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【三章】人魔の王
十八話
しおりを挟むカースは下卑た笑いを顔に貼り付けていたが、忌々し気に俺を睨んだ。
「そうだ、誰が下等種なんかと並びたいものか! 今この時だってなぁ、お前が俺に指図する事はできねぇんだよ!! お前はただの平民だ……俺は王!! どんな方法を使ってでもお前を陥れ、奴隷にして俺の所有物にする事ができる!! まずは冒険者の資格を剥奪する所から始めてやろうか? 大人しく王からの求婚を受けておけば、誰もが羨むロマンス小説の題材になれるぜ?」
あれだけ言われてもカースはまだ俺が欲しいらしい。魔力なんかより心の強さが世界一だと思う。
同じ王でもシャウルスの求婚は本当に誠実だったな。
王が平民を見初め、それを拒絶する事は今も昔も不可能だ。有無を言わさず連れ帰る事ができる。だがそれは相手の心が要らないと言っているのと同義だ。一般的に不名誉な事だから、強硬手段は王族でもあまり取らない。
カースは俺を昔から人権のある存在として見ていない。手に入れば何でもいいようだから本当に面倒だ。
冒険者は自由ではあるが、後ろ盾が存在しない。資格がある間はそこそこ権力がある。
しかし、冒険者の資格を剥奪されるとなんの保障もない奴隷と変わらない立場になってしまう。一度でも剥奪されてしまうと復帰は絶望的となる。
さてさて、本格的にシャウルスの婚約者になってしまうしか逃げられない気がしてきた。
さっきから四人が『ここはサルドじゃないから事故死してもらおう』とか『消滅させて行方不明にしよう』とか『埋めよう』とか『殺す』とか脳内会議を開いている。
どうしたものかとため息をついていると、カンタルが声をあげた。
「一つ、ええかのぉ」
「カンタル……?」
俺が驚いてカンタルを見ると、ウインクされてしまう。可愛い。
カンタルはズルズルと歩みを進めて俺の隣に並んだ。
「サルドの王よ。ルーシャンを平民と仰いましたが、ルーシャンはパニールの王で御座いますぞ」
「はぁ?」
「へ……?」
カースの怪訝な声と同時に、俺も間抜けな声が出ていた。
カンタルは静かに、しかしハッキリと誰もが耳を傾けてしまう抑揚で話し始めた。
「それほど大きくない町一つしかない国ですが、ここら全ての山はパニール国の領土。あまり知られておらぬ小国ではありますが、数百年、薬品の輸出で栄えております。わしが王の代理のような事をしておりましたが、あくまで代理。このルーシャンが正当なパニールの王で御座います」
どうぞ、とカンタルが俺に魔力で作られた証明書を差し出した。
内容の確認のために俺が証明書に触れると、魂を感知した魔紙が煌々と光り出した。あっという間に紙の色が譲渡済みを意味する水色に変化して、何らかの契約が結ばれてしまった。俺は何事かと瞠目してしまう。
「えっ」
「時間がありませんのでな。少し強引に手続きを済ませてしまいました」
フォッフォッフォと悪びれもなく軽快にカンタルが笑う。
見た目相応の態度で話されるとちょっと緊張してしまうな。少し背筋を伸ばしながら俺は慌てて文面を読んだ。
簡単に言うと『カンタルが生きている間にルービンの魂を持つ者が現れた場合、カンタルの所有する全てを譲渡する』という内容だ。カースに気付かれて邪魔される前に譲渡を終わらせてしまったカンタルの行動、油断も隙も無い。
日付を見ると、カンタルが老人になってから作成したものらしい。色々と成すことができ、魔物化してでも長く生きると決意したのがこの時なのだろう。
俺は驚きや戸惑いでろくな反応ができないでいた。
「カンタル……お前……」
「貴方とお別れした時のわしは、ユンセンを担うだけの力のない弱い息子でした。しかし、ようやく国をお返しできます。やはり貴方は王でなければ」
そう言ったカンタルは、全てやり遂げたような、とても穏やかな表情をしていた。その決意、想いの全てをカンタルの視線から受け取り、俺は頷いた。
突然のことでまだ実感が湧かない。
人魔の楽園。それを統べる人魔の王。俺はこの瞬間、パニールの王になったのだ。
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