引きこもり魔王が拾った人間の子供のパパになったけど嘘の常識を教えられて毎日息子に抱かれてる

くろなが

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番外編① 眼鏡君の後日談

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「エルナト」


 学院の休憩時間。キラキラとした笑顔と共にリゲルが上級生のクラスにも平気で入って来た。私が書記で、リゲルが生徒会長なので付き合いとしてはおかしくはないのだが昨日の今日でよく来たものだ。
 上級生にすらキャーキャー言われる美しい容姿。チラチラと多数の視線を感じ、リゲルがいるだけで話題の中心になってしまう。私はあまり注目を浴びたくなくて、人気ひとけの少ない廊下を選び歩く。リゲルもそれについてきた。


「何か?」
「共にランチでもどうだ」


 リゲルは明らかに一人では食べ切れない大きさのランチボックスを出してきた。リゲルお手製の料理だそうだ。どこぞの貴公子という風体なのに、実はとても家庭的だなんて知りたくなかった。


「貴方の父上の話以外でしたら付き合います」
「俺に何も喋るなと!?」
「少し前までは普通に会話できていたはずですが!?」


 嫌な予感がして先手を打ったらやはり父上の話しかする気がないようだ。
 このリゲル、普段は『知的だけど明るい語り口で誰とでも気さくに話す優しい生徒会長様』だ。私もあの事件が起きるまではリゲルにはそういった印象を持っていた。


「あれはオートモードだ。相槌や情報を適度に口から出すだけで会話ではない。俺にとってはこれが普通なんだ」
「ではずっとオートモードでいてください」
「やだやだやだやだ僕はエルナトとは普通に喋りたい~~~!!!」
「絶対その態度は16歳男子の普通じゃないですからね!?」


 人目が無くなってリゲルは完全にお子様モードになってしまった。私はわざとらしく大きなため息をついた。しかし、最初は驚いたものの、リゲルのこの本気で甘えた様子が嫌いではないと思った。


 ◇◇◇


 魔王に『眼鏡君』と呼ばれてしまったが、私はエルナト。王子であるアルデバラン様の遠い親戚だった。幼少の頃、私はアルデバラン様の遊び相手として仕えていた。

 アルデバラン様には影武者がいた。私の仕事には影武者の世話も含まれていた。
 正直、影武者の方が完全上位互換だった。まだ4歳くらいじゃそんな判断はつかないだろうという意見もあるかもしれないが、影武者は神童としか言えなかった。

 テストがあるとしよう。影武者は本物のアルデバラン様と同じ成果、成績を出す。筆記では必ずアルデバラン様と同じ間違いをする。ダンスをすればアルデバラン様が苦手な部分で正確にもたつく。それが満点を出すより難しい事なのは誰でもわかるだろう。
 無いものを増やすのは無理だが、あるものを減らす事はできる。影武者にとって満点は当然で、能力の引き算をする事で本物を演じていた。

 本物は甘やかされて育った傍若無人な年相応の子供でしかなかった。思い通りにいかない事があれば泣きわめくし、何かが気に食わなければおもちゃを投げつけるなんて日常茶飯事だ。
 影武者は、影武者をしていない時は本当に大人しく地下室にいた。奴隷として買い上げられたと聞いているが、4歳なんて親が恋しい年齢だろうに、弱音どころか無駄口すら叩くことがない。全く子供らしさを感じさせず、演技以外で泣いた姿を見たことがなかった。

 私は当時二つ上の6歳だったが、二人を間近で見ていたため誰よりも本物と偽物の差を感じていた。
 影武者が本物のアルデバラン様なら良いのに。この子が王子なら良いのに。私は子供ながらにそう思っていたが、その時は突然訪れた。お忍びの移動中に影武者ではなく本物が暗殺されたのだ。一緒に移動していたであろう影武者の姿はついぞ見つからなかった。
 影武者を立てているという事は、常に命を狙われている。アルデバラン様は正妻の子だが、その正妻が亡くなり、後妻が現れた事により存在を疎まれていた。よくある後継者争いの一つでしかない。

 面白い事に、影武者の存在を知っている者は口をそろえて亡くなった本物を『これは影武者だ』『本物を探せ』と言い、秘密裏に行動を始めた。
 影武者の存在を知っているアルデバラン様側の人間としては、優秀な影武者を本物にできるチャンスだ。正直な話、優秀な影武者がトップに望まれるくらい国の内情はよろしくなかった。

 私は世話係の任を解かれ、新たに影武者を探す任務についた。表向きにはもちろん『生存しているであろうアルデバラン様の捜索』である。
 やみくもに探すよりも、影武者が優秀なのはわかっているので、私は質の良い学び舎にでも行けば会えるのではと考えた。年齢が近いからこそできる調査だ。私は各国の実力者が集う学校を転々としていた。そして祖国から遠く離れた地でとうとう『リゲル』と出会った──。


