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第10章 ある休日
第28話 善吉のある休日
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善吉が奉公する黒峰子爵家では、使用人達は曜日こそ決まっていないが週に1日の休みがある。
「善吉さん、明日の日曜はどうするんだ?」
権蔵が聞いてくる。
ただし善吉の場合、春奈の送り迎えがない日曜日が休みとなることが多い。
それでも朝の鍛錬は欠かさず行っていたし、手が空けば湯殿の掃除くらいは手伝っていた。
「上野の博物館にでも行こうかと」
「ああ、そりゃあ、いいな」
元々は江戸城にとって不吉な方角とされる鬼門である北東に置かれた寛永寺。幕末の混乱により焼野原になったことで、明治新政府に接収される。
その後、明治6(1871)年に上野公園となったのと前後して、明治5(1872)年に湯島聖堂博覧会、明治10(1877)年に内国勧業博覧会が開催。上野の地に博物館や美術館が建設されたことで文化地区となっていく。
「よしっ」
日曜日の朝、鍛錬を終えて朝食で腹を満たした善吉はザッと汗を流すと、健太郎子爵から貰った着物の中から良さそうなものを選んで身に着ける。
「それでは出かけて参ります」
ひと通り挨拶を済ませて玄関に向かったところで、春奈に出会う。
「おはようございます」
「おはよ。出かけるの?」
「はい、上野まで」
春奈は「ふーん」と首を傾げる。
「いいわ、私が案内してあげる」
「へぇっ、あ、ありがとうございます」
こうして連れだって出かけることになった。
もっとも「案内」や「連れだって」であっても、好き放題に歩き回る春奈に善吉が供をする形になるのだが。
「お嬢様、何で向かいましょうか?」
春奈は少し考えた後、「人力車にしましょう」と決めた。
この辺りは春奈の気分次第。乗合馬車で向かう時もあれば、馬車を貸し切る時もある。
しかし人力車は初めてだった。
「ほら、何してるの?」
人力車には春奈だけを乗せて、善吉も走って行こうとしたものの、春奈は同乗するように勧めた。
「いいよ、兄ちゃんも乗りな」
車夫も同意したのを見て、善吉も乗り込む。
「よいしょっと!」
車夫が車を引き出すと、勢いよく走り始める。
少し走ったところで善吉は股間の違和感に気づいた。
「お、お嬢様」
「善吉、どうしたの?」
春奈の手が善吉の袴の前を握っていた。まさに肉棒の辺りだ。
ただし、ひざ掛けがあるので、通り掛かりの人は2人が普通に並んで座っているようにしか見えない。
「手が…」
「うーん、つかむのにちょうど良いみたい」
「そんな…」
車輪から伝わる振動と春奈が手を握ったり開いたりする刺激で、善吉の肉棒が硬さを増してくる。
「あらあ、手すりがつかみやすくなったわ。形が変わるのって不思議ね」
「そんなあ」
善吉が必死で我慢しているうちに、人力車は上野についた。
「お待たせしました」
「ありがと」
車夫にお金を渡した春奈は先に歩いていく。
善吉は少し前かがみになりながら追いかけた。
「きれいねえ」
「はい」
さすがに博物館や美術館の中では春奈も大人しい。
穏やかな雰囲気に感化されたようで、善吉の肉棒も収まってくる。
「あ、これ、好き」
春奈が一枚の絵の前で足を止めた。
今にも飛び立ちそうな鳥が色鮮やかに描かれている。
「見事ですねえ」
善吉もため息が出そうになる。
そこで春奈がポロッとこぼした言葉が、善吉を驚かせる。
「お父様に買ってもらおうかしら」
「えっ!?」
春奈は善吉の驚きに気づかないまま歩みを進める。
「うーん、こちらの方がいいかも」
