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第五章 しん愛編
145. 主人公交代
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「――スルト」
スルトは名前を呼ばれ、振り返る。
そこには幼馴染のシンモラが立っていた。
死んだと思っていた人。
それが生きていると知ったのだから、その驚きは言葉に表せない。
「……シンモラ」
もし生きて会えたら、伝えたいことはいくらでもあった。
だが、いざこうやって会えても、言葉とは驚くほどに出てこないものだ。
二人の会えなかった時間が、心の距離となってあらわれていた。
「元気にしてた?」
スルトが当たり障りのないことを聞く。
「……うん。まあまあかな」
昔はどんな会話をしていたのだろう?
他愛のない会話をしていた気がする。
記憶にモヤがかかったように、うまく思い出せない。
「隣いい?」
シンモラがためらいがちに尋ねてきた。
うん、とスルトは頷く。
シンモラがスルトの隣にちょこんと腰を下ろした。
「……」
それからしばらく、無言の時間が続く。
お互い、なにか言おうとしたが、何を言ったら良いのかわからなず口を閉ざす。
かつて毎日のように話していた相手なのに……。
二人の距離が開いてしまったのは、年月のせいか、過去に起きた出来事のせいか、それとも……。
「ねえ、覚えてる?」
シンモラが思い切って口を開く。
「な、なに……?」
スルトが、びくん、と驚いたように肩を上げた。
「昔さ、よく村を抜け出したよね」
スルトは必死に過去を思い出しながら、
「あー、うん。そんなこともあったな」
頬をかいて、曖昧な答えを返す。
「ほら。スルトが森で迷子になっちゃって」
ふふっ、とシンモラが笑う。
「……」
「迷子になって泣いてたでしょ」
「そんなこと……」
ない、と言おうとしたが否定ができない。
「私が見つけたとき、木の陰でうわ~んって泣いてたよね?」
「なんでそんなこと覚えてんだよ?」
スルトは呆れたように、安堵したようにため息を吐く。
そんなどうでも良い記憶なら、覚えてなくても良かった、と。
シンモラはあははっ、と笑った。
「あのときもこんな夜だったよね」
「そうか?」
「……そうだよ」
「よく覚えてるな?」
「忘れられないよ」
シンモラは夜空を眺めながら言う。
「忘れるわけないよ。だって大事な思い出じゃん?」
シンモラがニカッと笑う。
逆にスルトは顔をこわばらせ、シンモラから視線を外した。
「そうか……大事な記憶なのか」
スルトはうつむきながらぎゅっと拳を握る。
「ごめん」
「ん? なんで謝るの?」
シンモラがキョトンとした顔をする。
「実は……あんまり覚えてないんだ」
スルトはあの日から、村を焼かれてからずっと記憶があやふやだった。
村で過ごした記憶が薄れていた。
忘れている。
思い出せない。
まるで記憶に蓋をしているように。
村が焼かれたときのことは、記憶に刻まれているというのに――。
それ以外を忘れてしまった。
「大丈夫だよ」
シンモラがそっとスルトの手を握る。
「忘れたならまた作ればいいじゃん」
スルトは顔を上げる。
シンモラの眼差しが眩しきうつる。
「過去は過去だよ。わたしたちは現在を生きてるんだ」
スルトは目を見開く。
そうだ……と彼は少しだけ過去を思い出した。
暗くて不安で誰もいなかった森の中。
ぽつんと木の陰で座り込む自分。
そのとき初めて本当の孤独というものを知った。
孤独は冷たいものだ、とそのとき感じた記憶がある。
でも、そのとき少女が、シンモラが駆けつけてきてくれたことも記憶にある。
温かく感じた。
誰かが近くにいるのは、こんなにも心地よいものなんだとそのときは思った。
シンモラがスルトを村まで導いてくれた。
そして月日が経ち――。
スルトは一度深い暗闇の中に落ちた。
目の前が何も見えない、暗く冷たい孤独を味わった。
だけどいま、スルトの周りにはたくさんの仲間がいる。
導いてくれたのはアークだった。
「うん……そうだな。そのとおりだよな」
スルトは力強く頷いた。
アークのおかげで今のスルトがいる。
過去に囚われず、前を向いて歩いていける。
「だから、ね……いなくならないでね?」
シンモラの瞳が揺れる。
