32 / 214
32
しおりを挟む
その日は王都に白いものが降り落ちてくる天気だった。
「お~、王都にも雪が降ったか」
比較的に温暖な気候であるオルグラント王国であっても、寒い日が続く時期になれば、王都といえども雪が降ることはそれなりにある。
山に近いところでなければ積もることはないが、雪が降る景色に明暗が分かれるのが面白いところ。
レッドは珍しい景色に感嘆を上げているが、一方のリベルテはいつも以上に何十もの毛布に包まっている。
「寒いです……雪とかありえない……」
この明暗は王都中で見受けられる。
雪にはしゃぐ子ども、寒さに震えて焚き火に集まる人たち、道が悪くなるため商品の仕入れに注意を払う商人たち、雪を肴に酒を飲む人たち。
「あ~、リベルテ。ほれ」
レッドがベッドで包まっているリベルテに荷物を放り投げる。
リベルテはもぞもぞと腕だけ伸ばして物を取り、毛布の中で確認しているようだ。
しばらくもぞもぞと動いた後、やっとリベルテが起きてくる。
「これ、暖かいです!」
リベルテが喜んでいるのは、シャギーラガモフの毛を多く使った冬用の服である。
首下、手首とやわらかい毛があしらわれており、外気が入りにくく、体内の熱が外に漏れにくくなっている。
新しい服と暖かさに喜んでいる姿は、いかにも服装に注意を払う女性である。
「喜んでもらえたようで何よりだ。前回の依頼で取ってきたやつから頼んでおいた。なかなか似合ってるんじゃないか」
「ありがとうございます! でもちょっと……もう少し若い子向けのような」
「若いんだろ、おまえ」
少し意地悪そうに口元をにやけさせるレッドに、困りながらも嬉しさもあって怒るに怒れないリベルテであった。
実際に少し意匠が少女と呼ばれるくらいの年の子が着ているほうがしっくりとくるようであり、リベルテも似合っているといえばそう見えるが、いささか子どもっぽいと言えた。
「あの~、レッド。すみませんが、今日は……」
「おう。今日は休みで構わんよ。生活に窮しない限りは自由にやるのが冒険者だからな。そういや、毎年これくらいの時期に休みたいっていってたような……」
「それじゃ出かけてきますね。服ありがとうございますー」
逃げるように去っていくリベルテ。
寒いと動かなくなる日が多いリベルテだが、毎年必ず、寒さを我慢しながらどこかに行っている。
世話になってるし、少しでも寒くなさそうにして動く姿に少し口元がにやけるレッドであった。
「さて……俺は酒でも飲みに行くかねぇ。寒いときは飲むに限る!」
先日の一件から討伐の依頼は避け、配達の依頼を受けていたマイとタカヒロは今日も今日とて配達の依頼を受けるため、冒険者ギルドに向かっていた。
採取の依頼は対象の情報を正しく得られなければ無為に探し回ることになり、そこでモンスターにかち合ってしまえば割に合わないものになる。
情報の取捨がまだまだ甘い二人は、レッドとリベルテのサポートが無いと、採取の依頼の難易度が高くなってしまうのだ。
「あれ? あそこに居るのリベルテさんじゃない?」
タカヒロの服を引っ張って、リベルテを指差すマイに、引っ張られすぎて体勢を崩しかけているタカヒロはそれどころではない。
それに配達の依頼は、王都内だけの配達なので報酬がとても安い。
そのため、数多く受けて回らないと二人が生活していくには足りないのだ。
もっとも宿や食事のランクを落とせばその分安くできるので、それとなくレッドがその指摘をしてみたが、二人は断固としてその生活は拒否していた。
魔法で水を生み出せるからか、どことなく水の大切さも理解していないようでもあり、安くて汚い宿や食べれるだけマシというような食事は嫌だという二人に、レッドとリベルテはどんな世界なのか、さらにわからなくなっていたりする。
「リベルテさんがどこに行こうがいいんじゃない? 大人なんだし。それより仕事探さないと。配達がなかったら他のを探さないといけないんだから。
なんで討伐の依頼があんなに面倒なんだ? よくある話じゃ軽く倒して回って、周りは驚きはするけど何事も無く受け入れるはずなのに……」
「それはわかってるけど、なんか気にならない? 知ってる人見かけると何してるのかな~って。」
「目の前のこと避けてするもんじゃないな。余裕あるならついて行ってもいいけど。食事か服諦める?」
「よし、今日も仕事頑張ろうー!」
