王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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オルグラント王国において、平民たちの結婚はあっさりとしたものである。
王や貴族たちの結婚ならば、その力を誇示するためにお披露目など行うが、そんなことを平民たちがやれるほど時間もお金も無い。
だから、城の一箇所にある場所で手続きの紙を書いて出すだけで終わってしまうものだ。

「せっかくの二人の結婚なのに味気ない!」
マイが不満を露にしてくるが、そんなことを言われてもレッドもリベルテも苦笑いするしかない。
マイがリベルテに「ドレスはどうするの?」と聞いたことから、オルグラント王国における平民の結婚の流れを説明した結果だ先の言葉になっている。
「まぁ、リベルテに新しい服を……ってのはいいんだが、将来も考えたらここでそんなに使えないんだよ。それこそ、明日から極貧生活なんて、それこそだろ?」
「そうですけどぉ……」
レッドがこれまでどおりの生活を続けるにも、結婚だからと派手に金を使えるものじゃないことを説明するが、マイの不満は収まらない。

「マイさん。……たしかに、結婚をするということは、とても大事な区切りです。特別にしたいという思いは、私にも無いわけではありませんよ。手続きは紙を出して終わりですが、それだけじゃないんです」
リベルテが意味深に笑顔を浮かべてレッドに目を向ける。
レッドは何かを想像するようなしぐさをして、少しだけ嫌そうな表情になった。
「え? 何か面白いことでもあるんですか?」
それを少し離れて見ていたタカヒロがここぞとばかりに、話題に入ってくる。
レッドが困った仕草を見せたらいじりたくなったようである。案の定、レッドから制裁を受ける。
頭を脇に抱え込まれてぐりぐりとされる。
「なんでおまえは、そう、人が困ってると、楽しそうに、してくるんだよ」
「ちょ、痛い。痛いですって。ごめんさい。ごめんなさい。つい楽しそうで……」
先のキスト聖国から死線を一緒にくぐってきたため、レッドたちの仲はより親密になっていた。
ともに冒険者の仕事を受けて戦ったりしてきたが、命がけの戦いを一緒に潜り抜けてきたら、互いへの信頼は疑うべくも無い。
もう『神の玩具』だからなんて境界線はどこにも無くなっていた。

「何かあるんですか?」
タカヒロとレッドがじゃれ合っているのを尻目に、マイはリベルテに続きを促す。
「ふふ……。私たち平民の結婚は夜が本番なんですよ。広い場所を借り切って、知り合い一同が集まって飲んで食べて騒ぐんです。これまでつながって来た縁があって二人が結ばれたのだから、縁あった人たちで祝う、という事ですね」
「そういうのはあるんだ!」
マイがパンと手を打って、味気が無さ過ぎる内容で終わらないことに喜びを見せるが、レッドが嫌そうな顔になった理由が分からず、レッドに目を向ける。
マイの視線に気づいたレッドはばつが悪そうに頭を掻く。その隙にタカヒロはさっと離れて椅子に座る。
「あ~……。皆で祝うってのはあるが、変な気を起こしたりしないように皆で見張るぞ、って意味合いでもあるんだよ」
レッドの言葉に、マイとタカヒロは「あぁ」と納得の声を漏らしてしまう。
大々的に式を挙げて、そう経たないうちに離婚だなんて、たしかに体裁が悪すぎる。それがどちらかが浮気したなどの理由であればなおのこと。

「それだけじゃないですよね?」
マイたちが納得して終わりかけた話に、リベルテが再び水を向ける。
「え? まだ理由あるんですか?」
レッドがため息をひとつこぼすとリベルテが、口元に手を寄せて小さく笑う。
「私たちのつないできた縁に困ってるのですよね? ギルザークさんは絶対にレッドに絡んできますね」
「……あのおっさん、絶対しつこく絡んでくるだろうな……」
「あ~」
今度こそ、マイとタカヒロの声がそろって納得した声を漏らす。納得しすぎてしまえた。
お酒を片手に滾々とレッドの昔話で絡んでくる姿が想像できてしまったのだ。
端から見ている分には楽しいかもしれないが、それでも同じような話が繰り返されているのは楽しくない。それにそういった状況はいじろうと思ってもいじれないし、下手にかかわってしまうと自分にも及んでしまいかねない。
タカヒロはレッドの近くには寄らないでおこうと決めていたが、レッドはタカヒロを巻き込む気、いや、盾にしようと画策していたりするのは余談である。

