黒い森で魔女は微睡む

稲村うお

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黒い森の魔女

【回想】騎士 と ベッド

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ね、起きるかな?
起きるよ。頭は少し打ったみたいだけど、他は何ともないみたいだし

__________誰だ?そこで話をしているのは。

重い瞼を上げて見えた景色はぼやけていて、知らない場所であるということだけが理解できた。どうやらどこかのベッドに寝かせられているらしい。
知らない匂いがした。優しい匂いだ。初めて嗅ぐのに肺が満たされることがこんなにも心地いい。
幾度か瞬きを繰り返して首を横に向ける。少し重いが手も動いた。目を擦って焦点を合わせる。
起きた!起きたよ!と小さくて高い声がして何かが顔の周りを小バエのように飛び回っていた。まだ定かではない視界には群青色が映った気がした。

「騒がしいな……ん?」
魔道士マギア!魔女さん!起きたよ!」
「起きたよ!生きてる!」
「それはよかった。私の前で死なれたら困る」

視界がはっきりして初めて見たのは、緑色の瞳。
屈んで垂れた髪は黒いながらも上質な生糸のようで、生まれて初めて人間を見て胸がとくりと高鳴った。

「これ、水。飲みながらでいいから聞いてね、体調は?」
「ん、ぐ……ぐ、」

ぐび、ぐびと喉が大きな音を立てるのを微塵も気にせずに喉にほどよく冷たい水を流し込む。乾いた体の隅々にまで染み渡るような心地がしてコップをサイドチェストの上に置いた。すかさず水差しから水を注いで、女は「具合、大丈夫……?」と聞いてきた。

「え、ええ、はい……すみません。喉が渇いていて」
「飲みたいだけ飲んでいいよ。あなた名前は?家の場所は分かる?」
「ん、んん……」
「ごめんごめん、飲み終わってからでいいよ」

その人は椅子を引いてベッド脇に持ってくると、笑ってこちらを見てきた。俺はと言うと、2杯目の飲み干したところで漸く口を開いた。 

「……ヒューグベルト。家はフェルデンの外れの方にあります」 
「フェルデン?また随分と遠いところから……」
「どうして?どうしてそんなところから来たの?」
「どうして?」
「こら。今私が話してるでしょう」

はあい、とやや気の抜けた返事をした羽の生えた小人2人はふらふらとサイドチェストの上に腰掛けてこちらを見上げてくる。

「小人……?」
「小人だなんて!妖精相手に失礼しちゃう!」
「しちゃう!」
「妖精……?」  
「ああ、見るのは初めて?」
「え、ええ……」
 
うっかり物がなくなってしまうことや予期せぬ事が起こることを「妖精の仕業」と言う慣用句はあるが、まさか本当にお目にかかる日が来るとは思わなかった。驚いている。驚いてはいるのだけれども。目の前にいる女性があまりにも輝いていて__________いや、この表現は適切ではない。もっと素朴で美しくて……。
駄目だ。上手い言葉が見つからない。とにかく、俺はその人に夢中だったのだ。戦場で傷を負った男が白衣の天使に一目惚れしてしまう気持ちが少し理解できる気がした。
もっとも、この妖精とやらの言うことを信じるならば、この人は黒衣の魔女であるようなのだけれど。

「貴女は魔女、なのですか……?」
「__________まあ、ここではそう呼ばれてるかな。愛称みたいなものだから気にしなくていいよ」

深い意味はないから、と苦笑する魔女と呼ばれたその人は幼い頃聞いた架空の物語に出てくる魔女とは全く違う姿をしていた。強いていえば、その服がやや緑色を帯びた黒色であることくらいは共通していただろうか。
髪は黒く滑らかで鼻筋も腰も本にでてきた老婆のようには曲がっていない。エメラルドよりも深い緑色はこちらを先程からこちらの様子を暗に伺っているようだった。

「何か食べられそうかな。パンとスープができているのだけれど」
「は、」

ぐう、と返事をするよりも先に腹が元気よく返事をした。恐らく丸一日と半分ほど何も口にしていなかったので無理もなかったのだが、この時はそれがどうしようもないくらい恥ずかしかった。

「あはは、うん。元気でいいね。待ってて、今持ってくる」

そう言って部屋の外へと向かった彼女の背中がドアの向こうに消えてしまっても、まだ脳裏にその笑顔が張り付いていた。
その時口にした手作りのパンと毒消し草入りのスープの味は言葉にできないほど美味かった。



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