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第三章 星の記録
第三章 星の記録(前半)
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風が吹いていた。
冷たく、どこか空の匂いがする風だった。
その天文台は、街から外れた山の斜面にぽつりと立っていた。
使われなくなって久しく、塗装ははげ、観測用のドームは固く閉じられている。けれど澪は、その扉の向こうに確かに“呼ばれている”気がしていた。
「ここ……昔、来たことがある気がする」
「たぶん、本当に来てたんだよ。肉体じゃなくて、“魂”として、だけどね」
背後から聞こえたカインの声に、澪は頷いた。
足元には小さな金属ケース。その中に封じられているのは、記録の結晶の一つ――澪の転生記憶を宿す断片だった。
「これを起動させたら……私は、また“前の自分”を見ることになるの?」
「いや、もっと深い。今回は“体験”すると思う。完全な追体験だ。魂が深く刻んだ記録には、そういう力がある」
澪はそっと目を閉じ、結晶に手を添えた。
次の瞬間、視界が音もなく崩れ、重力が反転するような感覚と共に――彼女は、“自分ではない自分”へと堕ちていった。
***
――空は、青くなかった。
その星の空は、紫色の光をたたえていた。雲は螺旋のように渦巻き、夜でも太陽に似た光源が二つ、空を照らしている。
澪――いや、“レイ=フィア”は、透明な結晶殻を背にまとった生命体だった。
四肢はなく、流動的な身体で空中を移動し、仲間と意識を共有する。言葉は不要、触れれば感情も記憶も伝わる。そんな存在。
「レイ=フィア。新しい星の計画が許可された。君の設計を再確認したい」
意識の奥に語りかけてくるもうひとつの魂。
レイ=フィアは頷き、空へ手を――いや、意識の触手を伸ばした。
そこで彼女は見た。
自分が設計したはずの星々が、次々に闇に飲み込まれていく光景を。
***
「“喰われてる”……記録が……魂の種が……!」
澪は思わず叫び、目を開けた。けれどそこはもう天文台ではなかった。
どこまでも果てのない虚無の空間に、ただ光る星々が浮かんでいる。
声がした。
「君は、また私を見つけてくれたのか」
振り返ると、そこには“彼”がいた。
長く伸びた銀髪。瞳の奥で星が回っているような視線。
澪の心が、瞬時に名前を思い出す。
「ミリア……」
レイ=フィアの記憶の中で、最期まで共にいた存在。
記録が滅びる瞬間、共に地球へ記憶を託した、“かつてのパートナー”。
「思い出さなくてよかったのに。君は、また傷つく」
彼の声は優しく、それでいて遠かった。
***
再び現実へ戻った澪は、天文台の床に倒れ込んでいた。
その目には涙が流れていた。
「どうだった?」とカインが問う。
「……痛かった。でも、愛しかった」と澪は答えた。
空はもう夜だった。
けれど、星たちは確かに彼女を見守るように輝いていた。
冷たく、どこか空の匂いがする風だった。
その天文台は、街から外れた山の斜面にぽつりと立っていた。
使われなくなって久しく、塗装ははげ、観測用のドームは固く閉じられている。けれど澪は、その扉の向こうに確かに“呼ばれている”気がしていた。
「ここ……昔、来たことがある気がする」
「たぶん、本当に来てたんだよ。肉体じゃなくて、“魂”として、だけどね」
背後から聞こえたカインの声に、澪は頷いた。
足元には小さな金属ケース。その中に封じられているのは、記録の結晶の一つ――澪の転生記憶を宿す断片だった。
「これを起動させたら……私は、また“前の自分”を見ることになるの?」
「いや、もっと深い。今回は“体験”すると思う。完全な追体験だ。魂が深く刻んだ記録には、そういう力がある」
澪はそっと目を閉じ、結晶に手を添えた。
次の瞬間、視界が音もなく崩れ、重力が反転するような感覚と共に――彼女は、“自分ではない自分”へと堕ちていった。
***
――空は、青くなかった。
その星の空は、紫色の光をたたえていた。雲は螺旋のように渦巻き、夜でも太陽に似た光源が二つ、空を照らしている。
澪――いや、“レイ=フィア”は、透明な結晶殻を背にまとった生命体だった。
四肢はなく、流動的な身体で空中を移動し、仲間と意識を共有する。言葉は不要、触れれば感情も記憶も伝わる。そんな存在。
「レイ=フィア。新しい星の計画が許可された。君の設計を再確認したい」
意識の奥に語りかけてくるもうひとつの魂。
レイ=フィアは頷き、空へ手を――いや、意識の触手を伸ばした。
そこで彼女は見た。
自分が設計したはずの星々が、次々に闇に飲み込まれていく光景を。
***
「“喰われてる”……記録が……魂の種が……!」
澪は思わず叫び、目を開けた。けれどそこはもう天文台ではなかった。
どこまでも果てのない虚無の空間に、ただ光る星々が浮かんでいる。
声がした。
「君は、また私を見つけてくれたのか」
振り返ると、そこには“彼”がいた。
長く伸びた銀髪。瞳の奥で星が回っているような視線。
澪の心が、瞬時に名前を思い出す。
「ミリア……」
レイ=フィアの記憶の中で、最期まで共にいた存在。
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「思い出さなくてよかったのに。君は、また傷つく」
彼の声は優しく、それでいて遠かった。
***
再び現実へ戻った澪は、天文台の床に倒れ込んでいた。
その目には涙が流れていた。
「どうだった?」とカインが問う。
「……痛かった。でも、愛しかった」と澪は答えた。
空はもう夜だった。
けれど、星たちは確かに彼女を見守るように輝いていた。
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