クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第6章 史上最強の棋士

第120話 カラスが最強の棋士と対局したら(その4)

「クワア」

小さく鳴いたクロが鈴香の手に頭をすり寄せる。
それに応じた鈴香が人差し指でクロの頭を撫でると、クロが気持ちよさそうに目を細めた。

数秒そうしていたクロだったが、再び目をしっかり開けて盤面を見つめる。
そんなクロを確認して、鈴香は指を引っ込めた。

鈴香は、ちょっとだけ盤の向こう側に座る辻井を見るが、辻井は盤上に集中しており、こちらを気にする様子はない。

「ふぅ」

鈴香は小さく深呼吸した。

『あの辻井先生と対局してるんだあ、まあ、クロとだけど』

1年半ほど前に将棋を覚え始めたのは、怪我をしたクロを祖父が保護したため。
祖父である馬場敬一ばば けいいちはアマチュア五段の免状を持っている将棋好きだ。

「まあ、雑誌で点数を集めてもらったんだけどな」

馬場が苦笑してそう言ったものの、将棋を覚えたばかりの鈴香にはよく分からなかった。
しかし今では、いろんな“五段”がいることを理解している。

「でもな、若い頃には何度か県や都の代表になったんだぞ」
「ふぅん」

鈴香が興味なさそうに答えたのを見た馬場は残念そうな顔をしていた覚えがある。
これも今の鈴香なら、どんなにすごいことかは理解していた。

『へえ、すごいんだって言ってあげたらよかったよね』

しかし、二度と馬場が自慢することはなかった。
もっとも最近の馬場が自慢するのは、もっぱら鈴香のことだ。

「うちの鈴香が将棋を初めてねえ」
「この前、三手詰めを解いたんだよ」
「私に2枚落ちで勝っちゃってさ」

2枚落ちで勝ったご褒美のひとつとして、朝草将棋クラブに連れて行ってもらった。

同い年のライバルである谷原歩美たにはら あゆみと出会い、歩美の姉である谷原菱子たにはら りょうこがプロ棋士を目標に奨励会しょうれいかいに通っていることを知った。

「将棋のプロ?」
「うん、鈴香ちゃんも目指してみる?」

そう菱子に聞かれたが、まだ認識の浅かった鈴香は「分かんない」と答えた。

「うん!絶対になる!」

今の鈴香なら、そんな具合に即答するだろう。
もちろん棋士でも女流棋士でも、簡単になることができないのも知った上で。

現在、そんな棋士達の頂点に立っているのが、盤の向こう側にいる辻井孝太つじい こうた六冠だ。

『私が指すとしたら、どうなるんだろう』

研修会で勝ったり負けたりしている鈴香が互角に対局できるとは思えない。
駒落ちで対局するのは当然だが…

『飛車落ちでは敵わないだろうな。2枚落ちなら、どうなんだろう』

2枚落ち、かつ指導対局であれば、そこそこ指すことができるだろう。
しかし2枚落ちでも辻井が本気で指した場合は…

『勝てないだろうなぁ』

鈴香はまたもチラッと辻井の顔を見上げる。
反対側に座る辻井は真剣な目で盤上の駒を見つめていた。

その辻井が盤上に手を伸ばす。

パシッ

駒音を立てて、4筋の歩をひとつ前に出した。
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