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【四章】王と魔王
二十二話
しおりを挟む目覚めると、ボサボサになっている長い髪の感触がして自分がルーシャンに戻っているのだと理解した。
俺にしがみつくように眠っているクワルクの柔らかいピンクゴールドの髪を撫でると、パチリと瞼が開いた。
「……ルーシャン、ですね」
「ああ」
「貴方の悩みは無くなりましたか?」
「クワルクのお陰で完全に無くなった」
そう俺が歯を見せて笑えば、クワルクも嬉しそうに目尻を下げた。
クワルクはベッド端に寄せられていたバスローブを拾い、俺に渡しながら今後の予定を話し始めた。
「今日はエダムが帰ってくる日ですね。エダムが来たら、私は一旦お世話になっていたブルーミーの研究施設へ戻って荷物をまとめます。私の仕事は終わりましたので、明日からこの家での生活に戻ろうかと」
「そうだな。リヴァロにも戻って来れないか聞いておいてくれ。今後はブルーミーに頼ってばかりではなく、パニールの施設を充実させていきたい」
まだフィオーレは姿を見せていないが、契約は成立したはずだ。
フィオーレを引き込めた今、俺が直接カースと決着をつけるだけとなった。
そのため、四人には別の仕事を任せる事になる。
フィオーレとカースの対応に速度を優先したから、俺達は周りを頼るしかなかった。だが、これからはしっかりパニールを育てていかなければならない。
ブルーミーには前世からずっと頼りっぱなしだ。
新たに俺が魔王になったからにはしっかり恩を返さなければならない。
そのためにも、対等に渡り合えるだけの国力を高めていく必要がある。
人魔という魔力的に優秀な人材が豊富なのだから、パニールはユンセンよりも大きな魔術国になれるだろう。
クワルクもパニールを育てる必要性を理解しているらしく、力強く頷いた。
「はい。リヴァロにはしっかり伝えておきます。ブルーミーの魔術師達は皆親切で居心地が良いので、意識して離れないとズルズルと取り込まれそうですからね」
「ははは……それは怖いな」
良い環境で心を掴もうとするのは正攻法であり、最も強い。
うっかりシャウルスに大切な臣下を引き抜かれないよう、俺は改めて気を引き締めた。
クワルクは前から気になっていた事があったのだろう、俺に質問を投げかけた。
「シャウルスは随分と貴方に肩入れしているようですが、ただの冒険者であるルーシャンがどうやってシャウルス王を口説いたのですか?」
「いや……初対面から優しくしてくれて、俺の方が驚いているくらいなんだが……」
俺は冒険者でそれなりに名を上げ、犯罪者の更生施設として村をつくりたいという名目でシャウルス王との面会を求めた。
すると怖いくらいあっさりと通され、話が弾んでサクサクと手続きが進んだ。
それと並行して塔近辺への立ち入り申請をしたのだが、特に理由も聞かれず二つ返事で許可がおりた。
さすがに事情を説明しなければ四人の生活の保障を求められないので四人がどんな存在であるのか等、ある程度の話はしたがシャウルスはニコニコと書類にサインをしていくだけだった。
一目惚れしたとか、取ってつけたような理由で合間合間に交際を迫られたが、断ればその場は引くし、シャウルスは若いのに余裕があって考えが全く読めない男だった。
その時は四人の事しか頭になかったから特に気にしていなかったが、改めて考えると俺に対しての好条件過ぎる動きは違和感を覚えるレベルだ。
俺が感じたままにクワルクに話せば、真剣な表情で少し考え事をした後、肩を竦めてこちらを見た。
「確かに気になりますが、そこら辺についてもエダムが情報を持ち帰ってくるかもしれませんよ」
「それもそうだな。いざとなったらシャウルスに俺から直接聞いてみるさ」
想像を膨らませても良い事はない。俺達は身支度に集中することにした。
「ウルダが戻っていないようですから、私がルーシャンのお世話をしても宜しいですか?」
「ああ、頼む」
俺はクワルクに風呂で丁寧に全身を洗われた。
風呂を出てリビングの椅子に座らされ、クワルクの魔術で見事に乾かされた髪は普段のように胸の前に垂らしたり、全体を緩く編むのではなく、一部を流しつつ編み込みを加えたハーフアップに整えられていった。
完成して手を止めたクワルクは満足気に微笑んだ。
「一度やってみたかったのです」
「器用だな……」
俺がまるで伝承に出てくる精霊王にでもなったようだ。
髪型一つでここまで印象が変わるとは。俺の臣下が何でもできてしまうのが恐ろしい。
これから魔王として正式に人前に出る時はこれくらい整えた方が良いのかもしれない。
ちょうど全ての身支度が終わった時にエダムが帰ってきた。
出迎えたクワルクに、エダムは苦笑しながら言った。
「ただいま。っていうか、クワルク。何が言いたいのかはわかったけど『王降臨』って手紙はどうかと思うよ」
「ふっ。私もなるべく平静を装っておりましたが、ルービン様を目の前にしてとても気が昂っていたのでそれが精一杯でした」
涼しい顔をしながら言うクワルクが面白くて笑ってしまう。少ない文字数でハイテンションなのが伝わってくる。
エダムも小さく笑っているが、いつもより覇気がない。顔には隠しきれない疲れが滲んでいた。
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