愛情探偵の報告書

雪月 瑠璃

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行き過ぎた愛は嫉妬を生む 最終回

scene2 事件の真相

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 時計の針が十時を指した。僕は桐原さんの部屋にいた。すべての準備が終わり、ベッドに座っていた。いろいろあったが、依頼は達成できた。帰ったあとに報告書作りという面倒な仕事が残っているが、それさえ終われば今度こそゆっくりできる。
 しかし、今はそんなことを考えているときではない。
 僕は無音の室内からドアノブを捻る音を聞いた。
 胸が高鳴る。口に溜まった唾をごくりと飲み込んで、入ってくる人物を待った。
 扉はゆっくりと開いた。
 見えたのは、堅苦しい燕尾服、その顔に眼鏡はない――――
「こんばんは――――菊野さん」
 人物は――――菊野さんはひどく驚いた様子だった。彼は問う。
「どうして、ここに?」
「帰る前にどうしてもやらなきゃいけないことがありまして」
「そうですか。ではごゆっくりと……」
「待って下さい。あなたにいてもらわなきゃ困ります」
「そうでしたか、申し訳ありません」
 彼のお辞儀はやっぱり美しい。しかし――――
「その謝罪の言葉は、僕じゃなくて桐原さんに言って下さい」
「それはどういう――――」
「菊野広明さん、あなたが桐原さんを失踪させた犯人ですね」

 僕は菊野さんと対面して、にらめっこのように互いを見つめ合っていた。
「ご冗談はおやめください」
「冗談じゃないですよ、事実です。まあ、『私が犯人です』なんていう素直な犯人はいませんからね、そう言われるのは想定内です。とりあえず座って下さい。落ち着いて話をしましょう」
 僕の言葉に応じ、菊野さんは着席した。
「さて、何から話したらいいんでしょうかね。そうだな、なぜあなたを疑ったのかが気になりますかね」
 僕は脇に置いておいたファイルから、桐原さんのパソコンにあった購入者リストのコピーを見せた。
「これはマーメイド・ユートピアっていう薬物を買った人物のリストです。下の方のマーカーが引かれているところを見て下さい」
檜木ひのきき阿久路あくろはどなたですか?」
「そうですか、ヒノキキアクロと読むんですね」
「違うのですか?」
「僕はヒノキアクロだと思っていました」
「…………」
「これはアナグラムなんです。あなたの名前が書かれています」
 アナグラムとは単語や文の中の文字を入れ替えて、全く別の意味にさせる言葉遊びの一つだ。
 『ヒノキキアクロ』――――並び替えて『キクノヒロアキ』、つまり『菊野広明』。
「最初は僕も誰だろうと思いました。檜木阿久路……、珍しい名前ですよね。聞けば忘れなさそうですが、調査で出てきたことはありませんでした。この資料を見つけたのは調査三日目でしたから、初耳な名前があってもおかしくないですから、そのときはスルーしていました」
「では、いつアナグラムだとお気づきに?」
「これを解いたのは僕ではなく菜々穂さんなので、気付いたわけではないのですが、聞いたのは夕食の前、桐原さんに会った帰りのことです」
「しかし、それがたまたまアナグラムだった可能性だって否めません」
「そうですね、これだけじゃ証拠として弱いかもしれません。しかし、どうでしょう。これが桐原さんのパソコンから見つかったのと、二日目に僕がこの屋敷でおかしくなってしまったのを考えてみて下さい。偶然とは思えません」
「…………」
「まず二日目のことで、犯人は屋敷にいる者の誰かだと考えました。屋敷の中で怪しまれずに調査状況を知ることのできる人物、僕の世話係の大川さん、依頼人のはるねちゃん、その執事の菊野さん。怪しまれずに、というと毎日べったりくっついていた大川さんは最大の容疑者でしたし、毎晩調査の報告を受けていたはるねちゃんも疑わしかった。本当のことを言うと、菊野さんは二人ほど疑ってはいなかったんです」
「じゃあ、どこで?」
「確信を持ったのは、あなたがここに来たときです」
「つい、さっき……!」
「恥ずかしながら、頭の回転が速い方ではないんです。あなたがここに入ってきたら、僕の推理は正解、その程度の考えでした」
 一か八か、ほとんど賭けに近かった。ここで他の人物が来たのなら、もしくは誰も来なかったのなら、僕の調査はやり直しだった。
「さて、違う話をしましょうか。どうやって桐原さんを失踪に追い込んだかの話です」
「…………」
「まずあなたは、マーメイド・ユートピアを購入します。そして、桐原さんに飲ませます。マーメイド・ユートピアは錠剤ですが、加工すれば粉末状にできますから、水に溶かしたりして彼に服用させたんでしょう。そうすれば、勝手にいなくなる。二日目のお昼の僕みたいに、暴走して、いずれいなくなる」
「……面倒ですね」
「薬物の入手はちょっと苦労しますけど、比較的楽な方法なんですよ」
らく?」
「分かりやすく、殺人と比べてみましょうか。例えば、桐原さんを殺した場合、彼の死体は隠さなければいけません。死体は事件において最も大きく重要な証拠品ですから、正体を隠したい犯人にとっては一番邪魔なものです。でも、それが勝手にいなくなってくれれば、手もかからないし、上手くいけば薬物に冒されて麻薬所持と使用の罪で逮捕される。自分の罪はうやむやになる。こんなにいい手は他にないと思います」
「……私も同感です」
「あくまでも犯人じゃないって言い通すつもりなんですね。まあ、別にいいですが。話を戻して――――しかし、上手くいかなかった。桐原さんは拒否反応を起こす体質だったからです」
「拒否反応?」
「ご存じないですか? マーメイド・ユートピアは万人に効くものではないんです。人によって医薬品の効き目に違いがあるように、マーメイド・ユートピアの効き目にも個人差があるんです。僕も飲まされましたけど、この通りピンピンしています。これは僕が拒否反応体質だからからです。桐原さんに会ったとき、それを確信しました。彼は顔色こそ悪かったですが、自我を失ってはいませんでした。つまり、桐原さんも拒否反応体質だった。だからさっき見せたリストも、ここにある」
「どういう意味ですか?」
 菊野さんの顔はだんだんと険しくなっていく。その目には敵意を感じる。
「桐原さんは薬の毒に冒されながらも、自分に仕掛けられたことを調べていたんです。犯人がいるかもしれない屋敷には帰らず、ホテルに身を隠しながら徹底的に調べて、自分の部屋のパソコンに資料を送っていた。誰かが自分のことを調べたときに、使ってもらうために」
「…………」
「次は動機の話でもしましょうか」
 僕はここで座り直して、少し息を吐いた。
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