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愛するのにも一苦労 第2話
scene5 悲しき事件の真相
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午後の予定を急遽変更して、僕らは事務所に戻って来た。
「なあ、早く教えてくれよ。謎、解けたんだろ」
事務所に入るや否や、夏治は興奮気味に言った。
「多分、だけどね。まだ証拠がない」
「とにかく話してみろよ」
「仮説だけど、いいの?」
「別にいいから、早く話してくれよ」
証拠もないのに考えだけを話すのはあまり好きではないが、証拠が見つかるまでずっとこんな風にせかされるのは嫌だ。
僕は昨日描いた情報を整理した図を持ってきて、ソファに腰を下ろした。いくばくもなくお茶が運ばれてきて、はるねと夏治も座った。
僕は膝の上に置いた図に視線を落として、仮説段階の考えを話し始めた。
「――結論から言うと、二人はキスで亡くなったんだと思う」
「キスだって? キスで人が死ぬわけがないだろ」
「場合によっては人を殺すことができる。例えば、Aさんは普通に食べられるけどBさんには食べられないアレルギー物質bがあるとする。Aさんがbを食べると、少なからず唇にbの成分が付着する。その状態でBさんとキスをすると、Bさんの唇にbが付着する。そうすれば、bがBさんの体内に取り込まれて死亡する可能性がある」
「確か、中谷さんと村田さんの死亡原因ってアレルギーによるショック死だったよね」
「つまり、今の例を二人はお互いに実行した。中谷さんがうどん、村田さんがそばを食べて、キスをして、お互いを殺し合った――。この方法なら、お互いにそばとうどんを食べていたことも納得できるし、胃袋にそれぞれのアレルギー物質が検出されなかったのにも説明がつく」
「なるほどな。これで謎は解かれたってわけだな」
夏治は今の話を小さな手帳にメモしていく。しかし、少し書いたところで手が止まった。
「でも、なんでそんな面倒な手段を選んだんだろう? 自殺したいなら他に手がいくらでもあるだろうに」
「それは、キスという行為自体に意味があったんだと思う。これに関しては本当に僕の考えだけど、キスが愛情表現の一つだからだと思う」
「それ、友情の間違いじゃないの? だって、中谷さんと村田さんって仲良しだったんでしょ?」
「僕は二人が恋人だって考えているんだ」
「何を言っているんだよ。二人とも男だぜ。俺は遺体を見たから断言できる。あれは正真正銘、男だ。それに、大学の学生が言っていたじゃないか。中谷マサルには恋人がいた」
「僕はその恋人が村田さんと考えたんだ。中谷さんは自分の恋人について、『高校のときにできた恋人で、大学を卒業したら結婚する』とその学生に説明していた。ほら、村田さんの家で見つけたプリクラは制服姿の二人が写っていただろう。それで二人が大学入学以前からの知り合いってことが分かるし、あれがカップルで撮ったものと考えると、決して珍しいものではないだろう」
「そうだけどさ、二人が恋人だって考える理由でもあるの?」
「特別な関係であったことには間違いないと思っている。村田さんの家にあった小さなチェストに『マサル』ってラベルの引き出しがあった。その中には中谷さんの家の合鍵とプリクラが入っていた。ただの仲のいい友達なら、そんなのは作らない」
「確かに。特別な関係だったことは間違いないな」
「そこで、遺書の話をするけれど、遺書には『あの世なら、僕たちは二人でいられる』と書かれてあった。『僕たち』というのが中谷さんと村田さんで、『二人でいられる』というのが結婚だとは考えられないかな。そうすれば、キスという方法を選んだ動機も分かってこないかな」
「うーん……、全然わからない」
「俺も」
「同性婚の合法化だよ。隣町では同性婚を認める条例が成立したみたいだけど、この町ではまだ認められていない。つまり、自殺の理由は結婚が認められなかったからなんじゃないかな。そして、キスという方法を選んだのは、『自分たちは死んでも愛し続ける』みたいな意味があったんじゃないかな」
「だから、わざわざそばとうどんを用意して、自殺しちゃったんだ」
「なんとも、悲しい事件だな……」
これを思いついたとき、それを否定したいくらい嫌な気持ちになった。こんなことがあってはいけない。二人の若者は愛す自由を奪われて、生きることを放棄した。二人の若者の命が、そんなことで奪われた。この社会を少し憎らしく思えた。
しかし、それと同時に、僕は死ぬことはなかったのに、と言ってやりたいと思っていた。生きていれば、いつか同性婚が認められて、一緒に仲良く暮らせる日が来るかもしれなかったのに、彼らはそんな未来さえ投げ捨ててしまった。亡くした命は二度と戻って来ない。死んだら、生き返ることはできない。だからこそ、どんな逆境でも生き抜くべきだ、と二人に伝えたいと思った。
話が終わると、夏治の携帯電話が鳴った。夏治は隅っこの方で電話を受け、しばらくすると通話を終えて戻ってきた。
「村田ヒロムの自宅から婚姻届が見つかった。そこには中谷マサルさんと村田ヒロムの名前があって、はんこまで押してあるそうだ」
証拠が出た。僕の仮説が正解になりつつあるようだ。
「ありがとうな、創真。これで捜査がはかどりそうだぜ」
「うん。頑張って」
「じゃあ、また来るぜ。今度は報酬を払いに行くから」
「動機まで考えてやったんだから、その分多めに払ってくれよ」
「……守銭奴」
「なんだと!」