「これはちょっと派手ね」
「部屋に飾るのなら、もう少し小さくないと」
違った意味で真剣に検討する春奈に善吉は付いて歩いた。
絵の一枚分でも善吉の給金の何年分、いや何十年分にもなるだろう。
『貴族様は違うんだなあ』
今度こそ善吉はため息をついた。
「ねえ、善吉」
「はい?」
「そろそろお腹が空かない?」
言うまでもなく、これは「お腹が空いたからお店を探しなさい」との意味。
善吉は「少々お待ちください」と辺りを見回して、賑わっている洋食屋を見つけた。
「こちらへどうぞ」
「ええ」
洋食屋は混雑していたが、偶然空いたテーブルに座ることができた。
善吉はメニューを広げて春奈に見せる。
しばらく悩んだ春奈はオムレツを指さす。
「善吉、私はこれに決めたわ。注文しなさい」
「かしこまりました。お嬢様」
善吉はオムレツとカレーライスを注文する。カレーライスは大盛りだ。
「善吉はカレーライスが好きねえ」
「はい、奉公に来た日に食べて大好物になりました」
「ふぅん」
混雑した店内からは他の客の注文も聞こえる。
「カレーライスですか?」
「こっちは甘煮か旨煮って感じ」
どこからか、そんな声も聞こえる。
「ハッシュビーフもおいしいらしいわよ。この次にでも食べてみたら?」
「はい!そうしてみます」
やがて、作り立てのオムレツと山盛りのカレーライスが提供される。
2人は「いただきます」と言って食べ始めた。
「おいしい!」
「はい!」
春奈は最初から最後まで上品に、善吉は最初から最後までおいしそうに食べる。
「ごちそうさまでした」
腹ごなしに不忍池の周りを散歩した2人。
お腹が落ち着いたところで、「次はあれよ」と春奈が指さした。
善吉が顔を向けると、「写真館」の看板があった。
「なるほど写真ですか。お嬢様ならきれいに撮れると思いますよ」
春奈は「何を言っているのよ」とばかりに善吉を睨む。
そんな表情の意味を善吉が理解したのは、写真を撮る時だった。
「はーい、お兄さん、もっとにーっこり笑ってー」
体を硬直させる善吉の腕に春奈が腕を絡める。
強く抱きしめた善吉の腕は、春奈の胸元に当たっていた。
『…柔らかい』
善吉はチラリと横目で腕の確認した。
間違いなく乳房に当たっているのが分かる。
全身に力が入る以上に、股間が硬くなってくる。
「ちょっと、待って下さい!」
春奈の腕を振りほどくと、後ろを向いて足を曲げたり伸ばしたり、背筋を伸ばしたりして体をほぐす…ように見せかける。
さらに袴を整えるふりをしながら、ふんどしの中で硬くなりかけた肉棒の位置を直した。
「お待たせしました」
やはり春奈は腕を絡めてきたが、善吉は何とか乗り切った。
「1枚は善吉の実家に送るとして、3枚でいいかしら」
「はあ」
残りの2枚はどうするのかと思いつつ、善吉は同意した。
3枚の写真を見比べる春奈。
善吉は少し遅れて付いてくる。
「どれが一番きれいかしら」
善吉は「どれも同じだろう」と思いつつ、「これでしょうか」と一枚を指さした。
「そう?じゃあ、これは善吉のにしなさい」
「はあ?」
「いらないの?」
「ええっと、一枚は両親に送りますけど、私も持ってていいのですか?それと、もう一枚は?」
鈍い善吉に、またしても春奈の頬が膨らむ。
「私の分!」
善吉は「ああ」と納得した。
改めて写真を眺める。
表情も体も固い善吉と、善吉の腕を取って微笑む春奈。
「大事に、します」
そんな善吉の言葉を聞いた春奈は満面の笑みを浮かべた。
写真館を出た2人はぶらぶらと歩く。
特に行く先があって歩いていたわけではないが、気が付くと人通りのない裏道に入っていた。
「おうおうおう!兄ちゃん、仲が良いじゃねえか」
ごろつきらしく風体の良くない5人の男が、2人を取り囲んでいた。