彼女の不安が如実に表れていた。
それもそのはずだ。
今から行われるのは戦争だ。
不安にならないはずがない。
それに彼らは一度大切なものを失うという経験をしている。
その痛みを知っているから、人一倍何かを失うことに敏感だ。
「いなくらないよ、絶対に」
スルトはシンモラの手を力強く握りながら宣言した。
◇ ◇ ◇
本編でシンモラは主人公の前で死んでしまう。
その出来事がスルトの心を抉り、彼を復讐鬼に仕立て上げたのだ。
それから、原作のスルトは降りかかる災いに翻弄されながら、地獄へと続く道を歩いていった。
その最たる例がバベルの塔での出来事だ。
自らの手で仲間たちを、味方を大勢殺す、その引き金を引いた。
自分が死ねば復讐が成し遂げられない。
だからこそ、どんなことがあってもたとえ仲間をこの手で殺してでも生き延びることを選んだ。
そして最期一人になってでも、彼はヘルと戦った。
もう守る者は何もないというのに……。
シンモラの死が、スルトの現在を断ち切る引き金となり、彼を復讐の人に変えてしまったのだった。
だが、この世界でのスルトは既にアークによって救われていた。
さらにシンモラが生きていたことで、わずかに残っていた復讐心も綺麗さっぱり消えてしまった。
復讐より現在を生きようと決めたスルト。
これは原作との最も大きな乖離の一つである。
何が何でも復讐を成し遂げようとするスルトだからこそ、原作での彼はヘルを倒すことができた。
しかし、この世界でのスルトに、自らを犠牲にしてでもヘルを倒そうという気概はない。
守るべきものができてしまったスルトではヘルを倒すのは不可能だろう。
つまりそれは、原作の主人公がもはや原作の役割は果たさなくなったということ。
その役割が誰に託されたかということは……言うまでもなく、アーク・ノーヤダーマだろう。
少なくとも、ラスボスであるヘルはアークを最大の敵だと認識していた。
スルトとシンモラの再会は、いわば分岐点であり、主人公交代を決定づける瞬間であった。
しかし、非常に残念なことに、重大な役目を授かった張本人は、
「ふはははは! 伯爵はやはり最高だな! 人生イージーモードだぜ!」
と能天気にはしゃいでいる。
何も知らないアークが世界の命運を握っているという事実が、何よりも危険なことであろう。
スルトは名前を呼ばれ、振り返る。
そこには幼馴染のシンモラが立っていた。
死んだと思っていた人。
それが生きていると知ったのだから、その驚きは言葉に表せない。
「……シンモラ」
もし生きて会えたら、伝えたいことはいくらでもあった。
だが、いざこうやって会えても、言葉とは驚くほどに出てこないものだ。
二人の会えなかった時間が、心の距離となってあらわれていた。
「元気にしてた?」
スルトが当たり障りのないことを聞く。
「……うん。まあまあかな」
昔はどんな会話をしていたのだろう?
他愛のない会話をしていた気がする。
記憶にモヤがかかったように、うまく思い出せない。
「隣いい?」
シンモラがためらいがちに尋ねてきた。
うん、とスルトは頷く。
シンモラがスルトの隣にちょこんと腰を下ろした。
「……」
それからしばらく、無言の時間が続く。
お互い、なにか言おうとしたが、何を言ったら良いのかわからなず口を閉ざす。
かつて毎日のように話していた相手なのに……。
二人の距離が開いてしまったのは、年月のせいか、過去に起きた出来事のせいか、それとも……。
「ねえ、覚えてる?」
シンモラが思い切って口を開く。
「な、なに……?」
スルトが、びくん、と驚いたように肩を上げた。
「昔さ、よく村を抜け出したよね」
スルトは必死に過去を思い出しながら、
「あー、うん。そんなこともあったな」
頬をかいて、曖昧な答えを返す。
「ほら。スルトが森で迷子になっちゃって」
ふふっ、とシンモラが笑う。
「……」
「迷子になって泣いてたでしょ」
「そんなこと……」
ない、と言おうとしたが否定ができない。
「私が見つけたとき、木の陰でうわ~んって泣いてたよね?」
「なんでそんなこと覚えてんだよ?」
スルトは呆れたように、安堵したようにため息を吐く。
そんなどうでも良い記憶なら、覚えてなくても良かった、と。
シンモラはあははっ、と笑った。
「あのときもこんな夜だったよね」
「そうか?」