届出を出せば終わるものであるが、周りが祝ってくれるものであれば、適当に出して終わるわけにはいかない。
いつに届出を出すという根回しして、それから届出を出しにいくことになる。
レッドとリベルテはそれぞれの縁ある人たちに挨拶をして回ることになり、普段の冒険者としての依頼をこなすより忙しい日々を送っていた。
もちろん二人から話を聞いた人たちは、祝いの言葉を伝えるとともに準備に追われることとなり、にわかに平民区域は賑やかさを称えていく。
それはまさに、二人がつないできた縁の広さを示しているものであった。

「レッドさん、リベルテさんおめでとうございます!」
豊穣祭かと思うくらいに人であふれているのは、レッドたち行き着けの酒場である。
その中で、ギルマスを押しとどめて、冒険者ギルド職員のエレーナが音頭を取っていた。
それというのも、ギルマスであるギルザークはすでに酒を片手に陽気に周囲に絡みだしていたからである。
「若いころから二人には目をかけていた」だの、「いつ結婚するか、やきもきしてた」などほとんど愚痴である。それを笑いながら繰り返しているのだから、ギルザークに音頭など取らせることなど出来なかったのだ。

「レッドさん。おめでとうございます」
場が酔っ払いで混乱する前にと先陣を切って動いてきたのはレリックたちであった。
彼らは冒険者になってからそう年月は経っていないが、本当に困っている人たちの依頼を優先に、着実にこなしていく安定感から人々からの信頼は高い。
これはもちろん、レリックたちの意思と着実にこなしてきた彼らの力によるものであるのだが、レリックたちにとってはレッドたちの教えのおかげと感じている部分があった。
徹底的にリベルテに鼻を折られたことが、慢心することなく居続けられていると思っているのである。
だからレッドたちのことはちゃんと祝っているのだが、「レッドさん。リベルテさんを怒らせたら駄目ですよ」とか「二人が喧嘩したら、迷うことなくリベルテさんに着きますから」とか「本当に、本当にリベルテさんのことお願いしますね」などと、こそっと声をかけられるレッドは、乾いた笑顔を貼り付けるしかなかった。
そんなレッドの横では、リベルテが挨拶を受けていた。
「レッドさん、リベルテさん。おめでとうございます」
そう言って小さな花束を渡してくれたのは孤児院の子供たちであった。引率としてエルナがついている。
言葉で祝ってもらえるのもうれしいが、この小さな花束のように心のこもったものであれば、より一層である。リベルテは満面の笑顔を子供たちに返す。
その笑顔に、あちこちで「くそう……。わかっていた、わかっていたが、それでも」「わかるぞ! 今日は飲もう!」とひそかにリベルテを想っていた者たちがより一層酒を呷っていく。
ごくごく普通に、リベルテは人気が高かったのである。それでも誰も手を出そうとしなかったのは、常にレッドの一緒にいたこととリベルテからレッドへの想いが、周囲には分かってしまっていたからである。

「あ~、盛り上がっているな」
周りの喧騒を避けながら現れたのは、タカヒロの上司、カーマインであった。
城勤めの魔法使いで、魔法研究の筆頭職員である。普段このような場所にくることが無い相手であるだけに、自然と周囲の者たちはカーマインから距離を空けていた。
これは下手に貴族に関わって罪に問われたくない、と言う防衛反応である。
だが、レッドにとってはそんなことは気にしない相手である。と言うのも、この男はミルドレイの手の者なのだ。

「代理で来てくれたってことでいいのか?」
レッドが問いかけるとカーマインは小さく頷き、後ろについてきていた男性に指示を出す。
リベルテの前に細かく綺麗な細工が施されたガラス瓶が差し出され、リベルテは戸惑いながら受け取る。ガラス瓶の中にはぎっしりと干しレーズンなど干した果実が入っていた。
リベルテが好きなものである。
「さすがに、長く保存が利かないものは、と」
ほかにもリベルテが好きな食べ物はあるが、そこはちゃんと使い勝手を考慮してくれたらしかった。
「いや、それ。状態を保つ魔道具。しっかりつけられてますよね。その小ささっていま最先端のじゃ……」
タカヒロの言葉にぎょっとガラス瓶に目を向けるレッドとリベルテ。
以前に依頼で見たことがあるが、そのときには一般的な二運びに使う木箱につけるものであり、今リベルテが手に持っているガラス瓶にしたら倍近い大きさであった。
魔法について解明できている事柄が多くない中、効果を発揮させる紋様だとか文字を記載するのにそれだけの大きさが必要だったはずなのだ。それがガラス瓶に収まる大きさに出来ていただけでもすごいのに、それがあっさりと手渡されればあまりの高価さにどうしていいかわからなくなる。

