王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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荒い息を吐き出しながら、相手を見据える。
予想よりも早く息切れを起こしたことと、どうしようない力量の差に、冷たい汗がこめかみから流れる。
見込みが甘かった。
いや、厳しい状況になるだろうことは分かっていたつもりだったのだが、自分贔屓が思っていなかったくらいあったと言うことだ。
しばらくの間、休まずに続けてきたことと、以前のように動けるようになって来たという思いが強かったのだ。

右からヒュッと風を切る音が聞こえて、散漫になりつつある集中力をかき集め、剣を右側に立てる。
カンと少し高い音とともに、剣を持つ腕に痺れが伝わってくる。
マズイ受け方だったと自覚はあるが、躱せるほどに足は動かなかったのだ。
相手の攻撃を武器で受けるのは、冒険者としては褒められたものではない。
一つは、武器の損耗に繋がるためである。
相手を斬った時に斬り方が悪ければ、それだけで武器は傷んでいくもので、破損しない武器なんて存在しない。
だから武器で受け止めるとなれば、欠けたり傷ついたりは簡単にしてしまうのだ。
そして、その傷や欠けを放置しておくと、大事な時に壊れる原因となってしまいやすい。
冒険者は職にあぶれた人たちが就く職であり、依頼内容によるとは言え、報酬は高いと言えるほどではないのだ。
剣は特に鉄を多く使っている武器であり、オルグラントであっても質の良い鉄は潤沢に採れるものではないので、決して安い金額にはならない。
なるべく武器が傷まないように戦うのが、冒険者を続けていく上での重要なことなのである。

もう一つは、その戦い方になる。
戦闘は長引かせて良いことはほとんどない。
冒険者は訓練を続けている兵士ではないのだ。長い戦闘に付き合いきれるほどの体力は無いものだし、冒険者の仕事は相手を倒して終わらない。
他の誰かが守ってくれるわけでもないのだから、後々のことも考えておかなくてはいけないのだ。
先ほどの武器の話と合わせれば、冒険者の戦い方は相手の攻撃を躱して、相手の隙を突いて終わらせることが最上とされる。
躱すのが下手だと逆に致命的な隙を作り出してしまうので、そこが討伐の依頼を受ける冒険者の腕の見せ所と言える。
ここで相手の攻撃を防ぐのはダメなのかと言われると、チームでなければダメだと言える。
相手からの攻撃を防御すると言うことは、そのまま受けに回るしかなくなってしまうためである。
特に、筋力の差だとか体格の差があれば、なおさら一方的に押し込まれることになる。
それならまだ、距離が取れるように格好悪くても躱す方が、まだ生き延びられる可能性が高いとされている。
今のレッドは疲労で体が満足に動かせなくなってきている所で、剣で相手の攻撃を受けたのだ。冒険者としては拙いことこの上なかったのだ。

だが、幸いと言えるのか相手はそのまま押し込んでこないようで、一息つこうと体を動かそうとすると、それを待っていたらしく今度は左側から風を斬る音が聞こえてくる。
剣で防ぐのも間に合わないと判断し、地面に倒れこんで躱す。
呼吸が荒く、もう足に思うほどに力が入らなくなっていた。
すぐに立ち上がることが出来なく、転がってでも距離を取るのも難しかった。
格好悪い! レッドは内心で、そう吐き捨てる。
確かに相手との技量差で押し込まれているのだが、倒れてすぐ起き上がれないと言うのは自分の体力の無さでしかない。
相手が待ってくれていたため、ヨロヨロと体を起こす。
剣を構えようとするが腕の力も無くなっていて、何とか構えた剣は震えて切っ先が定まらないし、上がらない。
レッドが気合で持ち上げてた剣は、相手に叩かれてあっさりと地面に落ちる。
もうちゃんと握ることも出来ていなかった。

「っはぁ~~~。……降参だ」
レッドは地面に体を投げ出す。長く吐いた息が白く棚引いていく。
「これでわかりましたか? 今のレッドではまだ無理です」
倒れているレッドを見下ろしたのは、左右それぞれに短めの木剣を持ったリベルテであった。
レッドの現状を分からせるための手合いが終わったのだ。


歩いて回るには問題無く、剣も振れる様になって来たレッドは配送の依頼に飽き始めていた。
「そろそろ討伐の依頼を受けても大丈夫じゃないか?」
朝食を取りながら配送以外の仕事がしたいとレッドが口にする。
しかし、周囲から肯定の言葉はまったく無かった。
「採取は……もう少し経たないと無理ですよね? 春までもう少しだから……、レッドさん。我慢しましょう」
「歩けるようになったくらいで何を言ってるんですか? 動きたいのは分かりますけど、まだまだ以前に比べれたら、無理すぎます」
まるでただ我が侭を言ったかのように諭されて、レッドは憮然としてスープを胃に流し込む。
その行動すらも、女性二人はなんとも言えない子どもを見るような目で見ていた。

タカヒロについては、すでに城へ向かっていてこの場に居ない。居たら味方になってくたんじゃないかと、勝手に思って、レッドはもう仕事に行っていなくなっているタカヒロに、内心で文句を言っておく。
「……ごちそうさん! それじゃ、ギルド行ってくる」
「私も行きますから、待っててくださいよ」
リベルテの声を背中に逃げるように家を出てギルドへと向かう。
だが、その道の途中であっさりとリベルテに追いつかれる。
走ればリベルテに追いつかれることは無かったのかもしれないが、さすがに走って向かうのは子どもっぽすぎるとの自覚があった。
追いついたリベルテは、レッドに文句を言うでもなくそっと隣を歩く。
二人で向かう道は、仕事の準備を始める人々の活気に満ちていた。

