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忘れたい愛ほど、深い愛 第一話
scene3 楓が丘へ向かう道
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事務所を出発して、十五分。僕は桜が丘駅に来ていた。
桜が丘駅は町を象徴するターミナル駅である。去年、リニューアルが終了したばかりの新しい駅舎は未来的なデザインになっていて、百貨店などともつながっている大きな駅になった。元々、各駅停車しか止まらないような小さな駅だったらしいが、町の開発が進むにつれてさまざまな路線が通り、さまざまな町とつながった。
楓ケ丘もその一つだ。そこに行くには桜楓線という路線を使う。特に楓が丘駅に行くには「かえで特急」に乗るのが最も早い。普通列車に乗ると一時間半もかかるところを、三十分で行くことができる。
僕はかえで特急のチケットを購入し、乗り場で列車を待つことにした。改修でホームも見違えるほど綺麗になった。前までは踏まれる続けて真っ黒になったガムがそこら中にあったのに、今は塵の一つも落ちていない。
「あれ、創くんじゃん! やっほー」
僕を呼ぶ声がして、後ろを向いた。
この町で僕を創くんと呼ぶのはただ一人――――駅前の商店街の中にある惣菜屋「まんぷく」で働くハッカー、七瀬菜々穂さんだけだ。
菜々穂さんはトランクを引きずっていた。旅行に行くようだ。
「こんにちは、菜々穂さん。こんなところで会うなんて偶然ですね」
「そうだね。休みがもらえたから旅行に行くの。創くんは……旅行じゃなさそうだね」
「仕事です。僕も旅行で行きたかったですよ、楓が丘」
「あれ? そういえば向日葵探偵事務所にあの逢坂家のお嬢様が入ったって聞いたけど、一緒じゃないの?」
「ああ、置いてきました。彼女、高校生なんで」
菜々穂さんは「ふうん」と言いながら、少しニヤニヤしていた。
「それにしても、こんな時期に旅行なんて珍しいですね」
「知らないの? 楓が丘に伝わる噂」
「噂?」
「『星の綺麗な丘で愛を誓い合うと、そのカップルは結ばれる』っていうやつなんだけどさ、最近若い人の間で流行ってるんだって」
「ふうん。菜々穂さんもその噂で?」
「ううん。それほどの噂が流れるってことは、星空がすごく綺麗なんでしょ。ちょっと見てみたいんだ。自然はネットの画像より直接見た方が綺麗だし」
そんな風に話していると、列車が入線してきた。白い車体に赤とピンクの線が走ったデザインは、若い女の子からも人気らしく、スマートフォンを構えた人が多い。隣で待つ菜々穂さんもカメラを構えている。
連射は速度を落としながら奥まで走り、停車した。車内にいたお客さんが次々と降りていく。「かえで特急二十八号は当駅で車内の清掃を行いますので、少々お待ち下さい」というアナウンスがあって、清掃員が出てくると「清掃が完了しました。ご乗車になるお客様は順番にご乗車下さい」と案内が流れた。特に並んでいたわけではないから、すぐに乗車できた。
日曜日だからか、席はほとんど埋まっていた。僕の席は窓際だ。乗り物に乗るときはほとんど窓際を選んで座るのがお約束になっている。
「あ、創くん目の前の席だったんだね」
後ろの席は菜々穂さんだったらしい。席を乗り出して、こっちを見てくる。
やがてドアが閉まり、列車が発車した。ゆっくり車体が動き出して、駅を出た。
桜が丘の都会の街並みは、やがて楓ケ丘の田園風景に変わり、二、三の駅を通過して楓ケ丘駅に到着した。
桜が丘駅とは違い、他の路線も百貨店もない駅だ。駅内のお店といえば小さな売店くらいである。だが、それでも町内一の大きな駅なのである。