「冗談だって。ちゃんと払うよ。じゃあな」
夏治は手を振って、事務所を出て行った。
一件落着。
二人の若者が命を絶った悲しき事件の幕は、こうして降ろされた。
「なあ、早く教えてくれよ。謎、解けたんだろ」
事務所に入るや否や、夏治は興奮気味に言った。
「多分、だけどね。まだ証拠がない」
「とにかく話してみろよ」
「仮説だけど、いいの?」
「別にいいから、早く話してくれよ」
証拠もないのに考えだけを話すのはあまり好きではないが、証拠が見つかるまでずっとこんな風にせかされるのは嫌だ。
僕は昨日描いた情報を整理した図を持ってきて、ソファに腰を下ろした。いくばくもなくお茶が運ばれてきて、はるねと夏治も座った。
僕は膝の上に置いた図に視線を落として、仮説段階の考えを話し始めた。
「――結論から言うと、二人はキスで亡くなったんだと思う」
「キスだって? キスで人が死ぬわけがないだろ」
「場合によっては人を殺すことができる。例えば、Aさんは普通に食べられるけどBさんには食べられないアレルギー物質bがあるとする。Aさんがbを食べると、少なからず唇にbの成分が付着する。その状態でBさんとキスをすると、Bさんの唇にbが付着する。そうすれば、bがBさんの体内に取り込まれて死亡する可能性がある」
「確か、中谷さんと村田さんの死亡原因ってアレルギーによるショック死だったよね」
「つまり、今の例を二人はお互いに実行した。中谷さんがうどん、村田さんがそばを食べて、キスをして、お互いを殺し合った――。この方法なら、お互いにそばとうどんを食べていたことも納得できるし、胃袋にそれぞれのアレルギー物質が検出されなかったのにも説明がつく」
「なるほどな。これで謎は解かれたってわけだな」
夏治は今の話を小さな手帳にメモしていく。しかし、少し書いたところで手が止まった。
「でも、なんでそんな面倒な手段を選んだんだろう? 自殺したいなら他に手がいくらでもあるだろうに」
「それは、キスという行為自体に意味があったんだと思う。これに関しては本当に僕の考えだけど、キスが愛情表現の一つだからだと思う」
「それ、友情の間違いじゃないの? だって、中谷さんと村田さんって仲良しだったんでしょ?」
「僕は二人が恋人だって考えているんだ」
「何を言っているんだよ。二人とも男だぜ。俺は遺体を見たから断言できる。あれは正真正銘、男だ。それに、大学の学生が言っていたじゃないか。中谷マサルには恋人がいた」
「僕はその恋人が村田さんと考えたんだ。中谷さんは自分の恋人について、『高校のときにできた恋人で、大学を卒業したら結婚する』とその学生に説明していた。ほら、村田さんの家で見つけたプリクラは制服姿の二人が写っていただろう。それで二人が大学入学以前からの知り合いってことが分かるし、あれがカップルで撮ったものと考えると、決して珍しいものではないだろう」
「そうだけどさ、二人が恋人だって考える理由でもあるの?」
「特別な関係であったことには間違いないと思っている。村田さんの家にあった小さなチェストに『マサル』ってラベルの引き出しがあった。その中には中谷さんの家の合鍵とプリクラが入っていた。ただの仲のいい友達なら、そんなのは作らない」
「確かに。特別な関係だったことは間違いないな」
「そこで、遺書の話をするけれど、遺書には『あの世なら、僕たちは二人でいられる』と書かれてあった。『僕たち』というのが中谷さんと村田さんで、『二人でいられる』というのが結婚だとは考えられないかな。そうすれば、キスという方法を選んだ動機も分かってこないかな」
「うーん……、全然わからない」
「俺も」
「同性婚の合法化だよ。隣町では同性婚を認める条例が成立したみたいだけど、この町ではまだ認められていない。つまり、自殺の理由は結婚が認められなかったからなんじゃないかな。そして、キスという方法を選んだのは、『自分たちは死んでも愛し続ける』みたいな意味があったんじゃないかな」
「だから、わざわざそばとうどんを用意して、自殺しちゃったんだ」
「なんとも、悲しい事件だな……」
これを思いついたとき、それを否定したいくらい嫌な気持ちになった。こんなことがあってはいけない。二人の若者は愛す自由を奪われて、生きることを放棄した。二人の若者の命が、そんなことで奪われた。この社会を少し憎らしく思えた。
しかし、それと同時に、僕は死ぬことはなかったのに、と言ってやりたいと思っていた。生きていれば、いつか同性婚が認められて、一緒に仲良く暮らせる日が来るかもしれなかったのに、彼らはそんな未来さえ投げ捨ててしまった。亡くした命は二度と戻って来ない。死んだら、生き返ることはできない。だからこそ、どんな逆境でも生き抜くべきだ、と二人に伝えたいと思った。
話が終わると、夏治の携帯電話が鳴った。夏治は隅っこの方で電話を受け、しばらくすると通話を終えて戻ってきた。
「村田ヒロムの自宅から婚姻届が見つかった。そこには中谷マサルさんと村田ヒロムの名前があって、はんこまで押してあるそうだ」
証拠が出た。僕の仮説が正解になりつつあるようだ。
「ありがとうな、創真。これで捜査がはかどりそうだぜ」
「うん。頑張って」
「じゃあ、また来るぜ。今度は報酬を払いに行くから」
「動機まで考えてやったんだから、その分多めに払ってくれよ」
「……守銭奴」
「なんだと!」
「冗談だって。ちゃんと払うよ。じゃあな」
夏治は手を振って、事務所を出て行った。
一件落着。
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