自分の生活を落とす気は無いため、やる気を出したものの、ちらちらとリベルテが進んでいった方を気にする姿に、ため息しか出ないタカヒロ。いや、実際に愚痴も漏れていた。
「面倒くさい……」
やる気を出してくれても空回りされては失敗するかもしれないため、ちょっとした妥協を提案する。
「仕事終わった後でまた見かけたら行ってみれば?」
「そうだね。終わってからなら問題ないよね!」
これで大丈夫かなと思っているタカヒロにわざわざ身を寄せるマイ。
「この世界で普通ありえないことがあったら、何事も無く流すなんてありえないからね。すごい力を持ってるなんてばれたら、監禁しようとしてきたり、邪魔に思ったり危険だって思われたら命狙われるから……」
何かを思い出すように小さく暗い声で、同じ忠告をタカヒロに繰り返す。
「わかってるつもりだけど、レッドさん何も言わなかったから大丈夫じゃない?」
「あの人はいい人だと思うけど、そこまで信用しても怖いじゃない? なんとなくだけど、私たちのこと、いくらか知っている感じもするし……」
リベルテは1つの家を訪れていた。
「おばーちゃん。今年も来たよー」
「おやおや、いらっしゃい。サティスちゃん、良く来たねぇ」
「やっぱり王都はいいよね。人がたくさんいて、食べ物も服もいっぱいあるんだから」
「そうだねぇ。にぎやかで良いけど、人が多くて疲れることもあるもんだよ。おや? ずいぶんと可愛らしい服じゃないか」
「え? いいでしょ? 知り合いからもらったんだけど……」
「あらあら。サティスちゃんももうそんな年なんだねぇ。曾孫が見られるかもしれないんだねぇ」
「え? いやいや、そんな関係じゃないし」
アワアワとしながら、部屋の掃除を始めるリベルテ。
少し高揚もしているのか鼻歌交じりで、機嫌がいいのが丸わかりである。
「わざわざ来てもらって、掃除してもらうなんてすまないねぇ」
「いいのいいの。おばあちゃんが元気そうでうれしいし。掃除は得意だから」
「最近、体が上手く動かなくなってきてね。足やら腰やらも痛くて。さっき曾孫だなんて言ったけど、見れないかもしれないわ」
「え? そんな……。おばあちゃんまだまだ元気じゃない。大丈夫よ」
「ふふふ。私くらいのおばあちゃんになるとね、ちゃあんとわかるのよ。わかってるのよ……」
何かを思い返すように目を細めながら微笑む老女になんともかける言葉も無く、リベルテは部屋の掃除に戻る。
「さて、と。そろそろご飯の準備しなきゃ」
「掃除してもらってさらにご飯だなんて……。私がやるからゆっくりしなさい」
「じゃあ、一緒に作ろうよ。料理教えて欲しいし」
「ふふふ。そうね、やっぱり男の人は胃袋を掴まないとねぇ」
「そんなんじゃないって!」
とても微笑ましい会話をしながら、トントンと柔らかい音、スープを煮立てる音と匂いが辺りにゆっくりと漂う。
「あまりお腹にたまりそうなものじゃなくてごめんなさいね。私はもうそんなに食べなくなってるから、サティスちゃんも私に合わせなくて良かったのに」
「折角一緒に作るんだから、同じものがいいじゃない。それに私、おばあちゃんの料理好きだよ」
「ありがとねぇ……。余る分は持って行きなさい。食べさせたい人いるでしょう?」
「だから、そんな人いないって……」
「大丈夫よ。ちゃんとその人はあなたとともに居てくれるわ。ちゃんと帰ってくる」
「おばあちゃん……」
和やかに穏やかに過ぎ行く時間は早く、陽はすでだいぶ傾いていた。
「それじゃあね、サティスちゃん。気をつけてお帰り」
「うん……。それじゃあ、またね。おばあちゃん」
何度か振り返っては手を振り、姿が見えなくなるまでそれを繰り返す。
そして姿が見えなくなってから、リベルテは大きくため息をついた。
「毎年この日だけだけど、辛いな。私は最低だ……」
暗くなる陽に一層陰を落とすリベルテの背に、明るい声が掛かる。
「リベルテさん! 何してるんですか?」
「うわぁ!? マ、マイさんですか? 驚かせないでくださいよ……」
「うわぁ……そんな風に慌てるリベルテさん、はじめて見た。かわいい」
もはやジト目をするしかないリベルテ。だが相手は意に介さない。
「かわいいといえば、着てるの見たこと無い服ですよね。かわいいです。この服どうしたんですか? あ! もしかしてレッドさんからもらったりして?」
