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行き過ぎた愛は嫉妬を生む 最終回
scene3 探偵の推測と執事代理の自白
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「ここからは推測の話になるんですが、あなたの動機は嫉妬なんじゃありませんか?」
そう言ったとき、彼の敵意に満ちた目を逸らした。
「正確にははるねちゃんへの行き過ぎた愛と桐原さんへの嫉妬ですかね。最初にあなたと一対一で話したときのことを、覚えていますか。そのときに何を言ったか、覚えていますか?」
「…………」
「『私は彼に到底及ばぬ男なのです』と言いました。あなたは、彼もとい桐原透吾に『到底及ばない』からこそ彼を排除して、はるねちゃんに自分だけを見てもらいたかったんじゃありませんか」
上に立つ人間を潰せば、自分が上に立てる――――そういう発想の上で今回の事件が起こった。それ僕の出した答えだ。
「仕事もできて、屋敷の使用人からも慕われて、さらにはるねちゃんからも好かれていて――――、執事代理のあなたからしてみれば、桐原さんは目の上のたんこぶでしたでしょうね。桐原さんがいなくなれば、代理のあなたが常任の執事になれる。まるで今回みたいに、ね」
そこまで言うと、僕の推理ショーは幕を閉じた。
ここまでが僕の考えた事件のあらすじ。多少推測が入っていて、完全なものとは言えないが。
菊野さんは泣くように肩を上下させると、こっちを向いた。狂ったように笑っていた。僕を馬鹿にしている笑いだった。今度は僕が敵意に満ちた視線を向ける番だった。
「くくく………くかかかか! さすが探偵、というべきでしょうか。あなたが披露した推理は正解です。模範解答ともいうべき完璧な答えです。さあ、今度は私が質問する番です。私はどうしてここに来たのでしょうか?」
「……桐原さんを、今度は殺すため。マーメイド・ユートピアが彼に効かないことを知ったあなたは、今度はこの世から抹殺するためにここを訪れた。僕が夕食のときに『桐原さんは部屋で休む』と言って、あなたはここに桐原さんがいると考えた」
「大正解です。あなたは私を罠に嵌めた」
「ええ、まあ。しかし嘘は言っていません。確かに桐原さんは屋敷内にいます。でも場所は教えません」
「別にいいですよ。もう、あなたを殺して彼を探しますから!」
菊野さんはポケットからナイフを出して、僕に襲いかかってきた。ナイフの刃は僕に向けられ、上から振り下ろされる。僕はベッドに倒れ込んでそれを避けて、菊野さんの腹に思いっきり蹴りをいれた。
腹を押さえて部屋の外に転がっていったのを見て、すぐに起きあがった。しかし、向こうもまた襲ってきた。
「うわああああああ!」
吠えにも似た声をあげて、今度は頬を殴られた。それでまた倒れて、上に乗られた。まずい。反撃がしにくい。格闘技を習っていたわけではないから、もがくことしかできない。身体をよじって抜け出そうとしたが、やっぱり動けない。相手にとっては僕を殺す絶好の機会だ。
菊野さんはナイフを大きく振り上げた。
僕には目の前の現実を見ないように、瞼をぎゅっと閉じることしかできなかった。
「やめなさい、菊野!」
ナイフを止めたのは、鋭い声だった。菊野さんは振り向いて、ナイフは下ろした。菊野さんの陰になって声の主は見えなかったが、
「お嬢様……」
と彼が呟いた。
「その人から離れなさい、菊野。もう悪いことはやめるのよ」
「…………」
菊野さんはその言葉に従って、僕の上から下りた。
そこにいたのははるねちゃんだった。きらびやかなパーティドレスを着ているが、その顔は険しかった。
「……お嬢様、そんなお顔をされないで下さいませ。私はもっとあなたのそばにいたくて、こんなことをしてしまった。申し訳ございませんでした」