レッドたちがギルドに入ると、依頼を見繕って受付を済ませて出て行く冒険者たちとすれ違った。
仕事に精を出す冒険者が増えてきたようで、ギルドもその活気を徐々に取り戻してきているのだが、その一因に国王の婚約があるらしい。
国王の婚約ともなれば、それはもうお祭りである。お金を使う機会が増えるため、それに備えて稼ごうということなのだ。
レッドとリベルテは依頼板の前に立って見るが、思いのほか依頼が捌けていて、残っている依頼は少なくなっていた。

「こういう時の行動は凄いもんだな……。早い時間のはずなんだが、もう依頼が無くなってる」
「祝い事がありますからね。その時に向けて稼いでおきたいと言うのでしょうね」
残っているのは討伐の依頼で、配送の依頼はもう無くなっていた。
「怪我の可能性を敬遠したのでしょうね。祝い事が近いのに、ここで怪我をしては楽しめませんから」
まだ季節は冬で冷え込むことが多い。
寒い中では、体はしっかりと動かしにくいもので、万全だと言えるほど準備出来ていなければ、報酬が高くても討伐の依頼を避けるのは当然である。
レッドがそっと依頼に手を伸ばそうとして、リベルテがその腕をはしっと掴んで止めた。

「レッド。何を取ろうとしてるのですか?」
「他に依頼が無いんだから、当然だろ?」
笑顔のリベルテに同じく笑顔で返すレッド。
「家でも言いましたが、今のレッドにこなせるとは思いません。足手まといです」
「もう十分動けるし、剣も振れる。と言うか、足手まといとは言ってくれるじゃないか」
「事実ではありませんか。今の自分の力量を把握するのは基本ですよ?」
「その俺が大丈夫だと言ってるんだ。余計な心配だろ」
お互いに引けなくなってきた所で、二人の肩が叩かれる。
二人が顔を向けると、はっきりと邪魔だ、と顔に表しているギルマスが、訓練場の方を親指で差していた。

「今自分がどの程度しか動けないか、よく知ってくださいね」
「そっちこそ、油断したとか、手加減したとか、つまらない言い訳するなよ」
レッドは基本的な木剣を構え、リベルテは短めの木剣を左右それぞれの手に構える。
レッドが先制を取ろうと前に走り出すが、それよりも先にリベルテが前に走ってくる。
懐に入られそうだと見たレッドは、早めに剣を振り下ろす。
そのまま入ってきたなら当たると言う牽制である。
当然のことながら、リベルテは軽快に身を引いて躱した。
一応、レッドのことを警戒しているのか身を引いたリベルテに追撃する。
レッドとて自分の現状を何も理解出来ていないわけではない。
リベルテと対峙して戦闘の空気を肌で感じた瞬間、短期決戦しかないと分かっていたのである。
足に力を込めてリベルテに向かい、右に左にと剣を払う。
が、リベルテはレッドの剣を余裕を持って躱していく。
剣筋には、レッドが頭に思い描いたほどのキレは無く、また今くらいの攻撃で息があがり始め、その事実に衝撃を隠せずにいた。

レッドの動きが止まったことを見たリベルテが、右から切りつけてくる。
早くも息が上がり始めた体では、躱そうと動かした足がもつれそうだった。
慌てて剣で受けるが、訓練用の木剣だからなのか衝撃が受け流せず、腕が痺れる。
記憶の中ではここまで強く衝撃を感じたは無かったはずなのに、今のレッドの腕では、衝撃に耐えるのが精一杯で、リベルテの短剣を押し返すことも出来なかった。
なんとかリベルテの短剣を流そうとするより早くリベルテから引き、今度は左側から短剣が迫ってくる。
腕と足。
どちらも思っていたほどに動かなく、体力もあっと言う間に無くなっていた体では余裕をもって躱かわすことなど出来そうに無く、地面に体を投げ出して倒れるように躱すしかなかった。
普通の長さの木剣であれば、すでに当たっていたかもしれない。
それくらいギリギリだった。
倒れた際の痛みとまだ残る痺れで、構えた剣は持ち上がりきらず、定まっていなかった。
力なく、ただなんとか持ち上げているだけの剣は、リベルテの足で踏み潰されてしまった。
ここまで一方的な状況を突きつけられては、レッドも何も言いようが無い。

「ここまでとは、な……」
「しばらく寝てたのですから体は鈍ってますし、足も腕もまだレッドが望んでいるほどに戻ってませんよ」
歩いて動けるように、剣くらいは振れるようにと訓練はしてきたが、それだけでは衰えた体は取り戻せない。
最低の状態から徐々に戻りつつある感覚に錯覚していただけで、実際はまだまだ遠かったと言うことに、涙が滲んできそうになる。

「……なぁ。またこうした訓練に付き合ってもらえるか?」
強くなりたい、と言う思いは無くなったりはしない。
また体は動くようになっているのだ。
昔に見た、強くなりたいと願った光景を忘れはしない。
「えぇ。一緒に強くなりましょう。まだまだ、私たちが武器を手放せるような世界は、遠いのですから」
レッドは疲れた身体に活を入れて、木剣を掴んで立ち上がる。

「時間はあるんだ。また頼めるか」
すでに疲労しきっているのが分かるのに、闘志だけは燃え盛っているレッドを見て、リベルテは小さくため息をついて、笑顔を向ける。
「動けないからと、手加減はしませんよ」
空は青空が広がり、風も温かみを持ち始めてきていた。
春はそう遠くないと誰もが感じられる空に、木剣が何度も舞っていた。
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