さきほどまで沈んでいたものだから、飛びぬけて明るく話しかけてくるマイに対処できない。いつもであれば、かわいいものについて一緒にはしゃいだり、サラッと返したりできるのに、落差が急すぎていつもの調子になれずにいた。
「あれ? やっぱりおかしい。リベルテさん、どうかしたんですか? さっき出てきた家でなにかあったんですか?」
見られていたことに驚きつつも、見られたならとどこか諦めの気分にもなる。
「見られてたんですか……。それは迂闊でした」
ゆっくりと二人で歩きながらリベルテが話し始める。
「あそこには年に1日だけ嘘をつきに行ってるんですよ。あそこには娘夫婦を亡くしてしまったおばあさんが住んでいるんです。娘さん夫婦はファルケン伯爵領ハーバランドで暮らしていました。肥沃な広い土地を持ってますからね。農家をやる人を結構優遇して集めようとしてるんですよ? なので王都の生活を諦めて、新天地でという人は少なくないんです。」
「なんでおばあさん一人残ってるんですか? それならみんなで行けばよかったのに」
「馬車で王都からハーバランドまで行くなんて少なくても10日はかかるんですよ? お年寄りにはきつい旅になります。ご本人もそれをわかって王都に残ったみたいです。それに、おじいさんの思い出もあったみたいですから。おじいさんは王都でも人気の高い職人さんだったそうですよ。家具を作る職人で、今も宿屋とかお店とかにある棚とかテーブルとかにその作品があるかもしれませんね。」
あたりも暗くなり、店の灯が道を照らす。
飲み始める大人以外は家に帰っている時間となれば、店からまだ離れているこの道はとても静かだった。
「先ほどの娘夫婦は休耕の時期に合わせて、おばあさんに会いに王都に行こうとして、途中、モンスターに襲われて亡くなりました。なぜか突然にその辺りでは見かけないモンスターが林を抜けて現れたそうで、ファルケン伯爵も冒険者も情報が何も無かったくらいに……。その夫婦には娘さん、おばあさんにとってはお孫さんですね、が居たそうなんですよ。私が偶々仕事であの辺りを通ったときに、お孫さんだって抱き着かれまして。それからです。休耕の時期じゃないと来れないってことにして、これくらいの時期に1日だけ」
「それは……優しい嘘ですね」
「優しい……ですか。嘘に優しいも厳しいもありませんよ。誰も傷つかない嘘なんてありませんから。いつかどこかでその嘘は誰かを傷つけることになるんです。本人でなければその子どもに、そうでなければさらにその先に」
「でも、気づかなければ、誰も何も言わなければ傷つかないじゃないですか。だれかを守るための嘘だってあるはずです」
「人を騙していることに変わりはありません。優しい嘘とかそんなの、その嘘を言った人間が自分を正当化したり、ごまかしたりするための言葉にしかすぎません。第一、私はその嘘を続けている私が許せていないのですから」
「それは……」
「世の中というのは、綺麗にいかないものね」
そういって自分たちが取っている宿の方に向かうリベルテの姿を、マイは見送るしかできなかった。
「レッド、遅くなりました。休日にしてくれてありがとうございました。明日から稼ぎましょう」
「いや、もう数日くらいは問題ないぞ。寒くなってきてるからな、そっちは無理するな。寒いのに弱くなってるみたいだし」
「いい服をもらいましたから、大丈夫ですよ。あ、ご飯もらってきたので食べましょう。温めてもらってきます」
「依頼によっちゃ汚すことになるんだが、大丈夫か?」
ビタッと動きを止めて、かなり逡巡してから「堪えます……」といって階下に向かうリベルテに、「どっちをだ?」とレッドは首をかしげていた。
しばらくして湯気をまとったスープをリベルテが持ってきて、少し遅めの夕食を取る二人。
「なんかこう……優しい味だな。仕事の後はこうガッと濃い味付けに酒を飲みたいところだが、こういう味もいいもんだ。うん、美味いな」
「そうですか。それはよかったです。私もこの味、好きですから」
パタタとカロタがどちらも煮崩れるまで火を通しており、やわらかく甘い味が広がる。食べ応えは感じないが、パタタのせいでとろみがかったスープが体を芯から温める。
「また、たまに食いたいな。これ」
「そうですね。また気が向いたら作りますよ」
王都に降った雪はすでに止んでいて、地面にいくつかの水溜りだけが残っていた。