「桐原に言いなさい。もし、あたしに申し訳ないと思うなら、こう返事をしておくわ――――何度謝られても許さない。あたしの家族を傷つけたんですもの。絶対に許さない」
菊野さんは泣き崩れた。ナイフも手から離れ、彼は無防備になった。しかし、主からの言葉を受けたこの執事に反撃する力など、少しも残っていなかった。
「菊野、警察に行こう。全部話して、罪を償って。あたし、帰ってくるまで待ってるから」
はるねちゃんが手を差し伸べて、菊野さんはそれを取って立った。大丈夫、彼ならちゃんと立ち直って戻って来られる。根拠はないけれど、なぜか心からそう思えた。
事件解決。これで全てが終わった。本来の依頼は今日の昼間に桐原さんに会った時点で完了していたのだが、まあ、真相解明はオプションとして処理しておこう。
体にまとわりついていた緊張が一気にほぐれ、その場に大の字になって倒れた。
――――と、気を抜いたそのとき。
「ぐわっ!」
男の悲痛な声で、体を起こした。それは部屋の外から聞こえたらしかった。声の主は確認するまでもなかった。さっきまで泣いていたはずの菊野さんが黒いマントに覆われた人物に何かを刺されていた。
「ぐわっ……わああああああ!」
僕はすぐに黒マントに飛びついた。そいつをなんとか菊野さんから切り離すと、黒マントは一直線に伸びる廊下を駆けて行った。
「待ちなさい!」
僕よりも早く、はるねちゃんが飛び出していった。気付いたときには二人の追いかけっこが始まっていて、僕は血が溢れ出す菊野さんを抱きかかえるしかなかった。
「菊野さん! しっかりして!」
「く、じょ……さま」
「何もしゃべらないで! 救急車呼びますから」
僕はポケットから携帯電話を出して、指を動かした。すると、菊野さんはがしっと僕の腕をつかんだ。
「おじょ……さ、まを、おま、もり……くださ――――」
言葉が切れると同時に、菊野さんは目を閉じてぐったりとした。
僕は何度も呼びかけた。しかし、血が溢れるばかりで声は返ってこなかった。傷口を手で押さえても、どくどくと流れ出てくる。医療の知識がない僕は、とにかく名前を呼び続けるしかなかった。
「菊野さん! 菊野さん……菊野さん! しっかりして!」
その声は虚しく、地面を濡らした血が乾ききってしまう前に、菊野さんの心臓の鼓動はなくなった。
そう言ったとき、彼の敵意に満ちた目を逸らした。
「正確にははるねちゃんへの行き過ぎた愛と桐原さんへの嫉妬ですかね。最初にあなたと一対一で話したときのことを、覚えていますか。そのときに何を言ったか、覚えていますか?」
「…………」
「『私は彼に到底及ばぬ男なのです』と言いました。あなたは、彼もとい桐原透吾に『到底及ばない』からこそ彼を排除して、はるねちゃんに自分だけを見てもらいたかったんじゃありませんか」
上に立つ人間を潰せば、自分が上に立てる――――そういう発想の上で今回の事件が起こった。それ僕の出した答えだ。
「仕事もできて、屋敷の使用人からも慕われて、さらにはるねちゃんからも好かれていて――――、執事代理のあなたからしてみれば、桐原さんは目の上のたんこぶでしたでしょうね。桐原さんがいなくなれば、代理のあなたが常任の執事になれる。まるで今回みたいに、ね」
そこまで言うと、僕の推理ショーは幕を閉じた。
ここまでが僕の考えた事件のあらすじ。多少推測が入っていて、完全なものとは言えないが。
菊野さんは泣くように肩を上下させると、こっちを向いた。狂ったように笑っていた。僕を馬鹿にしている笑いだった。今度は僕が敵意に満ちた視線を向ける番だった。
「くくく………くかかかか! さすが探偵、というべきでしょうか。あなたが披露した推理は正解です。模範解答ともいうべき完璧な答えです。さあ、今度は私が質問する番です。私はどうしてここに来たのでしょうか?」
「……桐原さんを、今度は殺すため。マーメイド・ユートピアが彼に効かないことを知ったあなたは、今度はこの世から抹殺するためにここを訪れた。僕が夕食のときに『桐原さんは部屋で休む』と言って、あなたはここに桐原さんがいると考えた」
