千の星、ひとつの魂

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第三章 星の記録

第三章 星の記録(後半)

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 澪は天文台の床に座り込んだまま、まだ心の奥が震えていた。
 星の記憶――それは幻想ではなく、確かな「自分の一部」だった。

「前世なんかじゃない。これは……私の今だ」

 そう呟いた時、天文台のドームが軋む音を立てて、ゆっくりと開き始めた。
 風が吹き込み、辺りの埃が舞い上がる。

「……来たな」

 カインが立ち上がり、腰に携えた装置に手を伸ばした。
 暗がりの奥、観測機材の影から現れたのは、黒い靄のような存在――“レコードハンター”だった。
 しかし、それは今までのものと違っていた。

 形がある。
 人間のような、けれども明らかに“違う”輪郭を持つ影が、静かに澪を見つめていた。

「001番……ついにお目覚めか」

 その声は澪の脳に直接響いた。
 言葉ではなく、概念の波が押し寄せるような感覚。

「お前……誰?」

「私はただの代理者。魂の消滅を“調律”と呼ぶ存在の代弁者。名など不要だ」

 澪は立ち上がった。胸の奥、記録の結晶が熱を帯びている。

「なぜ……記録を喰らうの? 私たちは、何か悪いことをしたの?」

「記録とは囚われだ。魂は記憶と因果によって輪をなす。その輪を断ち切るのが、我らの目的。自由を与えてやっている」

「違う。私たちは記憶を通して、何かを……“誰かを”守ろうとしてるの!」

 澪が叫ぶと、胸元からまばゆい光があふれた。
 レイ=フィアの記憶が、形を持って解き放たれていく。

 次の瞬間、影の存在は咆哮を上げ、巨大な腕を澪に振り下ろした。
 カインが即座に澪を突き飛ばす――!

 床が砕け、埃が舞い、澪は転がるように階段を駆け降りた。
 その間にも、記録を守ろうとする光と、記録を喰らおうとする闇が激しくぶつかり合う。

 廃墟となった観測室の中、光と闇が入り混じる中で、澪は一瞬だけ影の目を見た。

 そこに――悲しみがあった。

「あなたも……忘れたくて、そうしてるの?」

 影は答えなかった。
 だが、その姿がわずかに揺らいだのを、澪は確かに見た。

***

 戦いは長引かなかった。
 光の奔流がレコードハンターの身体を貫き、やがて影は霧散した。
 残されたのは、静かな夜と、砕けた結晶の欠片だけだった。

 澪はそっとその欠片を拾い上げ、呟く。

「記録って……ただ思い出すだけのものじゃないんだね。
 それを忘れないって、決めることなんだ」

 カインがそばに歩み寄り、微笑んだ。

「そう。だから記録は、戦いにもなる。けど、それは守る価値があるってことだ」

 空を見上げると、星々が澪に光を投げかけていた。
 それはレイ=フィアが遺した星々だったのかもしれない。


 その夜、澪は夢を見た。
 闇の中、誰かの手が差し出されていた。
 その手を取れば、たぶん、すべてが消えてしまう。
 でも、澪は静かに首を振った。

「私は――忘れない」

 そして目覚めたとき、彼女の胸には、新たな光の結晶が生まれていた。
 そこにはまだ、誰も知らない記録が眠っていた。
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