「お~、王都にも雪が降ったか」
比較的に温暖な気候であるオルグラント王国であっても、寒い日が続く時期になれば、王都といえども雪が降ることはそれなりにある。
山に近いところでなければ積もることはないが、雪が降る景色に明暗が分かれるのが面白いところ。
レッドは珍しい景色に感嘆を上げているが、一方のリベルテはいつも以上に何十もの毛布に包まっている。
「寒いです……雪とかありえない……」
この明暗は王都中で見受けられる。
雪にはしゃぐ子ども、寒さに震えて焚き火に集まる人たち、道が悪くなるため商品の仕入れに注意を払う商人たち、雪を肴に酒を飲む人たち。
「あ~、リベルテ。ほれ」
レッドがベッドで包まっているリベルテに荷物を放り投げる。
リベルテはもぞもぞと腕だけ伸ばして物を取り、毛布の中で確認しているようだ。
しばらくもぞもぞと動いた後、やっとリベルテが起きてくる。
「これ、暖かいです!」
リベルテが喜んでいるのは、シャギーラガモフの毛を多く使った冬用の服である。
首下、手首とやわらかい毛があしらわれており、外気が入りにくく、体内の熱が外に漏れにくくなっている。
新しい服と暖かさに喜んでいる姿は、いかにも服装に注意を払う女性である。
「喜んでもらえたようで何よりだ。前回の依頼で取ってきたやつから頼んでおいた。なかなか似合ってるんじゃないか」
「ありがとうございます! でもちょっと……もう少し若い子向けのような」
「若いんだろ、おまえ」
少し意地悪そうに口元をにやけさせるレッドに、困りながらも嬉しさもあって怒るに怒れないリベルテであった。
実際に少し意匠が少女と呼ばれるくらいの年の子が着ているほうがしっくりとくるようであり、リベルテも似合っているといえばそう見えるが、いささか子どもっぽいと言えた。
「あの~、レッド。すみませんが、今日は……」
「おう。今日は休みで構わんよ。生活に窮しない限りは自由にやるのが冒険者だからな。そういや、毎年これくらいの時期に休みたいっていってたような……」
「それじゃ出かけてきますね。服ありがとうございますー」
逃げるように去っていくリベルテ。
寒いと動かなくなる日が多いリベルテだが、毎年必ず、寒さを我慢しながらどこかに行っている。
世話になってるし、少しでも寒くなさそうにして動く姿に少し口元がにやけるレッドであった。
「さて……俺は酒でも飲みに行くかねぇ。寒いときは飲むに限る!」
先日の一件から討伐の依頼は避け、配達の依頼を受けていたマイとタカヒロは今日も今日とて配達の依頼を受けるため、冒険者ギルドに向かっていた。
採取の依頼は対象の情報を正しく得られなければ無為に探し回ることになり、そこでモンスターにかち合ってしまえば割に合わないものになる。
情報の取捨がまだまだ甘い二人は、レッドとリベルテのサポートが無いと、採取の依頼の難易度が高くなってしまうのだ。
「あれ? あそこに居るのリベルテさんじゃない?」
タカヒロの服を引っ張って、リベルテを指差すマイに、引っ張られすぎて体勢を崩しかけているタカヒロはそれどころではない。
それに配達の依頼は、王都内だけの配達なので報酬がとても安い。
そのため、数多く受けて回らないと二人が生活していくには足りないのだ。
もっとも宿や食事のランクを落とせばその分安くできるので、それとなくレッドがその指摘をしてみたが、二人は断固としてその生活は拒否していた。
魔法で水を生み出せるからか、どことなく水の大切さも理解していないようでもあり、安くて汚い宿や食べれるだけマシというような食事は嫌だという二人に、レッドとリベルテはどんな世界なのか、さらにわからなくなっていたりする。
「リベルテさんがどこに行こうがいいんじゃない? 大人なんだし。それより仕事探さないと。配達がなかったら他のを探さないといけないんだから。
なんで討伐の依頼があんなに面倒なんだ? よくある話じゃ軽く倒して回って、周りは驚きはするけど何事も無く受け入れるはずなのに……」
「それはわかってるけど、なんか気にならない? 知ってる人見かけると何してるのかな~って。」
「目の前のこと避けてするもんじゃないな。余裕あるならついて行ってもいいけど。食事か服諦める?」
「よし、今日も仕事頑張ろうー!」
自分の生活を落とす気は無いため、やる気を出したものの、ちらちらとリベルテが進んでいった方を気にする姿に、ため息しか出ないタカヒロ。いや、実際に愚痴も漏れていた。
