グッバイ、親愛なる愚か者。

鳴尾

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「ねえ、僕の頼みを聞いてくれる?」

ルームメイトは驚いた顔で僕の話を聞き、そしてあっさりそれを引き受けた。

 僕が拍子抜けするほど簡単に話を了承した彼は、次の日本当に僕の願いを叶えてくれた。僕は彼から、学生寮の屋上へ繋がる扉の鍵を受け取って部屋を出る。こんなところで彼の人望の厚さを思い知らされると思わなかった。貸出禁止のはずなのに、一体どうやって手に入れたのか。そんな彼の人望をこれから失わせてしまう僕にとって、それはどうでもいいことだ。
 学生寮の屋上はうっすらと雪が積もっていて、コンクリートの地面が白く輝いて見えた。それは踏みしめるほどの量はなくて、踏んだところから魔法が解けたみたいに灰色に戻っていく。
 たかだか三階建ての学生寮の屋上からでは、人は絶対に死ねるとは限らないらしい。無駄に頑丈で、迷惑な話だ。下手に落ちれば後遺症だけが残って、より苦しい姿で生きながらえることになる。それだけは絶対に嫌だ。やるなら確実に。そうでなければ意味がない。
 僕が彼から屋上の鍵を借りたのは、ここに確実な場所があるからだ。この屋上には、屋上に鍵をかけなければならなくなった原因となる僕の先駆者がいる。
 僕は扉に背を向けて、屋上を歩く。屋上の端ギリギリまで歩いて、フェンスを越えて、僕はゆっくりと地面を覗き込んだ。僕のくるぶしくらいまである背の高い芝に混じる金属が、陽の光を反射してきらりと光る。
 学校の敷地内に建つこの学生寮はそんな広大な敷地を覆う高い壁のそばにあり、壁のそばには侵入者対策として鉄製の棘が背の高い芝に混じっている。そこをうっかり踏んだ学生が過去に何針も縫う大怪我をしてからは近づくなと看板もされるようになったその棘は、僕の先駆者にトドメを刺した凶器。つまり僕も棘に向かって飛び降りれば、あの世へ行けるというわけだ。
 さようなら、人生。来世では、人の心を理解できるようになりたい…。

「ハル!」

鼓膜が弾け飛ぶかと思うほどの声量が僕の体を震わせた。瞬間、体が温もりに包まれる。僕は何が起こったか分からなかった。

「何やってんだこの大馬鹿野郎!」

気がつくと僕は、ガタイのいい坊主頭の男に抱えられて芝生の上に転がっていた。目と鼻の先には鋭い棘が生えている。
 なんで生きてる。邪魔された?なんで?どうしてこいつはここにいる。確かに屋上には僕しかいなかったはずだ。鍵だって僕しか持ってない。普段から開いていない屋上にわざわざ足を運んだのか?どうして?分からない。分からない…。

「お前、なんでこんなことしたんだよ。危ないだろ。死ぬかもしれんかったんだぞ。」

僕を掴んで離さない大きな手が二の腕に食い込む。
 怒ってる。坊主頭が。初めて見た。人が、誰かが本気で怒る姿を。
 怖い。けどこの恐怖は、分からない恐怖じゃない。怒りの感情を露わにしているこいつが怖い。威圧感からくる単純な恐怖が、どうして怒っているのか分からない恐ろしさを上回る。
 頬が熱い。

「どこか痛むんか?」

いつの間にか二の腕を掴んでいた手が優しくなって、坊主頭の顔が焦りに変わっている。

「泣いてないで教えてくれよ。それとも、言えんくらいしんどいんか?」

言われて僕はやっと気づいた。坊主頭が焦った理由を。頬が、体が熱い理由を。
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