灯は幽かに鬼を照らす‐嫌われていたはずの相棒に結婚を迫られています‐

くろなが

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七章 父と息子の決着-side灯屋-

一話 拉致後

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 俺は拉致された訳だが、手荒だったのは最初の車への詰め込みだけでその後は丁重な扱いを受けた。
 壊れ物でも運ぶように複数人で抱えられるのはなかなか恥ずかしい。
 だから俺も自分が物だと思って大人しくしていた。

 目的地に到着するとフワフワなソファに座らされ、拘束を解かれて傷の有無を確認される。
 運び人は仕事が終わったからなのか、その場から足音が離れるのがわかった。
 ゾロゾロと退室した後、俺の近くにいた誰かが視界を覆っていた布袋を取る。
 眩しさに顔をしかめたけど、すぐに目は慣れて犯人と対面した。


「……佐藤さん」
「お昼ぶりですね~灯屋さん」


 ニヤリと笑う佐藤は昼よりも人懐っこい感じがした。
 少し周囲を見回せば、ホテルのスイートルームのような場所だった。
 とても広いのに佐藤は俺の目の前から動かない。それどころか絨毯に膝をついてソファに座る俺を見上げる形になった。距離が近くて困惑する。


「灯屋さん、全然驚いてませんね」
「まあ。多分あなただと想像はしていたので」
「へぇ……どうしてでしょう?」


 佐藤も俺の反応に驚いている感じは無い。
 もったいぶる必要もないため、俺は気付いていた事を口にした。


「俺、子供の時に佐藤さんの声を聞いた事があるんですよね。直接会った事はないですけど」


 ボロアパートに住んでいたから、外の声がよく通る。
 父親が外で誰かに怒鳴りつけ、それに対して謝る声を何度も聞いた。
 あいつがキレるのに何か理由がある訳じゃない。その時の気分で正解が変わるから避けようがない。
 そんな理不尽な暴力に晒される仲間が家族以外にもいるのかと驚いた。

 俺は震えながら部屋の隅でその音を聞いていた。
 すみませんすみませんと殴られながら何度も繰り返される言葉。
 その人は普段の俺と“同じ”な筈なのに、決定的に違う所があった。
 苦し気なのに、痛みに泣いているのに。

 ──なのに、その声があまりにも嬉しそうだったから……。

 理解できなくて、恐ろしくてとても印象に残っていた。だから十年以上振りに聞いた声でもすぐにわかった。


「佐藤さんは親父の仕事仲間ですよね」


 俺の言葉に佐藤はクッと嬉しそうに喉で笑う。


「ええ、そうです。いやぁ~まさかお会いした事が無いのに気付かれているとは思いませんでした」


 そう言いながら、何故か佐藤は俺の太股に手を這わせた。
 ゾワリと気持ち悪さが湧き上がる。


「やめてください」


 佐藤の手をそっと退けるが、より強い力で俺の膝を撫でてきた。
 明確な意思を持つセクハラにムッとはするが、真剣に振り払うのも面倒くさくなり早々に諦めた。
 波風を立たせない事だけには自信がある。
 男もいけるからといって誰でもいい訳じゃないんだなという発見が出来て良しとしよう。
 俺が無抵抗になると佐藤さんは心底意外そうに口を開いた。


「殴らないんですか?」
「は?」
「拒絶なさらないのであれば、僕はどんどんつけこみますよ」


 うっとりと目を細めた佐藤は、俺の腿に頬を寄せた。


「ちょっと……!」
「あなたに僕の全てを捧げます。これでもそれなりに偉い立場なんですよ。きっとあなたのお役に立てる。裏の王様であるのも何かと苦労が付きまとうでしょう。そのサポートも全て僕がします」


 それは俺も望む事だった。裏社会に詳しい調整役が欲しいと思っていた。
 きっとこの世界で力がある者がそれを申し出てくると踏んでいた。だからこうして隙をつくり、直接の話し合いの場を設けやすくした。実際に成功したと言える。
 しかし、佐藤の言葉は止まらなかった。


「僕はそれだけじゃない!! 気に食わない時は殴って、骨を折ってもいい、歯を抜いてもいい、耳を削いでもいい、指を落としても、首を絞めてもいい……好きな時に好きなだけ、僕に感情をぶつけてください!!」


 その恍惚とした表情で紡がれた叫びは、誰に向けてのものなのかわからない。
 少なくとも俺に向けられたものじゃない事はわかる。


「あなたは僕を愛してくれますよね、男も大丈夫なあなたなら! 二番目でも構わないんです。それすらもおこがましいとあらば、たまに慰めてくださるだけでも良い。もう男だから選ばれないなんて理不尽なことないですよね、ねぇ!?」


 熱に浮かされたような叫びの後、佐藤はズルズルと下がって俺の革靴に何度も口付ける。
 まさか……佐藤という男は父の事を愛していたのか。
 しかし父は完全な異性愛者で、同性愛者を毛嫌いしているようなヤツだった。
 それでも見返りのない愛情を注ぎ続けて、今もまだ父を見ている。俺と父を重ねて。

 俺が何も言わないのをいいことに、佐藤は俺の腰に抱きついた。
 さすがに俺が逃げ腰になると佐藤が嬉しそうに笑った。


「ホラ。ねぇ、気持ち悪いって、蹴り倒して、腹を踏みつけて、馬乗りになって顔を殴ってくださっていいんですよ。いえ、そうすべきだ」


 そう言って縋りつく佐藤は期待を滲ませた顔をしている。
 俺にそんな事を求めるという時点で、この人は俺《善助》という個人を見ていない。


「俺が佐藤さんを選ぶ事はありません」
「は……?」
「もちろん佐藤さんが男だからとか関係ないですよ」


 俺はハッキリと言って、佐藤の腕を外してソファから立ち上がり距離を取った。


「だってあなたは別の誰かへ向けての言葉しか発していないじゃないですか。ずっと値踏みばかりで、俺に対して興味なんて欠片もない。それを隠しもしないなんて、とても失礼で自分勝手です」


 俺が愛する人は、いつだって俺を真っ直ぐに見つめて見守ってくれる。
 ただの弱い子供だった俺に憧れ、好きだと言ってくれた。
 あの人が俺に何かを求めた事はない。
 どれだけオバケが怖くても、脚が震えて歩けなくても、這いつくばってでも俺の隣に来てくれる。

 そして、俺に暴力を強要する事は絶対にない。
 むしろ暴力が苦手な俺に代わって、自らの力で守ってくれる人なのだから。

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