「大正解です。あなたは私を罠に嵌めた」
「ええ、まあ。しかし嘘は言っていません。確かに桐原さんは屋敷内にいます。でも場所は教えません」
「別にいいですよ。もう、あなたを殺して彼を探しますから!」
菊野さんはポケットからナイフを出して、僕に襲いかかってきた。ナイフの刃は僕に向けられ、上から振り下ろされる。僕はベッドに倒れ込んでそれを避けて、菊野さんの腹に思いっきり蹴りをいれた。
腹を押さえて部屋の外に転がっていったのを見て、すぐに起きあがった。しかし、向こうもまた襲ってきた。
「うわああああああ!」
吠えにも似た声をあげて、今度は頬を殴られた。それでまた倒れて、上に乗られた。まずい。反撃がしにくい。格闘技を習っていたわけではないから、もがくことしかできない。身体をよじって抜け出そうとしたが、やっぱり動けない。相手にとっては僕を殺す絶好の機会だ。
菊野さんはナイフを大きく振り上げた。
僕には目の前の現実を見ないように、瞼をぎゅっと閉じることしかできなかった。
「やめなさい、菊野!」
ナイフを止めたのは、鋭い声だった。菊野さんは振り向いて、ナイフは下ろした。菊野さんの陰になって声の主は見えなかったが、
「お嬢様……」
と彼が呟いた。
「その人から離れなさい、菊野。もう悪いことはやめるのよ」
「…………」
菊野さんはその言葉に従って、僕の上から下りた。
そこにいたのははるねちゃんだった。きらびやかなパーティドレスを着ているが、その顔は険しかった。
「……お嬢様、そんなお顔をされないで下さいませ。私はもっとあなたのそばにいたくて、こんなことをしてしまった。申し訳ございませんでした」
「桐原に言いなさい。もし、あたしに申し訳ないと思うなら、こう返事をしておくわ――――何度謝られても許さない。あたしの家族を傷つけたんですもの。絶対に許さない」
菊野さんは泣き崩れた。ナイフも手から離れ、彼は無防備になった。しかし、主からの言葉を受けたこの執事に反撃する力など、少しも残っていなかった。
「菊野、警察に行こう。全部話して、罪を償って。あたし、帰ってくるまで待ってるから」
はるねちゃんが手を差し伸べて、菊野さんはそれを取って立った。大丈夫、彼ならちゃんと立ち直って戻って来られる。根拠はないけれど、なぜか心からそう思えた。
事件解決。これで全てが終わった。本来の依頼は今日の昼間に桐原さんに会った時点で完了していたのだが、まあ、真相解明はオプションとして処理しておこう。
体にまとわりついていた緊張が一気にほぐれ、その場に大の字になって倒れた。
――――と、気を抜いたそのとき。
「ぐわっ!」
男の悲痛な声で、体を起こした。それは部屋の外から聞こえたらしかった。声の主は確認するまでもなかった。さっきまで泣いていたはずの菊野さんが黒いマントに覆われた人物に何かを刺されていた。
「ぐわっ……わああああああ!」
僕はすぐに黒マントに飛びついた。そいつをなんとか菊野さんから切り離すと、黒マントは一直線に伸びる廊下を駆けて行った。
「待ちなさい!」
僕よりも早く、はるねちゃんが飛び出していった。気付いたときには二人の追いかけっこが始まっていて、僕は血が溢れ出す菊野さんを抱きかかえるしかなかった。
「菊野さん! しっかりして!」
「く、じょ……さま」
「何もしゃべらないで! 救急車呼びますから」
僕はポケットから携帯電話を出して、指を動かした。すると、菊野さんはがしっと僕の腕をつかんだ。
「おじょ……さ、まを、おま、もり……くださ――――」
言葉が切れると同時に、菊野さんは目を閉じてぐったりとした。
僕は何度も呼びかけた。しかし、血が溢れるばかりで声は返ってこなかった。傷口を手で押さえても、どくどくと流れ出てくる。医療の知識がない僕は、とにかく名前を呼び続けるしかなかった。
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