千の星、ひとつの魂

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第四章 千の欠片

第四章 千の欠片

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 その朝、澪は胸の内に灯る小さな光に気づいた。
 昨夜、夢の中で生まれた“新しい記録の欠片”――それは、まるで鼓動を持つように、静かに彼女の魂の奥で揺れていた。

 カインとともに天文台を後にした澪は、山を下る途中で問いかけた。

「私の中に眠っている“欠片”って、いくつあるの?」

 カインは少しだけ歩を緩め、空を見上げた。

「現時点で確認されてるのは、――999個。それぞれが異なる時代、異なる惑星、異なる存在としての記憶。君の魂は、途方もない旅をしてきたんだよ、澪」

「そんなに……。じゃあ、さっきのあれは?」

「うん。あれは1000個目の核。最後のピースだ。
 “すべての記録が一つになった時”、君の魂は“完全な覚醒”を迎える」

 覚醒――その言葉が胸に残った。
 だが同時に、それがどれだけの責任を伴うものなのか、澪はまだ知らなかった。

***

 それから数日間、澪とカインは記録の断片を辿る旅に出た。
 とある美術館の地下、閉館した遊園地の廃墟、かつて自分が通った小学校の図書室――。

 記録の欠片は、日常の影に静かに埋もれていた。
 それぞれを辿るたび、澪は少しずつ“誰でもない自分”に触れていった。

 星の生態系を設計していた生物学者。
 重力のゆらぎを計算する機械生命体。
 音のない世界で歌を遺そうとした詩人。

 どの記憶も、切なくて、でもどこかあたたかかった。

「でも、どうして“地球”なんだろう」
 ある夜、海辺のペンションで澪が漏らした疑問に、カインは答えた。

「記録を守るために選ばれた星だ。
 ……だけど今や、ここも“喰われる側”になりつつある」

「え?」

「君の記憶を追って、“記録を喰らう者”たちが、地球そのものに目を向け始めてる。
 このままだと、星ごと記録を消去される可能性もある」

 澪は静かに唇をかんだ。
 もう、“記憶を辿るだけ”ではいけないと、初めて思った。

***

 次の欠片は、東京のある古書店にあると判明した。
 そこは一見、何の変哲もない雑居ビルの三階にある、狭い店だった。

 古ぼけた扉を開けると、鈴の音とともに、澪は懐かしい香りに包まれた。
 紙とインクと、時間の匂い。

「いらっしゃい」
 声の主は、白髪の老女だった。だがその瞳には、若さを超えた光が宿っていた。

「あなた……“視えてる”のね」

 老女は静かに笑いながら、棚の奥から一冊の本を差し出した。
 革装丁のその本の背表紙には、銀の文字でこう刻まれていた。

『魂の設計書(The Soul Architect)』

「これが……記録?」

「いいえ。それは“鍵”よ。
 記録はもう、“あなたの内側”にあるわ――最初からずっと」

 その瞬間、澪の中で何かが震えた。
 本を開いた瞬間、膨大な記憶の奔流が彼女の内側から解き放たれていく。

 ──時空が崩れる音がした。
 ──魂の奥底に埋め込まれた、“すべての記録”が目を覚ます。

***

 目を開けると、世界が変わっていた。
 空には星が浮かび、風は囁くように歌っていた。
 澪の瞳の中には、幾千の命の記録が宿っていた。

「……覚醒したのか」

 カインが驚いたように呟いた。

 澪は頷いた。けれど同時に、その先に見えた“何か”に怯えていた。

「ねえ、カイン。私……いま、
 この星が“終わる未来”を見た気がする」
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