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忘れたい愛ほど、深い愛 第一話
scene2 依頼人、中村紫織の依頼
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僕は彼女の姿を見て、刹那、否一分か一時間か、動作を止めてしまった。本当のその人なのか。どうしてここにいるのか。何をしていたのか。聞きたいことはたくさんあった。でも、声にはならなかった。
「よかった。合ってたみたいで」
女性は確かに彼女だった。彼女は立ち上がってお尻のゴミを払うと、向き直した。
「依頼に来たの。引き受けてくれないかな」
はるねちゃんはやったーと言わんばかりに彼女を中に招き入れて、来客用のソファに座らせて、お茶を出した。僕もいろんな疑問を持ちつつも依頼人だ、と自分を落ち着かせて依頼書を持って着席した。
「えっと……、依頼、でしたよね」
「やめてよ、昔からの仲じゃない」
「そ、そうだね」
僕は依頼書を机の上に提示した。
「これ、書いて」
彼女は、せっせとそれを書いた。名前には『中村紫織』と、昔と変わらない習字のお手本のような字で書かれていた。
彼女はやっぱり、あの彼女らしい。
僕は依頼書を読み込んだ。住所は楓ケ丘、桜が丘の隣町だ。依頼の内容の欄には簡潔に『事件の犯人を突き止めること』と書かれてあった。彼女はそれに加えるように、話し始めた。
「私の住んでる楓が丘で連続通り魔殺人事件が起こってるのは知ってる?」
僕は頷いた。最近、テレビで騒がれているニュースだ。毎日のように速報が入ってきて、今日は何人目の被害者が出た、とかやっているのをよく観る。
「昨日で四件目、だっけ」
「うん。私はずっと怯えてる。私と娘が襲われるんじゃないかって」
連続殺人が自分の町で起こったら、怖いと思うのは当然だが、ここまで怯えるのは少し変に感じた。「何かあったの?」と聞くと、震えた声で「うん」と応えた。
「一件目の事件……被害者は中村汰月、私の夫だったの」
彼女はぽろりと滴を垂らした。はるねちゃんが即座にタオルを差し出すと、それを目に押し付けながら話を続けた。
「どうして夫が殺されなきゃいけなかったのかを知りたくて……お願い。払うものはちゃんと払う。あなたの言い値で払う。だから、引き受けて。夫を、汰月さんを殺した犯人を見つけて」
僕は口を閉ざした。正直、依頼を受けたくないと思っている。彼女とは関わりたくない。
「引き受けるわよね、創真?」
隣に座っていたはるねちゃんが聞いてきたが、引き受けないと応えたかった。だが、そんな自分勝手な理由で断るわけにもいかず、ついに「引き受けるよ」と言った。
彼女は涙を拭いながら「ありがとう」と言い、立ち上がった。
「どうぞよろしくお願いします」
と、丁寧なお辞儀をすると、事務所を出て行った。
「さっきの人、知り合いなの? なんであんな気まずい感じだったの? 昔なにかあったの?」
依頼人が帰ると、質問が雨のように降り注いだ。
「あの人は中村紫織、さっき言ってた恋人だった人だ。僕は彼女のことを今も想ってる。でも結婚式で僕は彼女をさらえなかった」
僕はすべての質問を簡潔に答えた。もちろん、はるねちゃんは理解していなかった。中村紫織という過去は、僕の情けない過去だ。できれば思い出したくなかったものだ。
僕は話を無理やり終わらせて、「はるねちゃんは、この件に首を突っ込むな」と言った。
「どうして? あたし、創真の弟子なのよ。仕事についていくのは当然よね!」
「ダメだ。この仕事は長くなるし、危険だ。君はまだ高校生だし、明日から学校だろう」
「義務教育じゃないもの。休むわ」
「ダメだ。探偵業を全うしたいなら、学校はちゃんと行かなきゃダメだ。もし休んでついてくるなら、君を解雇するよ」
「……分かったわ。今回は諦める。いってらっしゃい、創真」
はるねちゃんは少し不機嫌そうに言って、僕を見送った。
依頼はかつての初恋相手、中村紫織。
