千の星、ひとつの魂

Mix garage

文字の大きさ
5 / 10
第三章 星の記録

第三章 星の記録(前半)

しおりを挟む
 風が吹いていた。
 冷たく、どこか空の匂いがする風だった。

 その天文台は、街から外れた山の斜面にぽつりと立っていた。
 使われなくなって久しく、塗装ははげ、観測用のドームは固く閉じられている。けれど澪は、その扉の向こうに確かに“呼ばれている”気がしていた。

「ここ……昔、来たことがある気がする」
「たぶん、本当に来てたんだよ。肉体じゃなくて、“魂”として、だけどね」

 背後から聞こえたカインの声に、澪は頷いた。
 足元には小さな金属ケース。その中に封じられているのは、記録の結晶の一つ――澪の転生記憶を宿す断片だった。

「これを起動させたら……私は、また“前の自分”を見ることになるの?」
「いや、もっと深い。今回は“体験”すると思う。完全な追体験だ。魂が深く刻んだ記録には、そういう力がある」

 澪はそっと目を閉じ、結晶に手を添えた。
 次の瞬間、視界が音もなく崩れ、重力が反転するような感覚と共に――彼女は、“自分ではない自分”へと堕ちていった。

***

 ――空は、青くなかった。
 その星の空は、紫色の光をたたえていた。雲は螺旋のように渦巻き、夜でも太陽に似た光源が二つ、空を照らしている。

 澪――いや、“レイ=フィア”は、透明な結晶殻を背にまとった生命体だった。
 四肢はなく、流動的な身体で空中を移動し、仲間と意識を共有する。言葉は不要、触れれば感情も記憶も伝わる。そんな存在。

「レイ=フィア。新しい星の計画が許可された。君の設計を再確認したい」

 意識の奥に語りかけてくるもうひとつの魂。
 レイ=フィアは頷き、空へ手を――いや、意識の触手を伸ばした。

 そこで彼女は見た。
 自分が設計したはずの星々が、次々に闇に飲み込まれていく光景を。

***

「“喰われてる”……記録が……魂の種が……!」

 澪は思わず叫び、目を開けた。けれどそこはもう天文台ではなかった。
 どこまでも果てのない虚無の空間に、ただ光る星々が浮かんでいる。

 声がした。

「君は、また私を見つけてくれたのか」

 振り返ると、そこには“彼”がいた。
 長く伸びた銀髪。瞳の奥で星が回っているような視線。
 澪の心が、瞬時に名前を思い出す。

「ミリア……」

 レイ=フィアの記憶の中で、最期まで共にいた存在。
 記録が滅びる瞬間、共に地球へ記憶を託した、“かつてのパートナー”。

「思い出さなくてよかったのに。君は、また傷つく」

 彼の声は優しく、それでいて遠かった。

***

 再び現実へ戻った澪は、天文台の床に倒れ込んでいた。
 その目には涙が流れていた。

「どうだった?」とカインが問う。
「……痛かった。でも、愛しかった」と澪は答えた。

 空はもう夜だった。
 けれど、星たちは確かに彼女を見守るように輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...