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黒い森の魔女
緊急事態 と 風の馬 ※1話飛ばして投稿してしまったので8月12日追加投稿
しおりを挟む暗い夜闇で空気が揺れた。
ほとんど不可視の体の向こうで景色がぐわりと歪んで見える。
自分よりも大きな形をとった何かが、どこからともなく蹄を鳴らして近づいてきた。
「おいで」
「これ、何……?」
「馬だよ。と言っても、そこらの馬よりずっと速くて乗りやすい」
風の馬________
その身体の大部分は濃密な空気とマナでできている。故に不可視。目を凝らせば空気の歪みが見えるものの、戦いや狩猟の場においては恐らく最強の移動手段と言えるだろう。
今は色々とあって私の使い魔紛いのことをしてくれている。この子に乗せてもらえば町はずれまでひとっ飛びで着けるはず。
馬は少年の目の前で立ち止まると、脚を折って地面に伏した。さすが、気遣いのできる紳士な奴だ。
「乗れってさ」
「え、あ……ありがとう」
「よし、頼んだよ」
私も少年の後ろに跨らせてもらい手綱を掴む。首筋を撫でてからぽん、と1回軽く叩いてやると馬は途端に駆け出した。
「わあ……!」
家の前の道を駆けてゆき、獣道へと入っていく。
木々の隙間を縫うようにして凄い速さで走っていくくせに、風の抵抗は有り得ないほど弱く揺れも少ない。
空気の操作に関しては隣に出る者はいないのだ。
そして瞬く間に町のはずれへと到着すると彼は静かに森の奥へと消えていった。
「ぁ……向こう、俺の家」
「わかった」
少年に手を引かれてそのまま彼に付いていく。
ぎゅっと握られた手に目をやった。沈黙に耐えかねたのか、ぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。
「母さん、ほんとはすっごい元気な人なんだ。俺よく怒られるし、ゲンコツだってすげえ痛くて……」
1歩前を歩く少年の声は段々と涙声になっていく。
後ろからは背中しか見えず、その表情を伺うことはできない。逃げやしないのに、掴まれた手は痛いくらいに握られていた。
「でもさっき、家を出る前に手を握った時ね」
とてもしっかりした子なのだろう。私の知らないいつも通りを取り繕おうとする様がかえってとても痛々しく思えた。
「母さん、握り返してもくれなかった……!」
少なくとも彼の母親の元へ着くまでは振り払わないと決めた手を、その一言で振り払いたくなった。
私には荷が重い。技術や知識以前にこの気持ちに応えられる度胸を私はきっと持っていない。
_______ああ、でも。それでも。
「大丈夫」だとたった一言、虚勢を張ることすら出来なくても。気の利いた一言も言えずとも。
「そ……うか。急ごう」
悲しいかな。
それでも多分、私はこの手を振り払えない。
そう遠くない道のりが酷く遠く感じられた。
そうこうしている内に、目的地はすぐそこまで近づいていた。少年はドアを開け、腹から声を出して言った。
「今帰ったよ!」
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