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忘れたい愛ほど、深い愛 第一話
scene4 昼食、食堂店主との再会
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僕らは楓が丘駅の停留所から、八つ目で降りた。そこの近くには美味しいお店がある。昼食の時間だ。
店名は『鳩乃食堂』。町の人々から愛されるこの店は、九十年の歴史を誇る老舗である。僕の知り合いが店主を務めていて、よく通っていた。今は昼時だからか、とても混雑していたが、ラッキーなことにカウンター席が二席空いていた。僕と菜々穂さんはそこに腰を下ろした。
「いらっしゃい!」
厨房から声がした。元気のいい明るい声だ。
「かつ丼定食一つ」
「私も一緒のを」
まもなく注文の品がテーブルに置かれた。湯気に乗って鼻に届くカツの香りと食欲をそそる美味しそうな見た目は、昔と全く変わらない。菜々穂さんの用意もできて「いただきます」と食べ始めた。
口に入れた瞬間、ほっぺたが落ちそうになる味は何ものにも代えがたく、食べてしまうのが惜しいほどカツの香りが病みつきになる。
「まったくお前は変わってねえな。安心したぜ」
厨房からさっきと同じ声がした。声の主は汚れた割烹着を着た男だった。彼は鳩乃食堂の店主、羽藤平和である。彼は高校とき同じクラスだった同級生だ。高校卒業後、三代続く鳩乃食堂を継ぎ、今は四代目として頑張っているらしい。
「久しぶりだな、創真」
「久しぶり、ハト。君も相変わらず頑張ってるんだね」
「懐かしいな、その仇名」
ハトという仇名は苗字の『羽藤』からとったものだ。『鳩乃食堂』という名前も同じように名付けられたらしい。昔、ハトが彼のおじいさんから聞いたと言っていた。
「えっと……創くんのお知り合い?」
「お姉さん、創真の彼女? 綺麗だなあ」
「彼女は僕の仕事を手伝ってくれてるんだ」
「七瀬菜々穂です」
いつもみたいな元気な感じを封印して、名前を言った。
「俺は羽藤って者だ。創真をよろしくな。ところで、お前とは本当に久しぶりだよな。紫織の結婚式以来だから、ちょうど五年ぶりか。お前、何してたの? 同窓会にも顔出さねえし」
「休みの取りにくい仕事をやってるんだよ」
「じゃあ今日は?」
「仕事だよ」
「故郷に来て仕事とはな。勤勉なところも変わってねえな。まあ、できる限りゆっくりしていけよ」
「うん、ありがとう」
ハトはにっこり笑って、奥へ消えた。
「故郷だったの? 早く言ってよ。全部終わったら観光しようと思ってたんだから」
「……終わったら帰りますよ。ここには仕事で来てるんだから。報告書とか書かなくちゃいけないし」
「創くんも一緒に観光しようよ。一日くらいは休みを取ってさ……」
「終わったら帰ります」
菜々穂さんの言葉を遮るように言い捨てた。重い沈黙が場を支配する。
「……ま、報告書は大切だよね」
しばしの沈黙は菜々穂さんによって破られたが、重苦しい空気は沈殿していた。
やがて食事を終えた。僕は財布から千円札を出した。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
そう言って見せたが、その顔はきっと引きつっていただろう。
外に出ると、暗い色をした雲が広がっていた。心なしか、気温が下がったような気がする。天気が崩れないうちに、調査を始めた方がよさそうだ。
――――終わったら帰ります。
店の中で言ったことが頭の中で繰り返されていた。冷えた外気が頭を冷やして、冷静にさせてくれた。
「さっきの発言、あんまり気にしないで下さい。少し言い過ぎました」
「あんな程度で創くんを嫌いにならないよ」
「それはありがたいです。でも、ここに長居したくないんです」