「面倒くさい……」
やる気を出してくれても空回りされては失敗するかもしれないため、ちょっとした妥協を提案する。
「仕事終わった後でまた見かけたら行ってみれば?」
「そうだね。終わってからなら問題ないよね!」
これで大丈夫かなと思っているタカヒロにわざわざ身を寄せるマイ。
「この世界で普通ありえないことがあったら、何事も無く流すなんてありえないからね。すごい力を持ってるなんてばれたら、監禁しようとしてきたり、邪魔に思ったり危険だって思われたら命狙われるから……」
何かを思い出すように小さく暗い声で、同じ忠告をタカヒロに繰り返す。
「わかってるつもりだけど、レッドさん何も言わなかったから大丈夫じゃない?」
「あの人はいい人だと思うけど、そこまで信用しても怖いじゃない? なんとなくだけど、私たちのこと、いくらか知っている感じもするし……」
リベルテは1つの家を訪れていた。
「おばーちゃん。今年も来たよー」
「おやおや、いらっしゃい。サティスちゃん、良く来たねぇ」
「やっぱり王都はいいよね。人がたくさんいて、食べ物も服もいっぱいあるんだから」
「そうだねぇ。にぎやかで良いけど、人が多くて疲れることもあるもんだよ。おや? ずいぶんと可愛らしい服じゃないか」
「え? いいでしょ? 知り合いからもらったんだけど……」
「あらあら。サティスちゃんももうそんな年なんだねぇ。曾孫が見られるかもしれないんだねぇ」
「え? いやいや、そんな関係じゃないし」
アワアワとしながら、部屋の掃除を始めるリベルテ。
少し高揚もしているのか鼻歌交じりで、機嫌がいいのが丸わかりである。
「わざわざ来てもらって、掃除してもらうなんてすまないねぇ」
「いいのいいの。おばあちゃんが元気そうでうれしいし。掃除は得意だから」
「最近、体が上手く動かなくなってきてね。足やら腰やらも痛くて。さっき曾孫だなんて言ったけど、見れないかもしれないわ」
「え? そんな……。おばあちゃんまだまだ元気じゃない。大丈夫よ」
「ふふふ。私くらいのおばあちゃんになるとね、ちゃあんとわかるのよ。わかってるのよ……」
何かを思い返すように目を細めながら微笑む老女になんともかける言葉も無く、リベルテは部屋の掃除に戻る。
「さて、と。そろそろご飯の準備しなきゃ」
「掃除してもらってさらにご飯だなんて……。私がやるからゆっくりしなさい」
「じゃあ、一緒に作ろうよ。料理教えて欲しいし」
「ふふふ。そうね、やっぱり男の人は胃袋を掴まないとねぇ」
「そんなんじゃないって!」
とても微笑ましい会話をしながら、トントンと柔らかい音、スープを煮立てる音と匂いが辺りにゆっくりと漂う。
「あまりお腹にたまりそうなものじゃなくてごめんなさいね。私はもうそんなに食べなくなってるから、サティスちゃんも私に合わせなくて良かったのに」
「折角一緒に作るんだから、同じものがいいじゃない。それに私、おばあちゃんの料理好きだよ」
「ありがとねぇ……。余る分は持って行きなさい。食べさせたい人いるでしょう?」
「だから、そんな人いないって……」
「大丈夫よ。ちゃんとその人はあなたとともに居てくれるわ。ちゃんと帰ってくる」
「おばあちゃん……」
和やかに穏やかに過ぎ行く時間は早く、陽はすでだいぶ傾いていた。
「それじゃあね、サティスちゃん。気をつけてお帰り」
「うん……。それじゃあ、またね。おばあちゃん」
何度か振り返っては手を振り、姿が見えなくなるまでそれを繰り返す。
そして姿が見えなくなってから、リベルテは大きくため息をついた。
「毎年この日だけだけど、辛いな。私は最低だ……」
暗くなる陽に一層陰を落とすリベルテの背に、明るい声が掛かる。
「リベルテさん! 何してるんですか?」
「うわぁ!? マ、マイさんですか? 驚かせないでくださいよ……」
「うわぁ……そんな風に慌てるリベルテさん、はじめて見た。かわいい」
もはやジト目をするしかないリベルテ。だが相手は意に介さない。
「かわいいといえば、着てるの見たこと無い服ですよね。かわいいです。この服どうしたんですか? あ! もしかしてレッドさんからもらったりして?」
さきほどまで沈んでいたものだから、飛びぬけて明るく話しかけてくるマイに対処できない。いつもであれば、かわいいものについて一緒にはしゃいだり、サラッと返したりできるのに、落差が急すぎていつもの調子になれずにいた。
