了解を出すわけにはいかないものだった。
「探偵になりたいって、君はまだ高校生だよ。探偵ってたまにすごく危ない仕事が来たりして、下手したら、命を落とすことだってある。君が追った犯人だって、刃物を持っていた。今は運よく助かっただけで、次は何をされるか分からない。口封じに殺されることだって否めない」
「それでもいい! あたしは菊野がなんで殺されなきゃいけなかったのかを知りたい。真実を見つけたい。命に代えても」
そう言う彼女の目は、本気そのものだった。
僕は厳粛な態度を示して、彼女に向き直した。
「君を探偵として受け入れることはできない」
「……そう」
「でも、探偵になれないとは言ってない。探偵になるには、僕の下について、弟子としていろんなことを学ぶ必要があるんだ」
「なら、あたしを弟子に……」
「でも、そう簡単に受け入れるわけにはいかない」
「どういうこと? 何が必要なの?」
「僕を裏切らないという保証だ」
「お金ならいくらでも払うわ」
「お金はダメだ。あんな紙切れで信頼なんてできない」
「じゃあ、契約書を書くわ。絶対に裏切らないっていう誓いを立てる」
「それもダメだ。所詮、破けば終わりの紙だ」
「じゃあ、なんだったらいいの?」
「――――愛だ。愛は絶対に裏切らない」
お金よりも、契約書よりも、何よりも信頼できるものは――――愛のみ。愛さえあれば無条件で信頼できる。
「愛を示せ。そうすれば、ここの探偵見習いとして受け入れる」
「……何をすればいいの?」
「はるねちゃんは、キスの経験は?」
「ないけど」
「じゃあ、それでいい。僕にファーストキスをくれ」
年頃の女子高校生にこんなことをお願いするのは、常識外れことだということは承知している。だが、僕はこの儀式をしないことには彼女を迎え入れることはできない。
それが決まりだ。
それを受け継いだのだ。
「――――分かったわ」
はるねちゃんは立ち上がって、僕の顔を引き寄せた。身長差があるから、彼女の方が少し背伸びをしなければいけなかった。
あと数十センチ、というところで僕は彼女の口に手を当てた。そして、僕の手を挟んで唇を重ねた。
「愛の証明、完了。はるねちゃん、君を向日葵探偵事務所に歓迎するよ」
「ありがとう」
はるねちゃんは少々恥ずかしそうにそっぽを向いた。あんなことをしたのだ、この反応は当たり前だ。
こうして、僕一人だった向日葵探偵事務所に、少し高飛車な女の子がやってきた。
僕たちの物語はここから始まる。愛に満ちたミステリーを、彼女は知ることになる。
END
ここからは事件解決からしばらく経った頃の話。
桐原さんは薬物の症状から完全に立ち直ったわけではなかったから、しばらくは入院することになった。とはいえ、解決から三日後に見舞いに行ったときには、青白かった顔はすっかり血の気を取り戻していた。だが、はるねちゃんによると少し細ってしまったというから、完全回復まではもう少し時間がかかるだろ。
そして、菊野さんの葬儀は事件解決後すぐに行われた。巨大財閥の葬式だったが、屋敷にいた人たちだけで行われた。世界規模の財閥ゆえ、使用人が起こした事件でも、できるだけ表には出したくなかったのだろう。特別に参列した僕だったが、はるねちゃんにくれぐれも他言はしないでくれ、と言われた。
それからさらに時間が経って、葬式から一週間後の夕方ことだった。平和で静かな向日葵探偵事務所に、突風のような来客があった。
ドーナツをのんびり食べていると、勢いよく扉が開いた。
「九条創真はどこにいるのかしら」
聞き慣れた声が事務所内に響いた。
現れたのは制服姿の少女と、白と黒のメイド服の女性だった。見覚えのある二人だ。
「僕ならここにいるけど、はるねちゃん」
僕は食べかけのドーナツをデスクに置いて、来客――――はるねちゃんと大川さんを出迎えた。この時間に制服ということは、学校の帰りらしい。
「久しぶりね、創真」
「久しぶり。元気にしてた?」
「見ての通り、元気にやってるわ。学校にも行き始めたし」
「それはよかった」
菊野さんの死ですっかり落ち込んでしまっていると思っていたから、僕はすごく安心していた。
「大川さんも、元気そうで何よりです」
「はい。私も九条様が元気なお姿を拝見できて、嬉しい限りです」
「今ははるねちゃんの世話係なんですね」