そのうち3人は汗だくであり、1人は転んだのか土やほこりまみれとなっている。
「何か用ですか?」
善吉が春奈をかばいつつ問いかけると、かろうじて無事な男が「へへっ」と笑って返す。
「何か用ですか、と来たもんだ」
「うははははっ」
他の4人も大声で笑った。
しかし笑い声に力がない。
「…善吉」
「ご心配なく」
背中にすがりつく春奈に声をかけると、善吉は胸を張る。
「んだとぉ」
何か言いかけた男に善吉は体当たりをすると、あっさりと男は吹き飛ぶ。
「何しや…」
またしても何か言いかけた男の胸倉をつかんで、別の男に向かって放り投げる。
それをもう一度繰り返すと、5人の男は全員地面に転がっていた。
「お嬢様っ!」
「えっ!」
善吉は春奈を抱きかかえると、一目散に駆け出した。
「待ちやがれー!」
そんな声こそ聞こえたものの、男達は何とか立ち上がってよろよろと歩いたくらいで、とても追いかけるような元気はなかった。
街角を何度か曲がったところで、善吉は春奈を下ろした。
「お怪我はございませんか?」
「ええ、善吉のおかげね」
春奈はにっこりと笑いながら尋ねてくる。
「善吉一人なら勝てたでしょ?」
「うーん」
「違うの?」
「短刀を持っていた男もいましたし、無事に済んだかは分かりません」
「ふーん」
「何より、お嬢様が無事で良かったです」
そこまで聞いて春奈は歩頬を赤らめて歩き始める。
善吉も後に続いた。
やがて子爵邸に戻る2人。
「疲れたわ。善吉、お風呂の用意をしてね」
「かしこまりました」
湯殿に急ごうとする善吉を春奈が呼び止める。
「髪にごみがついてる」
春奈は、自分で払おうとした善吉を引っ張って頭を低くする。
「ああ、すみません」
頭を下げた善吉の額に、「チュッ」と音がして柔らかなものが触れた感覚があった。
「ありがとね」
春奈はそう言い残して自分の部屋へと去っていく。
「…えっ、えーっ!」
善吉は額を抑えつつ、呆然と春奈の背中を見送った。
「善吉さん、明日の日曜はどうするんだ?」
権蔵が聞いてくる。
ただし善吉の場合、春奈の送り迎えがない日曜日が休みとなることが多い。
それでも朝の鍛錬は欠かさず行っていたし、手が空けば湯殿の掃除くらいは手伝っていた。
「上野の博物館にでも行こうかと」
「ああ、そりゃあ、いいな」
元々は江戸城にとって不吉な方角とされる鬼門である北東に置かれた寛永寺。幕末の混乱により焼野原になったことで、明治新政府に接収される。
その後、明治6(1871)年に上野公園となったのと前後して、明治5(1872)年に湯島聖堂博覧会、明治10(1877)年に内国勧業博覧会が開催。上野の地に博物館や美術館が建設されたことで文化地区となっていく。
「よしっ」
日曜日の朝、鍛錬を終えて朝食で腹を満たした善吉はザッと汗を流すと、健太郎子爵から貰った着物の中から良さそうなものを選んで身に着ける。
「それでは出かけて参ります」
ひと通り挨拶を済ませて玄関に向かったところで、春奈に出会う。
「おはようございます」
「おはよ。出かけるの?」
「はい、上野まで」
春奈は「ふーん」と首を傾げる。
「いいわ、私が案内してあげる」
「へぇっ、あ、ありがとうございます」
こうして連れだって出かけることになった。
もっとも「案内」や「連れだって」であっても、好き放題に歩き回る春奈に善吉が供をする形になるのだが。
「お嬢様、何で向かいましょうか?」
春奈は少し考えた後、「人力車にしましょう」と決めた。
この辺りは春奈の気分次第。乗合馬車で向かう時もあれば、馬車を貸し切る時もある。
しかし人力車は初めてだった。
「ほら、何してるの?」