 ◇◇◇


「パパがね、学院を卒業して祖国へ戻る時にプレゼントをくれるって」
「はぁ」


 止めたってお父上の話は始まるのだ。話半分で聞きながら海の幸のマリネを一口食べる。酸味とほのかな甘みの加減が最高だ。想像以上に美味い。


「魔王の息子なんだから、パパの力を半分あげるって言ってくれたんだ~!」
「ゲフッ!? ごほっ……あ、貴方は! 人間じゃなくなるつもりですか!?」


 ビネガーの酸味を味わっていたのも相まって衝撃発言に思い切り噎せてしまった。


「だって、アルデバランとして僕が城に戻るなら命を狙われるのは決定事項だし」


 それはその通りだが、魔王の力の半分はやり過ぎだ。今でこそただの騙されやすい子煩悩パパになっているが、神と遊びで喧嘩する程の強さを持っている事も伝承に残っている。言葉だけの魔王ではなくガチの魔王なのだ。せめて五十分の一くらいに抑えて欲しい。それでも十分身を守れるだろう。
 本音を言えば出来る限りリゲルにおかしな力を渡して欲しくない。余計な助けなどなくても、リゲルならより良い世界の構築を成し遂げられるはずだから。


「そんなものなくても貴方なら実力で認められる」
「成果を出すまでにある程度時間がかかるだろう? 僕が認められるまでの間の危険を確実に排除したいパパの親心ってやつだよ♡」
「はいはい。でも人間をやめるのは最終手段になさい。貴方の命は私が必ず守ります」
「え」


 リゲルはポカンと口を開けて硬直した。私の発言が意外だったのもあるだろうし、守れる程の能力が私にあるのか疑問に思っている顔でもあった。
 こう見えても世界を転々としてきたのだ。無事に旅ができるくらいには戦闘技術もあるし、魔法だって魔王の情報を集められるくらいには得意だ。人間の中ではそこそこ優秀な方だと自負している。
 人間の事は人間の中で解決しないと、また魔王が傷付くことになるかもしれない。優秀なはずのリゲルは父親が絡むとただのアホになる。制御できる存在がいないと大変なことになると私は確信していた。


「魔王はそうやって人にポンポン力を授けるから人間が調子に乗って、最終的に騙されたんでしょう。人の範疇を超えた力に、いくら賢人の貴方だってどう溺れるかわからない。既に貴方は劣情に身を任せて魔王を手籠めにしてる実績があるんですからね!?」


 愛し合っているのはわかっているが、それはそれ、これはこれだ。頭が固いと言われてしまうかもしれないが、悪いもんは悪い。
 しかし私が語気を荒げても、リゲルは嬉しそうに笑った。


「ふふふ……エルナトは優しいねぇ」
「どこがですか!」
「だってエルナトは最初からずっとパパの味方をするんだもん。魔王に誑かされただけだから人間は悪くないなんて言わない。義父を襲った変態だって僕を本気で怒ってくれる。エルナトは人種で判断を変えたりしないから信じられるんだ」


 まさかそんな風に思われていたなんて。だから私を邪険にするどころか前より近付いてくるようになったのか。動揺した私は言葉に詰まった。リゲルはふと何かを思い出したようにこう言った。


「昔からそうだったよね。僕が奴隷でも、影武者でも、ずっと僕を一人の王子として扱ってくれたのはエルナトだけ。陰でいじめたりもしない。地下室でもずっと僕を敬って接してくれた」
「ふん! コロコロ態度を変えていたらどこかでボロが出るでしょう。ただ仕事上の態度を徹底していただけですから!」
「そういうことにしといてあげるよ。ねえ、僕はエルナトの望む王子様ではないかもしれない。でも、僕の望む世界には正しい視点を持つエルナトが必要なんだ。さっき僕の命を守ってくれるって言ったよね? 僕と共に新しい世界をつくってくれる?」


 魔王も言っていたが、リゲルの言う誰もが自由に愛せる世界は素晴らしいと思う。だから私はリゲルに協力するつもりだが、今の私にはその資格がない。


「即答はできません。何事にも順序というものがありますからもう少し待ってください」
「そっか……わかった」


 リゲルは全く気にしていないようだが、まだ私はお父上に伝承上の言葉とはいえ中傷した事を謝罪していないのだ。そのケジメをつけてからでないと私は何も動けない。


「明日またランチをしましょう。今日の食事のお礼をさせてください」
「うん!」


 さて、帰ったら手紙を書かなければ。手紙と共に渡すお詫びの品は流行りの焼き菓子で良いだろうか。
 ……いや、目の前に一番の情報源がいるじゃないか──。

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