「いえ。私は特別に同行させていただいているだけでございます。実は、先日菊野さんの代わりに新しい使用人が配属されまして、その新人の方が桐原さんの代理としてお嬢様についております」
「じゃあ、今日は何で大川さんが?」
「それは……」
大川さんは急に頬を赤らめて、視線を逸らしてしまった。すると、はるねちゃんが僕の耳元で、
「大川、創真のことが好きになっちゃんたんだって」
とささやいた。
「え! そうなの?」
「困ってるのよね。そのせいで仕事もおろそかにしちゃうし、今日だって事故りそうになっちゃたんだから」
「なんか喜びにくいんだけど……」
「そういうわけで、今日は大川も連れてきたの。まあ、あんまり気にしなくていいわ。今日の本題はそれじゃないの」
「本題?」
そうか、ここに来る理由は一つしかない。「ちょっと待って、依頼書持ってくるから」と僕が動き出すと、「必要ないわ」と止められた。
依頼ではないとすると、何の用事なのだろうか。
すると、考える暇も与えず、はるねちゃんは膝をついて頭を下げた。そして、こう叫んだ。
「あたしを……逢坂はるねを、どうか探偵にして下さい!」
突然のことで、リアクションに困ってしまった。一度、その短いお願いを咀嚼してから、僕は「どういうこと?」と聞いた。
「言葉のまんまよ。探偵になりたいの」
「どうして?」
「菊野を刺した犯人を探し出したい。でも、誰かに頼みたくはない。自分で見つけて、自分の手で捕まえて……」
「捕まえて……、どうするつもり?」
「警察に突き出すわ。正当な罰を受けてもらうの」
自分でよからぬことをするのではないかと不安になっていたから、安堵はしたものの、やはり頼みごとの内容は二つ返事で了解を出すわけにはいかないものだった。
「探偵になりたいって、君はまだ高校生だよ。探偵ってたまにすごく危ない仕事が来たりして、下手したら、命を落とすことだってある。君が追った犯人だって、刃物を持っていた。今は運よく助かっただけで、次は何をされるか分からない。口封じに殺されることだって否めない」
「それでもいい! あたしは菊野がなんで殺されなきゃいけなかったのかを知りたい。真実を見つけたい。命に代えても」
そう言う彼女の目は、本気そのものだった。
僕は厳粛な態度を示して、彼女に向き直した。
「君を探偵として受け入れることはできない」
「……そう」
「でも、探偵になれないとは言ってない。探偵になるには、僕の下について、弟子としていろんなことを学ぶ必要があるんだ」
「なら、あたしを弟子に……」
「でも、そう簡単に受け入れるわけにはいかない」
「どういうこと? 何が必要なの?」
「僕を裏切らないという保証だ」
「お金ならいくらでも払うわ」
「お金はダメだ。あんな紙切れで信頼なんてできない」
「じゃあ、契約書を書くわ。絶対に裏切らないっていう誓いを立てる」
「それもダメだ。所詮、破けば終わりの紙だ」
「じゃあ、なんだったらいいの?」
「――――愛だ。愛は絶対に裏切らない」
お金よりも、契約書よりも、何よりも信頼できるものは――――愛のみ。愛さえあれば無条件で信頼できる。
「愛を示せ。そうすれば、ここの探偵見習いとして受け入れる」
「……何をすればいいの?」
「はるねちゃんは、キスの経験は?」
「ないけど」
「じゃあ、それでいい。僕にファーストキスをくれ」
年頃の女子高校生にこんなことをお願いするのは、常識外れことだということは承知している。だが、僕はこの儀式をしないことには彼女を迎え入れることはできない。
それが決まりだ。
それを受け継いだのだ。
「――――分かったわ」
はるねちゃんは立ち上がって、僕の顔を引き寄せた。身長差があるから、彼女の方が少し背伸びをしなければいけなかった。
あと数十センチ、というところで僕は彼女の口に手を当てた。そして、僕の手を挟んで唇を重ねた。
「愛の証明、完了。はるねちゃん、君を向日葵探偵事務所に歓迎するよ」
「ありがとう」
はるねちゃんは少々恥ずかしそうにそっぽを向いた。あんなことをしたのだ、この反応は当たり前だ。
こうして、僕一人だった向日葵探偵事務所に、少し高飛車な女の子がやってきた。
僕たちの物語はここから始まる。愛に満ちたミステリーを、彼女は知ることになる。
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