人力車には春奈だけを乗せて、善吉も走って行こうとしたものの、春奈は同乗するように勧めた。
「いいよ、兄ちゃんも乗りな」
車夫も同意したのを見て、善吉も乗り込む。
「よいしょっと!」
車夫が車を引き出すと、勢いよく走り始める。
少し走ったところで善吉は股間の違和感に気づいた。
「お、お嬢様」
「善吉、どうしたの?」
春奈の手が善吉の袴の前を握っていた。まさに肉棒の辺りだ。
ただし、ひざ掛けがあるので、通り掛かりの人は2人が普通に並んで座っているようにしか見えない。
「手が…」
「うーん、つかむのにちょうど良いみたい」
「そんな…」
車輪から伝わる振動と春奈が手を握ったり開いたりする刺激で、善吉の肉棒が硬さを増してくる。
「あらあ、手すりがつかみやすくなったわ。形が変わるのって不思議ね」
「そんなあ」
善吉が必死で我慢しているうちに、人力車は上野についた。
「お待たせしました」
「ありがと」
車夫にお金を渡した春奈は先に歩いていく。
善吉は少し前かがみになりながら追いかけた。
「きれいねえ」
「はい」
さすがに博物館や美術館の中では春奈も大人しい。
穏やかな雰囲気に感化されたようで、善吉の肉棒も収まってくる。
「あ、これ、好き」
春奈が一枚の絵の前で足を止めた。
今にも飛び立ちそうな鳥が色鮮やかに描かれている。
「見事ですねえ」
善吉もため息が出そうになる。
そこで春奈がポロッとこぼした言葉が、善吉を驚かせる。
「お父様に買ってもらおうかしら」
「えっ!?」
春奈は善吉の驚きに気づかないまま歩みを進める。
「うーん、こちらの方がいいかも」
「これはちょっと派手ね」
「部屋に飾るのなら、もう少し小さくないと」
違った意味で真剣に検討する春奈に善吉は付いて歩いた。
絵の一枚分でも善吉の給金の何年分、いや何十年分にもなるだろう。
『貴族様は違うんだなあ』
今度こそ善吉はため息をついた。
「ねえ、善吉」
「はい?」
「そろそろお腹が空かない?」
言うまでもなく、これは「お腹が空いたからお店を探しなさい」との意味。
善吉は「少々お待ちください」と辺りを見回して、賑わっている洋食屋を見つけた。
「こちらへどうぞ」
「ええ」
洋食屋は混雑していたが、偶然空いたテーブルに座ることができた。
善吉はメニューを広げて春奈に見せる。
しばらく悩んだ春奈はオムレツを指さす。
「善吉、私はこれに決めたわ。注文しなさい」
「かしこまりました。お嬢様」
善吉はオムレツとカレーライスを注文する。カレーライスは大盛りだ。
「善吉はカレーライスが好きねえ」
「はい、奉公に来た日に食べて大好物になりました」
「ふぅん」
混雑した店内からは他の客の注文も聞こえる。
「カレーライスですか?」
「こっちは甘煮か旨煮って感じ」
どこからか、そんな声も聞こえる。
「ハッシュビーフもおいしいらしいわよ。この次にでも食べてみたら?」
「はい!そうしてみます」
やがて、作り立てのオムレツと山盛りのカレーライスが提供される。
2人は「いただきます」と言って食べ始めた。
「おいしい!」
「はい!」
春奈は最初から最後まで上品に、善吉は最初から最後までおいしそうに食べる。
「ごちそうさまでした」
腹ごなしに不忍池の周りを散歩した2人。
お腹が落ち着いたところで、「次はあれよ」と春奈が指さした。
善吉が顔を向けると、「写真館」の看板があった。
「なるほど写真ですか。お嬢様ならきれいに撮れると思いますよ」
春奈は「何を言っているのよ」とばかりに善吉を睨む。
そんな表情の意味を善吉が理解したのは、写真を撮る時だった。
「はーい、お兄さん、もっとにーっこり笑ってー」
体を硬直させる善吉の腕に春奈が腕を絡める。
強く抱きしめた善吉の腕は、春奈の胸元に当たっていた。