「分かった。あんまり詮索はしないようにする。さ、行こう行こう! レッツ、調査!」
菜々穂さんは僕の手を引いて、バス停の方に歩き出した。
「菜々穂さん、逆方向です」
店名は『鳩乃食堂』。町の人々から愛されるこの店は、九十年の歴史を誇る老舗である。僕の知り合いが店主を務めていて、よく通っていた。今は昼時だからか、とても混雑していたが、ラッキーなことにカウンター席が二席空いていた。僕と菜々穂さんはそこに腰を下ろした。
「いらっしゃい!」
厨房から声がした。元気のいい明るい声だ。
「かつ丼定食一つ」
「私も一緒のを」
まもなく注文の品がテーブルに置かれた。湯気に乗って鼻に届くカツの香りと食欲をそそる美味しそうな見た目は、昔と全く変わらない。菜々穂さんの用意もできて「いただきます」と食べ始めた。
口に入れた瞬間、ほっぺたが落ちそうになる味は何ものにも代えがたく、食べてしまうのが惜しいほどカツの香りが病みつきになる。
「まったくお前は変わってねえな。安心したぜ」
厨房からさっきと同じ声がした。声の主は汚れた割烹着を着た男だった。彼は鳩乃食堂の店主、羽藤平和である。彼は高校とき同じクラスだった同級生だ。高校卒業後、三代続く鳩乃食堂を継ぎ、今は四代目として頑張っているらしい。
「久しぶりだな、創真」
「久しぶり、ハト。君も相変わらず頑張ってるんだね」
「懐かしいな、その仇名」
ハトという仇名は苗字の『羽藤』からとったものだ。『鳩乃食堂』という名前も同じように名付けられたらしい。昔、ハトが彼のおじいさんから聞いたと言っていた。
「えっと……創くんのお知り合い?」
「お姉さん、創真の彼女? 綺麗だなあ」
「彼女は僕の仕事を手伝ってくれてるんだ」
「七瀬菜々穂です」
いつもみたいな元気な感じを封印して、名前を言った。
「俺は羽藤って者だ。創真をよろしくな。ところで、お前とは本当に久しぶりだよな。紫織の結婚式以来だから、ちょうど五年ぶりか。お前、何してたの? 同窓会にも顔出さねえし」
「休みの取りにくい仕事をやってるんだよ」
「じゃあ今日は?」
「仕事だよ」
「故郷に来て仕事とはな。勤勉なところも変わってねえな。まあ、できる限りゆっくりしていけよ」
「うん、ありがとう」
ハトはにっこり笑って、奥へ消えた。
「故郷だったの? 早く言ってよ。全部終わったら観光しようと思ってたんだから」
「……終わったら帰りますよ。ここには仕事で来てるんだから。報告書とか書かなくちゃいけないし」
「創くんも一緒に観光しようよ。一日くらいは休みを取ってさ……」
「終わったら帰ります」
菜々穂さんの言葉を遮るように言い捨てた。重い沈黙が場を支配する。
「……ま、報告書は大切だよね」
しばしの沈黙は菜々穂さんによって破られたが、重苦しい空気は沈殿していた。
やがて食事を終えた。僕は財布から千円札を出した。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
そう言って見せたが、その顔はきっと引きつっていただろう。
外に出ると、暗い色をした雲が広がっていた。心なしか、気温が下がったような気がする。天気が崩れないうちに、調査を始めた方がよさそうだ。
――――終わったら帰ります。
店の中で言ったことが頭の中で繰り返されていた。冷えた外気が頭を冷やして、冷静にさせてくれた。
「さっきの発言、あんまり気にしないで下さい。少し言い過ぎました」
「あんな程度で創くんを嫌いにならないよ」
「それはありがたいです。でも、ここに長居したくないんです」
「分かった。あんまり詮索はしないようにする。さ、行こう行こう! レッツ、調査!」
菜々穂さんは僕の手を引いて、バス停の方に歩き出した。
「菜々穂さん、逆方向です」
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