「やっぱり、あの爺さんも暴走してたか……」
レッドはミルドレイがリベルテを可愛がっていることを知っている。だからこそ、今日のような日は権力を如何なく使って暴走するだろうと考えていたが、もう少し自制すると思っていたのだ。
レッドが本人ではないのでどうしようも無いのだが、カーマインにジト目を向けるが、カーマインは鉄面皮を崩さず、逆にレッドたちとの距離をつめる。
「実は、それだけでは無いのです」
「え?」
このガラス瓶だけでも、下手をすると今皆が飲み食いしてる金額の倍以上の価値があるのにまだあるのかと、レッドたちは身構える。
「近日、そちらの家に手の者を送ります。いつごろが都合がよいか教えてください。それが無いと、おそらく明日明後日には動いてしまう可能性があります」
急な予定の申し出についていけず、レッドもリベルテも反応できない。
「それって何か家に置くってことですか? それとも改築するとか?」
少しだけのほほんとしたマイがレッドたちの緊張をよそに詳しい内容を聞こうとする。マイは場の雰囲気に飲まれないで動けることが多いが、今日はすでに飲んでいるのもあったらしい。すでに顔が少し赤くなっていることからわかってしまう。
カーマインはまともだからか、少し言いづらそうにするが、これも仕事と割り切ったのかより声を潜めるように口を開いた。
「お二人の部屋に外へ漏れる音を小さくする道具を設置します。理由は……言わなくても察してください」
カーマインの最後の言葉に、リベルテは顔を赤くする。つまり、そう言う時のための道具となのだ。
「なんだって、そんなものを……」
レッドが搾り出すように声を漏らすがそれに答える言葉は無常だった。
「……さらに上からも声がかかりまして」
リベルテは恥ずかしさからなのかレッドにジト目を向けるが、レッドは天井を仰いでいた。

「なんかすごいところから、GOサインがかかったみたいですね……。でも、これってまだ詰めること多いヤツですよね? 防音しすぎると不正に使われたり、なんか大変なことがあってもわからないって言ってましたよね?」
「あぁ。だからこそ、外へ漏れる音を小さくする、という所になったのだ。それにこの道具を起動しているときは、外側の道具に明りが点くようにしている。この道具が使われているとわかれば、気づかないまま大変なことになった、と言うことは防げるからな」
「ん~、人が使う物だから、そういう運用に持っていくしかないですよねぇ」
魔道具自体について話を始めるタカヒロとカーマイン。周囲の酒に飲まれて騒いでいる場とはまた違う混乱がこの場を占めていた。



賑やかな時間と言うのもいつまでも続くわけではない。
夜も遅くなったからと帰る者たちもでて、床には酔っ払いどもが寝転がっていた。

そんな酒場を後ろに、嬉しくありがたいものではあるが、長い拘束の時を終えたレッドとリベルテが外に出る。
これから二人の家に帰るのだ。
「ふふ。賑やかでしたね。こんなにたくさんの人に祝ってもらえるなんてありがたいですね」
「……そうだな。だが、やりすぎなやつらも多すぎる。第一、また相手してくれ、なんて騎士団長様から手紙もらっても嬉しくねぇよ! てか誰が二度とやるかってんだ」
カーマインから受け取った手紙には、騎士団長であるベルセイスから祝いの言葉が綴られているとともに、レッドほど遣り合えた相手がいないらしく、相手をしてほしいとの誘いが書かれていたのだ。
一冒険者に騎士団長から手紙が送られること自体、特別なことなのだが内容は嬉しいものではない。

苦い顔を見せるレッドに、リベルテからそっと手が差し伸ばされる。
レッドはふっと微笑み、その手を握る。
二人は並んで夜道を歩いていく。
その夜空には多くの星と、満月が浮かんでいた。
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