「あれ? やっぱりおかしい。リベルテさん、どうかしたんですか? さっき出てきた家でなにかあったんですか?」
見られていたことに驚きつつも、見られたならとどこか諦めの気分にもなる。
「見られてたんですか……。それは迂闊でした」
ゆっくりと二人で歩きながらリベルテが話し始める。
「あそこには年に1日だけ嘘をつきに行ってるんですよ。あそこには娘夫婦を亡くしてしまったおばあさんが住んでいるんです。娘さん夫婦はファルケン伯爵領ハーバランドで暮らしていました。肥沃な広い土地を持ってますからね。農家をやる人を結構優遇して集めようとしてるんですよ? なので王都の生活を諦めて、新天地でという人は少なくないんです。」
「なんでおばあさん一人残ってるんですか? それならみんなで行けばよかったのに」
「馬車で王都からハーバランドまで行くなんて少なくても10日はかかるんですよ? お年寄りにはきつい旅になります。ご本人もそれをわかって王都に残ったみたいです。それに、おじいさんの思い出もあったみたいですから。おじいさんは王都でも人気の高い職人さんだったそうですよ。家具を作る職人で、今も宿屋とかお店とかにある棚とかテーブルとかにその作品があるかもしれませんね。」
あたりも暗くなり、店の灯が道を照らす。
飲み始める大人以外は家に帰っている時間となれば、店からまだ離れているこの道はとても静かだった。
「先ほどの娘夫婦は休耕の時期に合わせて、おばあさんに会いに王都に行こうとして、途中、モンスターに襲われて亡くなりました。なぜか突然にその辺りでは見かけないモンスターが林を抜けて現れたそうで、ファルケン伯爵も冒険者も情報が何も無かったくらいに……。その夫婦には娘さん、おばあさんにとってはお孫さんですね、が居たそうなんですよ。私が偶々仕事であの辺りを通ったときに、お孫さんだって抱き着かれまして。それからです。休耕の時期じゃないと来れないってことにして、これくらいの時期に1日だけ」
「それは……優しい嘘ですね」
「優しい……ですか。嘘に優しいも厳しいもありませんよ。誰も傷つかない嘘なんてありませんから。いつかどこかでその嘘は誰かを傷つけることになるんです。本人でなければその子どもに、そうでなければさらにその先に」
「でも、気づかなければ、誰も何も言わなければ傷つかないじゃないですか。だれかを守るための嘘だってあるはずです」
「人を騙していることに変わりはありません。優しい嘘とかそんなの、その嘘を言った人間が自分を正当化したり、ごまかしたりするための言葉にしかすぎません。第一、私はその嘘を続けている私が許せていないのですから」
「それは……」
「世の中というのは、綺麗にいかないものね」
そういって自分たちが取っている宿の方に向かうリベルテの姿を、マイは見送るしかできなかった。
「レッド、遅くなりました。休日にしてくれてありがとうございました。明日から稼ぎましょう」
「いや、もう数日くらいは問題ないぞ。寒くなってきてるからな、そっちは無理するな。寒いのに弱くなってるみたいだし」
「いい服をもらいましたから、大丈夫ですよ。あ、ご飯もらってきたので食べましょう。温めてもらってきます」
「依頼によっちゃ汚すことになるんだが、大丈夫か?」
ビタッと動きを止めて、かなり逡巡してから「堪えます……」といって階下に向かうリベルテに、「どっちをだ?」とレッドは首をかしげていた。
しばらくして湯気をまとったスープをリベルテが持ってきて、少し遅めの夕食を取る二人。
「なんかこう……優しい味だな。仕事の後はこうガッと濃い味付けに酒を飲みたいところだが、こういう味もいいもんだ。うん、美味いな」
「そうですか。それはよかったです。私もこの味、好きですから」
パタタとカロタがどちらも煮崩れるまで火を通しており、やわらかく甘い味が広がる。食べ応えは感じないが、パタタのせいでとろみがかったスープが体を芯から温める。
「また、たまに食いたいな。これ」
「そうですね。また気が向いたら作りますよ」
王都に降った雪はすでに止んでいて、地面にいくつかの水溜りだけが残っていた。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる