王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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「もうこの花が、売り出されるようになっていたのですね」
リベルテが生花を取り扱っている商会に並び始めた花を見て、辛いことを思うような、それでいてどこか嬉しそうな顔をする。

この時期らしいと言える白い花。
寒くなり、雪が降り始めそうになるとその花を開き、そして、そう長く持たずにその花を散らす。
花は、その花弁を開き、色鮮やかさで人目を惹き、花を咲かせることを望まれるものであるが、咲かないことを望まれるのは、この花くらいになるだろう。
花が咲き始めたら、数日後に雪が降ることを示すのである。
凍死する人を防ぐ、減らすことを願って、国から周知された花であり、警ら隊の詰め所やギルドの建物などの入り口あたりに飾られている。
個人で買っていく者は、この花がどれくらい信用できるのか試しに手に取る人か、前もってこの花について知っていたりする人くらいであった。
詰め所やギルドで飾っているのは、個人で花を買う余裕がない人たちに目に付くようにとの配慮である。
国の機関で飾っていれば買う人は居ないように思われるかもしれないが、その建物の近くまで来ないとわからないのだ。それでは遅い事だってありえる。
個人で買っていることの方が望ましいのである。
それでも買えない人はどうしようも出来ないので、あちこちに飾られている雪前花の状態を確認してもらうしかないのが、厳しいところになっている。

「結局、雪が降る前に備えを促すことしか出来ないんだがな」
雪前花は、その特性から数日後に雪が降り出すことを示すが、結局の所、寒さを耐えるたり、凌げるようにするには、厚手である冬物の服を買ったり、暖を取るための薪を絶やさないように仕入れておく、と言ったことをしなくてはいけない。
雪が降るほど寒くなることがわかっても、動けるかどうかはその人次第でしかないのである。
オルグラント王国でも、凍死してしまう人の数を減らそうとしているが、残念ながら思うほどに成果は出ていない。
冷え込むと分かっていても、寒さを凌ぐ方法を持ち合わせられない人と言うのは、どうしても出てしまうのだ。
それが悲しく、もどかしく、そして悔しさをレッドたちに覚えさせる。
オルグラント王国に生きている全ての人が、平和で平穏な生活を送れてはいないし、送れる様にも出来ない。

過去に、この大陸にあった全ての国の通貨を統一させた者が居たが、その当時にはそうすることで便利になり、画期的なことだっただろう。
しかし、国同士が争い、滅び、興し、統合し、分裂し……。それぞれが作り上げた国の利益を守るために、他の国との国交を制限し始めた時から、統一された通貨と言うのは重荷になり始めた。
例えば、鉱山が国土に無い国は自分たちで通貨を賄うことが出来ない。
今ある分で取引するか、通貨を得るために奪いに行くか、無理にでも国交を開いて交易しないと経済が立ち行かなくなる。
そのため、滅ぶか統合されていった国が多くあったと言われている。
また、鉱山を持っている国でも、埋蔵量や採掘量には限りがあるもので、貨幣を増やし続けられるわけなど無い。
だからどこかで、頭打ちになってきてしまう。
全ての人が職に就けないことになり、今後も人口が増えるだろう中で、もっと職に就けない人が出てくることになってしまうのだ。

「そうですね……」
リベルテがそっと目を向ける。向けた先には薄い服を着ている人が、寒そうに身を縮めていた。
忙しなく動いている人たちも白い息を吐いていて、レッドたちも止めていた足を動かし出す。
レッドたちは、ウルクまでの護衛の依頼から戻ってきたばかりで、長く家を空けていた。
そのため、不在の間に溜まっていた埃の掃除と冬の備えの不足分を買出しにきていたのだ。
本格的に寒くなる前に、と忙しなく動く人々を見ていると、忙しなく動く活気が楽しくあり、本格的な寒さを向かえる前に動かなくてはいけない自然の厳しさを感じさせられる。

「この冬を楽しむなんて日が、いつかくるのかねぇ……」
リベルテも何も言えず、空に向かって白く棚引く息を吐くだけだった。

王都に戻ってきたレッドたちに聞こえてくる話は、明るい内容ばかりでは無い。
オルグラント王国を長く栄えさせ、発展させることに尽力してきた宰相が倒れたらしいのだ。
元々、今の先王の時代から働き続けてきていた人物であり、今では立派な老齢となっている。
年齢も年齢だけに、今年の冬の寒さが厳しかったのだろうと言われていた。

今の宰相が倒れたことで、次に指名される人物が宰相の座に就くことになるのだが、先任者との比較を常に受けることになるし、今となればアクネシアへの対応に追われることになるため、厳しい前途が目に見えている。
国内に対して、すぐに目に見える効果のある施策など存在するはずは無い。
であれば、先任者と比べられる高い壁を崩すには、目に見えた成果と実績を求めて、国外に意識を向けてしまいやすくなるのだ。
それがわかるため、今の宰相が倒れたことに王都の人たちの顔が暗くなっているのである。
しかし、アクネシアへの戦意を上げている人たちがいるのも、また事実である。
軍に属している者達や先の戦争で家族や親しい人たちを亡くした人たちが、アクネシアへの攻撃を歓迎していた。
自分たちの力を発揮する場を求める人や恨み、憎しみを晴らしたい人たちにとっては、新しい宰相は期待を寄せてしまう相手になる。
と言うのも、倒れた老宰相は戦争で失った力を取り戻すことを説き続け、アクネシアへの攻撃は止めていたのだ。
例のモンスターについて、その力の全貌がわかっていないこともあって警戒していることを、冷静に考えればわかるのだが、復讐を願う人にとっては弱腰に見えるだけだったと言う事だ。
そんな宰相が変わるとなれば、声を上げることにつながるのも分からない流れではなかった。

「新しい宰相を指名するにあたって、王の引退か。新しい王と宰相で新しい時代を、ってところなんだろうか?」
「王も今の宰相様程ではありませんが、高齢ではありますから……」
時は進んでいく。止まる事など無い。
今の王も高齢になっていることで、それを実感するレッドとリベルテ。
二人も、自分たちの年齢について考えないわけにはいかなくなってきている。
「俺も昔より疲れやすくなってきてるしなぁ」
空気を変えるように、レッドが歩きながら首を左右に倒して伸ばす。少し固まっていたのだろう。
伸ばした際に少し音が鳴った。

「まだまだ動けるじゃないですか。年を取ったなんて言わせませんよ」
リベルテの顔は笑っているが、目は笑っていない。
レッドと年が近いのだ。リベルテも年だと言っているに等しい。
レッドは話題を間違えたことに後悔しながら、逃げるように寒い道を足早に歩く。
レッドの後を、リベルテが小言を言いながら追いかける。
年が明けるまで、今の宰相の回復を願うばかりで、明るい雰囲気にはならないだろう。
そして、年が明けたら、新王の即位が行われるため、華やかになるはずである。
来年にかけて、また大きな変化を迎えそうであった。


「……さて、こんなものか」
老齢の男が部屋の片づけを行っていた。
男性の私物は少なく、残っているのは仕事で使われる紙束ばかりであった。
その男性が荷物を片付けているのを、寂しげに、悲しげに見守り続けている男性が居る。

「ミルドレイ様……。ここに残り続けていただくことは出来ませんか?」
その男性の言葉に、ミルドレイは振り返りもせず、自身が長く使ってきたテーブルをそっと撫でる。
「宰相様が倒れられた……。もう政務に戻られることは無いだろう。お年を召し過ぎておられたのだ。よくぞこの年まで、お勤め続けられたと思っている。本当に素晴らしい手腕を奮ってこられた宰相様である」
倒れた主を思う声に、ミルドレイの側に居た男性は口を噤む。
「私も長く居続け過ぎた。新しく宰相になられる方にとって、邪魔であろうよ。残ってしまえば、私に気を遣わなければならなくなる。私が一番、宰相様のことを知っているのだからな。行おうとする施策について、その都度、良し悪しを宰相様と比べられることになるのだ」
「それは……、ミルドレイ様が居られなくても同じかと」
宰相の片腕であるミルドレイが居なくとも、新しい宰相が先代たちと比べられ続けるのは変わらない。
作り上げられたばかりの国ではないのだ。そこに歴史がある。
この国で生きている人たちにすれば、良くないことが行われれば、昔を思ってしまうのは仕方が無いのである。

