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第2章 風紀委員編

31. 寂しくないのですか?

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 カフェに来た。

 最近できたばかりのカフェらしいんだけど、ここイケメン多くない?

 イケメンパラダイスってやつか?

 俺、ぜんぜん嬉しくないんだけど。

 美女がいっぱいいるほうがいい。

 てか、男の客とか俺だけだし。

 めっちゃ肩身狭いんだけど……。

 俺と妹は向かい合わせに座っている。

 そして俺の横にはミーアがいる。

 妹と二人では気まずいから、ミーアにはついてきてもらった。

 俺は小心者なんだ!

 なぜかミーアも緊張した顔をしている。

 人選間違えたか?

 クラリスのほうが良かったんじゃないか?

 いやミーアは風紀委員だし、こっちで間違いないはずだ。

 それについてきてもらったんだし、俺が文句を言えることでもない。

「えっとアランくんの妹さんですよね?」

「はい。そういう認識は……あまり嬉しくありませんが」

 え、なにその言い方。

 俺の妹ってのが嫌なわけ?

 まあ気持ちはわかるよ。

 落ちこぼれの俺の妹なんて嫌だよな。

 でも、かなりショックだよ。

 ミーアがごほんと咳払いをしてから、自己紹介を始めた。

「はじめまして。ミーア・ミネルヴァです。本日はお忙しいところ、お時間を割いていただき、ありがとうございます」

 え、ミーアさん硬くない?

 なにその挨拶。

 硬すぎてビビったわ。

 ここそんなに正式な場じゃないからね?

「あのミーアさん? そんなかしこまらなくていいからね?」

「え? そ、そうなんですか?」

「うん」

 ミーアって常識が欠けてるところあるからなー。

 まあ人とあんまり関わってこなかったから仕方ない。

「はじめまして。テトラ・フォードと申します。いつも兄様がお世話になっております」

 妹がペコリと挨拶する。

 良かった。

 テトラはミーアに対して偏見を抱いていないようだ。

「え、えっとお世話になってるのは私のほうというか……なんというか」

「ミーア。それ世辞のようなもんんだから。そんなに真剣に応えなくていいよ」

「え? そうなのですか?」

「うん」

 ミーアってほんとに他人と話したことないんだな。

 心配だ。

 って、待てよ。

 俺、ミーア、妹の三人って、コミュ力最悪の三人なんじゃないか?

 これヤバい気がしてきた。

 なんとか俺がリードしないと……。

「突然カフェなんて誘って悪かったな」

「別に気にしてません」

「今日はちょっと話があるんだ」

「兄様から話があるとは珍しいですね」

 まあ最近はほとんど話してなかったしな。

「風紀委員に入るつもりないか?」

「なぜでしょう?」

 いやなぜって言われても。

 風紀委員が人手が足りないからだよ。

 このままじゃあ俺一人でヤバいんだ。

 兄様を助けておくれ。

「風紀委員が人手不足なんだ」

「風紀委員になりたい人などたくさんいるでしょう」

「なりたいと、なれるかは違うだろ」

 オリヴィアの基準って意外と厳しんだよな。

 俺が入れたくらいなんだから、てっきり誰でも入れると思ったけど、そうでもないらしい。

 実際、風紀委員に入会希望出したやつはそれなりにいたんだと。

 でも、実力が伴わないと言って、ジャン以外全員断ったとのことだ。

 そのジャンからも逃げられる始末だ。

「私はなりたいとは思いません」

 まあ、そうなるよな。

 妹が風紀委員に興味がないことくらい、だいたい予想できていた。

「話は以上ですか?」

「あ、ああ」

 やべっ。

 これで交渉終わりになっちまう。

 何か考えないと……。

 ダメだ。

 ポンコツの俺の頭では何も思い浮かばない。

 ちらっとミーアを見る。

 ミーアはずっとテトラを見つめていた。

「寂しくないのですか?」

 妹がピクッと動きを止め、ゆっくりとミーアの目を見る。

「寂しいとは?」

「一人は寂しくないのですか? 私は寂しかったです」

 ミーアがぎゅっと手を握るのがみえた。

「アランくんが現れるまで一人で生きてきました。それが普通だと思ってましたけど、やっぱり寂しかったです」

「……そうですか」

「はい。そうです。一人で食べるご飯よりも二人で食べるご飯のほうが美味しいです」

 ミーアの言葉には重みがあるよな。

 俺が同じこといっても全く響かないと思うし。

 でもご飯は誰かと食べるのが美味しいってのは同感だ。

 ボッチ飯とか泣きたくなるし。

「ご飯の味に違いがあるとは思いませんが?」

 なるほど。

 俺やミーアと違って、妹は一人でも大丈夫って感じなんだろうな。

 その精神が羨ましいよ。

「じゃあこうして一緒に食べるご飯も味は変わらないんだな?」

「いえ、ここの料理は学園のものと比べて味が落ちます」

 そういうことじゃねーよ。

「はあ……」

 前途多難だ。

 風紀委員に誘うとかそういう話以前に、普通に会話が通じる気がしない。

 その後、結局、妹を風紀委員に入れることはできなかった。

 マジで無理ゲーでしょ、これ。

◇ ◇ ◇

 テトラは自分の部屋に戻ってきた。

 質素な部屋だ。

 生活に必要最低限なものしか置いていない。

 しかしその中に、ひときわ目立つものがあった。

 全身を写せる大きな鏡だ。

 テトラは鏡を見つめた。

 そこには無表情な少女が映し出されていた。

――まるで人形のようですね。

 テトラでさえ、自分をそう評するほど鏡の中の自分は表情に乏しかった。

 ふとミーアの言葉が頭によぎった。

『寂しくないのですか?』

 テトラはだれにともなく呟く。

「……寂しいってなんですか?」

 彼女にはわからない。

 けれど、ほんの少しだけ心がざわついた。
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