『…柔らかい』
善吉はチラリと横目で腕の確認した。
間違いなく乳房に当たっているのが分かる。
全身に力が入る以上に、股間が硬くなってくる。
「ちょっと、待って下さい!」
春奈の腕を振りほどくと、後ろを向いて足を曲げたり伸ばしたり、背筋を伸ばしたりして体をほぐす…ように見せかける。
さらに袴を整えるふりをしながら、ふんどしの中で硬くなりかけた肉棒の位置を直した。
「お待たせしました」
やはり春奈は腕を絡めてきたが、善吉は何とか乗り切った。
「1枚は善吉の実家に送るとして、3枚でいいかしら」
「はあ」
残りの2枚はどうするのかと思いつつ、善吉は同意した。
3枚の写真を見比べる春奈。
善吉は少し遅れて付いてくる。
「どれが一番きれいかしら」
善吉は「どれも同じだろう」と思いつつ、「これでしょうか」と一枚を指さした。
「そう?じゃあ、これは善吉のにしなさい」
「はあ?」
「いらないの?」
「ええっと、一枚は両親に送りますけど、私も持ってていいのですか?それと、もう一枚は?」
鈍い善吉に、またしても春奈の頬が膨らむ。
「私の分!」
善吉は「ああ」と納得した。
改めて写真を眺める。
表情も体も固い善吉と、善吉の腕を取って微笑む春奈。
「大事に、します」
そんな善吉の言葉を聞いた春奈は満面の笑みを浮かべた。
写真館を出た2人はぶらぶらと歩く。
特に行く先があって歩いていたわけではないが、気が付くと人通りのない裏道に入っていた。
「おうおうおう!兄ちゃん、仲が良いじゃねえか」
ごろつきらしく風体の良くない5人の男が、2人を取り囲んでいた。
そのうち3人は汗だくであり、1人は転んだのか土やほこりまみれとなっている。
「何か用ですか?」
善吉が春奈をかばいつつ問いかけると、かろうじて無事な男が「へへっ」と笑って返す。
「何か用ですか、と来たもんだ」
「うははははっ」
他の4人も大声で笑った。
しかし笑い声に力がない。
「…善吉」
「ご心配なく」
背中にすがりつく春奈に声をかけると、善吉は胸を張る。
「んだとぉ」
何か言いかけた男に善吉は体当たりをすると、あっさりと男は吹き飛ぶ。
「何しや…」
またしても何か言いかけた男の胸倉をつかんで、別の男に向かって放り投げる。
それをもう一度繰り返すと、5人の男は全員地面に転がっていた。
「お嬢様っ!」
「えっ!」
善吉は春奈を抱きかかえると、一目散に駆け出した。
「待ちやがれー!」
そんな声こそ聞こえたものの、男達は何とか立ち上がってよろよろと歩いたくらいで、とても追いかけるような元気はなかった。
街角を何度か曲がったところで、善吉は春奈を下ろした。
「お怪我はございませんか?」
「ええ、善吉のおかげね」
春奈はにっこりと笑いながら尋ねてくる。
「善吉一人なら勝てたでしょ?」
「うーん」
「違うの?」
「短刀を持っていた男もいましたし、無事に済んだかは分かりません」
「ふーん」
「何より、お嬢様が無事で良かったです」
そこまで聞いて春奈は歩頬を赤らめて歩き始める。
善吉も後に続いた。
やがて子爵邸に戻る2人。
「疲れたわ。善吉、お風呂の用意をしてね」
「かしこまりました」
湯殿に急ごうとする善吉を春奈が呼び止める。
「髪にごみがついてる」
春奈は、自分で払おうとした善吉を引っ張って頭を低くする。
「ああ、すみません」
頭を下げた善吉の額に、「チュッ」と音がして柔らかなものが触れた感覚があった。
「ありがとね」
春奈はそう言い残して自分の部屋へと去っていく。
「…えっ、えーっ!」
善吉は額を抑えつつ、呆然と春奈の背中を見送った。
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