内容は、楓が丘連続通り魔殺人事件の真相解明。
今回は桜が丘を離れて、隣町へ行く。仕事が終わるまでは泊まりになりそうだ。
「いってきます、はるねちゃん」
僕は鞄を肩に掛け、事務所を出た。
「よかった。合ってたみたいで」
女性は確かに彼女だった。彼女は立ち上がってお尻のゴミを払うと、向き直した。
「依頼に来たの。引き受けてくれないかな」
はるねちゃんはやったーと言わんばかりに彼女を中に招き入れて、来客用のソファに座らせて、お茶を出した。僕もいろんな疑問を持ちつつも依頼人だ、と自分を落ち着かせて依頼書を持って着席した。
「えっと……、依頼、でしたよね」
「やめてよ、昔からの仲じゃない」
「そ、そうだね」
僕は依頼書を机の上に提示した。
「これ、書いて」
彼女は、せっせとそれを書いた。名前には『中村紫織』と、昔と変わらない習字のお手本のような字で書かれていた。
彼女はやっぱり、あの彼女らしい。
僕は依頼書を読み込んだ。住所は楓ケ丘、桜が丘の隣町だ。依頼の内容の欄には簡潔に『事件の犯人を突き止めること』と書かれてあった。彼女はそれに加えるように、話し始めた。
「私の住んでる楓が丘で連続通り魔殺人事件が起こってるのは知ってる?」
僕は頷いた。最近、テレビで騒がれているニュースだ。毎日のように速報が入ってきて、今日は何人目の被害者が出た、とかやっているのをよく観る。
「昨日で四件目、だっけ」
「うん。私はずっと怯えてる。私と娘が襲われるんじゃないかって」
連続殺人が自分の町で起こったら、怖いと思うのは当然だが、ここまで怯えるのは少し変に感じた。「何かあったの?」と聞くと、震えた声で「うん」と応えた。
「一件目の事件……被害者は中村汰月、私の夫だったの」
彼女はぽろりと滴を垂らした。はるねちゃんが即座にタオルを差し出すと、それを目に押し付けながら話を続けた。
「どうして夫が殺されなきゃいけなかったのかを知りたくて……お願い。払うものはちゃんと払う。あなたの言い値で払う。だから、引き受けて。夫を、汰月さんを殺した犯人を見つけて」
僕は口を閉ざした。正直、依頼を受けたくないと思っている。彼女とは関わりたくない。
「引き受けるわよね、創真?」
隣に座っていたはるねちゃんが聞いてきたが、引き受けないと応えたかった。だが、そんな自分勝手な理由で断るわけにもいかず、ついに「引き受けるよ」と言った。
彼女は涙を拭いながら「ありがとう」と言い、立ち上がった。
「どうぞよろしくお願いします」
と、丁寧なお辞儀をすると、事務所を出て行った。
「さっきの人、知り合いなの? なんであんな気まずい感じだったの? 昔なにかあったの?」
依頼人が帰ると、質問が雨のように降り注いだ。
「あの人は中村紫織、さっき言ってた恋人だった人だ。僕は彼女のことを今も想ってる。でも結婚式で僕は彼女をさらえなかった」
僕はすべての質問を簡潔に答えた。もちろん、はるねちゃんは理解していなかった。中村紫織という過去は、僕の情けない過去だ。できれば思い出したくなかったものだ。
僕は話を無理やり終わらせて、「はるねちゃんは、この件に首を突っ込むな」と言った。
「どうして? あたし、創真の弟子なのよ。仕事についていくのは当然よね!」
「ダメだ。この仕事は長くなるし、危険だ。君はまだ高校生だし、明日から学校だろう」
「義務教育じゃないもの。休むわ」
「ダメだ。探偵業を全うしたいなら、学校はちゃんと行かなきゃダメだ。もし休んでついてくるなら、君を解雇するよ」
「……分かったわ。今回は諦める。いってらっしゃい、創真」
はるねちゃんは少し不機嫌そうに言って、僕を見送った。
依頼はかつての初恋相手、中村紫織。
内容は、楓が丘連続通り魔殺人事件の真相解明。
今回は桜が丘を離れて、隣町へ行く。仕事が終わるまでは泊まりになりそうだ。
「いってきます、はるねちゃん」
僕は鞄を肩に掛け、事務所を出た。
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