「……そうだよ」
「よく覚えてるな?」
「忘れられないよ」
シンモラは夜空を眺めながら言う。
「忘れるわけないよ。だって大事な思い出じゃん?」
シンモラがニカッと笑う。
逆にスルトは顔をこわばらせ、シンモラから視線を外した。
「そうか……大事な記憶なのか」
スルトはうつむきながらぎゅっと拳を握る。
「ごめん」
「ん? なんで謝るの?」
シンモラがキョトンとした顔をする。
「実は……あんまり覚えてないんだ」
スルトはあの日から、村を焼かれてからずっと記憶があやふやだった。
村で過ごした記憶が薄れていた。
忘れている。
思い出せない。
まるで記憶に蓋をしているように。
村が焼かれたときのことは、記憶に刻まれているというのに――。
それ以外を忘れてしまった。
「大丈夫だよ」
シンモラがそっとスルトの手を握る。
「忘れたならまた作ればいいじゃん」
スルトは顔を上げる。
シンモラの眼差しが眩しきうつる。
「過去は過去だよ。わたしたちは現在を生きてるんだ」
スルトは目を見開く。
そうだ……と彼は少しだけ過去を思い出した。
暗くて不安で誰もいなかった森の中。
ぽつんと木の陰で座り込む自分。
そのとき初めて本当の孤独というものを知った。
孤独は冷たいものだ、とそのとき感じた記憶がある。
でも、そのとき少女が、シンモラが駆けつけてきてくれたことも記憶にある。
温かく感じた。
誰かが近くにいるのは、こんなにも心地よいものなんだとそのときは思った。
シンモラがスルトを村まで導いてくれた。
そして月日が経ち――。
スルトは一度深い暗闇の中に落ちた。
目の前が何も見えない、暗く冷たい孤独を味わった。
だけどいま、スルトの周りにはたくさんの仲間がいる。
導いてくれたのはアークだった。
「うん……そうだな。そのとおりだよな」
スルトは力強く頷いた。
アークのおかげで今のスルトがいる。
過去に囚われず、前を向いて歩いていける。
「だから、ね……いなくならないでね?」
シンモラの瞳が揺れる。
彼女の不安が如実に表れていた。
それもそのはずだ。
今から行われるのは戦争だ。
不安にならないはずがない。
それに彼らは一度大切なものを失うという経験をしている。
その痛みを知っているから、人一倍何かを失うことに敏感だ。
「いなくらないよ、絶対に」
スルトはシンモラの手を力強く握りながら宣言した。
◇ ◇ ◇
本編でシンモラは主人公の前で死んでしまう。
その出来事がスルトの心を抉り、彼を復讐鬼に仕立て上げたのだ。
それから、原作のスルトは降りかかる災いに翻弄されながら、地獄へと続く道を歩いていった。
その最たる例がバベルの塔での出来事だ。
自らの手で仲間たちを、味方を大勢殺す、その引き金を引いた。
自分が死ねば復讐が成し遂げられない。
だからこそ、どんなことがあってもたとえ仲間をこの手で殺してでも生き延びることを選んだ。
そして最期一人になってでも、彼はヘルと戦った。
もう守る者は何もないというのに……。
シンモラの死が、スルトの現在を断ち切る引き金となり、彼を復讐の人に変えてしまったのだった。
だが、この世界でのスルトは既にアークによって救われていた。
さらにシンモラが生きていたことで、わずかに残っていた復讐心も綺麗さっぱり消えてしまった。
復讐より現在を生きようと決めたスルト。
これは原作との最も大きな乖離の一つである。
何が何でも復讐を成し遂げようとするスルトだからこそ、原作での彼はヘルを倒すことができた。
しかし、この世界でのスルトに、自らを犠牲にしてでもヘルを倒そうという気概はない。
守るべきものができてしまったスルトではヘルを倒すのは不可能だろう。
つまりそれは、原作の主人公がもはや原作の役割は果たさなくなったということ。
その役割が誰に託されたかということは……言うまでもなく、アーク・ノーヤダーマだろう。
少なくとも、ラスボスであるヘルはアークを最大の敵だと認識していた。
スルトとシンモラの再会は、いわば分岐点であり、主人公交代を決定づける瞬間であった。
しかし、非常に残念なことに、重大な役目を授かった張本人は、
「ふはははは! 伯爵はやはり最高だな! 人生イージーモードだぜ!」
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