ミルドレイは振り返って、男性に目を向ける。
「だからこそだ。そう言った者が近くに居れば居るほど、疎ましく、そして邪魔に思えてくるものだ。その思いが占めてくる程に、この国へ向けなければいけない思いを奪ってしまうことになる。
自身のことを優先してしまうのだ。それがわからぬ者が宰相の座に就けるとは思わんが、人は立場が変われば変わってしまうものよ。悲しいことにな……」
ミルドレイは棚に目を移した。
そこには、この国の政治に関わる仕事場には似つかわしくない、如何にも子どもが作ったと思われる不恰好な彫刻があった。
ミルドレイはそっと手を伸ばし、それを手に取る。
「これを忘れるところであった。無くすわけにはいかぬものであったな」
宰相の片腕として政治に関わってきた男性にしては、とても優しげであり、老人であると思わせてしまう皺を刻んだ笑顔であった。

ミルドレイは、男性の方にまた向きを変える。
「これからまた、この王国は大きく動くことになるだろう。それは誰によるものでもない。時が進んでいくということだ。お前たちは私が鍛えてきた。これから先、この国を頼むぞ」
「……はい」
男性は言葉に力を込め、そしてミルドレイに向かい頭を下げた。
ミルドレイの側で長く働いてきたからこそ、ミルドレイの力量を知っており、その後の代わりを務める事の重みを理解している。
それがこの男性にとって、重く苦しいものとなることがわかっている。しかし、逃げ出すことなど出来ない。託されているのだ。頭を下げたのは、その覚悟の表れだった。

ミルドレイは満足そうにその男性を見た後、窓の傍に向かう。
この部屋を出ればもう、ここからの景色は見れない。見納めであるのだ。
「……これは私個人からの願いであり、頼みであるのだがな」
「はっ」
男性が身体を起こし、ミルドレイをまっすぐに見る。
敬愛している上司からの、最後の仕事であり、願いであるのだ。
男性の応えたいと言う思いが、表されていた。
「……ここの長に就いている者に、時折文が届くことがある。その者達からの文は、決して国にとって損な内容ではない。悪い話も良い話も我らが気づくより、早くに送られてくるものも多い。その内容をどう使うかは長となる者の次第だ。私が願うのは、その者達を無碍にしないでほしい、と言う事だけだ。優遇しろと言うことではない」
時折、内政官が調べ纏め上げた資料以外に、ミルドレイが目を通している紙があることを知っていた。
そして、その内容を見た後、ミルドレイが動いていることも。
ミルドレイが動いた内容は、そのどれもが国として動かなくてはいけないものだった。
孤児院への給付を不正に取っていた者、不正に手を染めていた商会があった。
変わりどころで言えば新しい花が見つかり、上手く活用できれば冬の死者を減らせる一助になる可能性を持っていた。
国が早急に動かなければいけないことを、ミルドレイがいち早く宰相に奏上してきた結果であるのだが、その情報の出所がその文であり、ミルドレイの後を継いだ者に届けられると言う。
その重さを、男性は知った気がした。

「留意いたします」
確定の言葉にはしない。上が変われば、ここも変わらなければならない。
先ほどミルドレイが言ったとおり、時は動いているのだ。ミルドレイが行ってきたままを、変わらずに続けられるとは限らないのだ。
そしてなにより、そんな言葉をミルドレイは望んでいないのだ。
「……それでよい。頼むぞ」
ミルドレイが抜ける穴は、城の内政官たちにとって決して小さくは無い。
ミルドレイの経験に裏付けられた判断力は、政治の速さに繋がっていたが、育て上げられてきた者たちに引き継がれているとは言えるはずも無いのだ。
ここでもまた、前任者の大きさに残った者たちは不安であった。
しかし、だからと言って、変わらないままではいられない。
時は止まらない。躓きながらでも、進み続けなければならないのだ。

オルグラント王国の新たな歩みの一歩は、もう目の前に迫ってきていた。
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