僕と菜々穂さんは一緒に駅を出た。駅前はバスターミナルやタクシーの乗り場になっていて、僕は『いろは04』というバスに乗り込んだ。このバスは地元の人しか利用しない、生活用のバスだ。僕は一番奥の席に座った。携帯電話を見て時刻を確認すると、ちょうどお昼時だった。目的の停留所に着いたらまずは昼食だ。
バスは『このバスは〈ショッピングモールかえで〉経由〈麻ノ葉駅〉行きです。まもなく発車いたします』という運転手の案内があってから、発車した。
「創くん、またまた偶然だね」
声をかけてきたのは、また菜々穂さんだった。さっきから菜々穂さんの顔しか見ていない気がする。僕は「嫌な偶然ですね」なんて適当に返した。
「そんなこと言わないでよ。旅行先で知り合いと二度会うなんて運がいいじゃない」
「どうせ後を追ってきたんですよね。僕はお仕事なんですよ、邪魔しないで下さい」
「邪魔なんてしないよ。私のモットーは創くんの嫌なことはしないことだからね」
「だったら僕に構わないで下さい」
「えー、気になるなあ。だって、楓が丘の連続通り魔を調べてるんでしょ、きっと。私、情報を持ってたり、持っていなかったり……、それに新入りの子を置いてきて一人なんでしょ。一人きりで解決できる案件なのかな?」
一人きり――――か。そういえば、一人で仕事をするのは久しぶりだった。はるねちゃんと出会ったあの事件も、調査には大川さんがいたし、逢坂家の使用人たちもいたし、独りぼっちというのは四、五か月ぶりくらいだ。
それに、今回みたいな大きな事件は数えるほどしか手がけたことがない。引き受けたとはいえ、自信はない。
「私、手伝ってあげてもいいよ。パソコンなら持ってるし、ハッキングもできる。今、私以外に役立つ右腕はいないと思うなあ。ここで私を捕まえておかないと、働いてはもらえないだろうなあ。私はそもそも旅行中の身なんだし、旅行モードになっちゃうからね。泊まる宿も違うだろうし、会うのは難しいだろうなあ」
「分かった、分かりましたよ! 協力して下さい、菜々穂さん。あなた以外に役立つ助手はいません!」
「いいよ。創くんの臨時助手ってことで、雇われてあげる」
無理やりオッケーしてしまった感じだが、心強い仲間であることに違いない。
こうして、今回の仕事に菜々穂さんが加わった。
桜が丘駅は町を象徴するターミナル駅である。去年、リニューアルが終了したばかりの新しい駅舎は未来的なデザインになっていて、百貨店などともつながっている大きな駅になった。元々、各駅停車しか止まらないような小さな駅だったらしいが、町の開発が進むにつれてさまざまな路線が通り、さまざまな町とつながった。
楓ケ丘もその一つだ。そこに行くには桜楓線という路線を使う。特に楓が丘駅に行くには「かえで特急」に乗るのが最も早い。普通列車に乗ると一時間半もかかるところを、三十分で行くことができる。
僕はかえで特急のチケットを購入し、乗り場で列車を待つことにした。改修でホームも見違えるほど綺麗になった。前までは踏まれる続けて真っ黒になったガムがそこら中にあったのに、今は塵の一つも落ちていない。
「あれ、創くんじゃん! やっほー」
僕を呼ぶ声がして、後ろを向いた。
この町で僕を創くんと呼ぶのはただ一人――――駅前の商店街の中にある惣菜屋「まんぷく」で働くハッカー、七瀬菜々穂さんだけだ。
菜々穂さんはトランクを引きずっていた。旅行に行くようだ。
「こんにちは、菜々穂さん。こんなところで会うなんて偶然ですね」
「そうだね。休みがもらえたから旅行に行くの。創くんは……旅行じゃなさそうだね」
「仕事です。僕も旅行で行きたかったですよ、楓が丘」
「あれ? そういえば向日葵探偵事務所にあの逢坂家のお嬢様が入ったって聞いたけど、一緒じゃないの?」
「ああ、置いてきました。彼女、高校生なんで」
菜々穂さんは「ふうん」と言いながら、少しニヤニヤしていた。
「それにしても、こんな時期に旅行なんて珍しいですね」
「知らないの? 楓が丘に伝わる噂」
「噂?」
「『星の綺麗な丘で愛を誓い合うと、そのカップルは結ばれる』っていうやつなんだけどさ、最近若い人の間で流行ってるんだって」
「ふうん。菜々穂さんもその噂で?」
「ううん。それほどの噂が流れるってことは、星空がすごく綺麗なんでしょ。ちょっと見てみたいんだ。自然はネットの画像より直接見た方が綺麗だし」
そんな風に話していると、列車が入線してきた。白い車体に赤とピンクの線が走ったデザインは、若い女の子からも人気らしく、スマートフォンを構えた人が多い。隣で待つ菜々穂さんもカメラを構えている。
連射は速度を落としながら奥まで走り、停車した。車内にいたお客さんが次々と降りていく。「かえで特急二十八号は当駅で車内の清掃を行いますので、少々お待ち下さい」というアナウンスがあって、清掃員が出てくると「清掃が完了しました。ご乗車になるお客様は順番にご乗車下さい」と案内が流れた。特に並んでいたわけではないから、すぐに乗車できた。
日曜日だからか、席はほとんど埋まっていた。僕の席は窓際だ。乗り物に乗るときはほとんど窓際を選んで座るのがお約束になっている。
「あ、創くん目の前の席だったんだね」
後ろの席は菜々穂さんだったらしい。席を乗り出して、こっちを見てくる。
やがてドアが閉まり、列車が発車した。ゆっくり車体が動き出して、駅を出た。
桜が丘の都会の街並みは、やがて楓ケ丘の田園風景に変わり、二、三の駅を通過して楓ケ丘駅に到着した。
桜が丘駅とは違い、他の路線も百貨店もない駅だ。駅内のお店といえば小さな売店くらいである。だが、それでも町内一の大きな駅なのである。
僕と菜々穂さんは一緒に駅を出た。駅前はバスターミナルやタクシーの乗り場になっていて、僕は『いろは04』というバスに乗り込んだ。このバスは地元の人しか利用しない、生活用のバスだ。僕は一番奥の席に座った。携帯電話を見て時刻を確認すると、ちょうどお昼時だった。目的の停留所に着いたらまずは昼食だ。
バスは『このバスは〈ショッピングモールかえで〉経由〈麻ノ葉駅〉行きです。まもなく発車いたします』という運転手の案内があってから、発車した。
「創くん、またまた偶然だね」
声をかけてきたのは、また菜々穂さんだった。さっきから菜々穂さんの顔しか見ていない気がする。僕は「嫌な偶然ですね」なんて適当に返した。
「そんなこと言わないでよ。旅行先で知り合いと二度会うなんて運がいいじゃない」
「どうせ後を追ってきたんですよね。僕はお仕事なんですよ、邪魔しないで下さい」
「邪魔なんてしないよ。私のモットーは創くんの嫌なことはしないことだからね」
「だったら僕に構わないで下さい」
「えー、気になるなあ。だって、楓が丘の連続通り魔を調べてるんでしょ、きっと。私、情報を持ってたり、持っていなかったり……、それに新入りの子を置いてきて一人なんでしょ。一人きりで解決できる案件なのかな?」
一人きり――――か。そういえば、一人で仕事をするのは久しぶりだった。はるねちゃんと出会ったあの事件も、調査には大川さんがいたし、逢坂家の使用人たちもいたし、独りぼっちというのは四、五か月ぶりくらいだ。
それに、今回みたいな大きな事件は数えるほどしか手がけたことがない。引き受けたとはいえ、自信はない。
「私、手伝ってあげてもいいよ。パソコンなら持ってるし、ハッキングもできる。今、私以外に役立つ右腕はいないと思うなあ。ここで私を捕まえておかないと、働いてはもらえないだろうなあ。私はそもそも旅行中の身なんだし、旅行モードになっちゃうからね。泊まる宿も違うだろうし、会うのは難しいだろうなあ」
「分かった、分かりましたよ! 協力して下さい、菜々穂さん。あなた以外に役立つ助手はいません!」
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