転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

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<前編>

第37話 Side レジナルド 子供たちのために

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「クリスタラー令嬢で間違いないようです」

 大粒の涙を流し、身内に罰がくだされるのを怖がった少女。
 すました顔をしている時はそうは思わなかったが、感情が露わになればもっと幼い気がした。

 クリスタラー令嬢といえば、タデウスと同い年だから16歳か。
 声を出せないようにし、自由を奪い顔に袋を被せ連れ去った。連れてこられる間もずっと泣いていたという。16歳の少女にとてつもない恐怖を味わわせた。

 身を偽る方が悪いと言えばそれまでだが、境遇を考えれば不憫に思う。
 禄は屋敷の修繕費にも足りないという。古いものを直すには確かに作り直すこともあり金がかかるのも確かだが、禄は十分に支払われているはずだ。毎年、予算案会議ではクリスタラー家の禄がどうにかならないのかという意見が飛び出すのだから。あの金額を3つぐらいに振り分けても、どの部署もひと事業は立ち上げることができる。

 嘘を言っているようには見えなかった。だからといって身なりに金をかけているようでもなく、浪費癖があるようにも見えなかった。秘密裏に調べてみれば、男爵家に届く前に幾人もから横領されわずかしか届いていなかった。それでは新米の文官の半額にも届かない。それこそよく今まであの広さの領地をまわしていたものだと称賛に値するものだった。
 男爵から上がってくる請願書は、それを告げられては困るものが握り潰していたようだ。
 そう報告すれば、陛下は頭を押さえた。煩わせたことが申し訳なく頭を下げる。

「私の監督不行届きでした。申し訳ありません」

「いや、余こそ見えていなかった。ゲルスターの当主としてあの地には特に気をつけなければならなかったのに、何も見えていなかった」

 確かにあの地の成り立ちは気の毒ではあるが、それは何百年も前の話。今はあの地もあの者たちもゲルスターの民であることは間違いない。陛下が民に心をおくのはありがたいことだが、いち領民に心を砕くのは問題が生じる。

「……それで横領していた者たちをどう処分するのだ?」

「春の夜会の後、関わったものは全て、没収しクリスタラー家に返上させ、のち追放いたします」

「一階級下げるだけではなく、そして春の夜会の後……ということはアレに関わっているのか?」

「それを見極めるのに殿下たちの賭けが終わったところで判断し、一斉に処分したいと存じます。……クリスタラー家のことを調べるうちに、さらにとんでもない話が出てきました」

 陛下は顔を伏せる。

「なんだ?」

「6年前、先代のクリスタラー男爵が亡くなった時、ファニー嬢の後見人になると幾人もの者が名乗りをあげたそうです」

「先代の弟が継いだのではなかったか?」

「そうです。見兼ねてだったそうです。後見人になり土地を外国に売り、国を捨てる気だったようです」

 陛下は息を飲んだ。
 領地自体はゲルスターのものだから売れるものではない。ただ外国籍の者がその場所に対価を払い住むことはできるだろう。精霊の生まれる地とされる場所に憧れがあるものがいるのも確かだが、あの地を欲しがる理由。ゲルスターがクロエールを欲した理由と同じに違いない。
 その先にあるブーケンとラング、鉱物の採れる豊かな地。鉱山のある土地を買うには国の許可がいる。だからまだ買われてはいないが、その周りをじわじわと買っているものたちがいた。クリスタラー領を拠点にできなかったから、身バレしても外国籍でない自分たちで買い占めるしかなかったのだろう。

「子供の留学先だったり、結婚をさせて移り住んだ者もおりました。あの地を買おうとしている者がいます」

「戦争をおっぱじめる気か」

 陛下のため息は深くなる。

「例のあの男爵の最終目的はそれか?」

「それはまだわかっておりません」

「なんてことだ、6年も前から計画されていたのか?」

「現クリスタラー男爵が継いでいて良かった。他の者が後見人になり莫大な禄を手にしていたら、もっと早い段階でブーケンやラングを占領されていたかもしれません」

「で、どう対処した?」

「こちらの手の者を送り込み、ブーケンやラングの領主がどちら側か見極めさせております」

 もし領主も取り込まれていたら、すでに鉱石は大量に外国に渡っているかもしれない。武器を蓄えられているかもしれない。
 クロエールやブーケン、ラングを領地にした時から、ゲルスターは侵略されそうになったことはない。強大な領地ゆえに民が多く、徹底的に叩き潰すことを良しとし、かつ好戦的な民族性を恐れられたこともあるが、何より精霊に愛されている実りの多い地であり、鉱山も手にしている。戦いが長く続いたらどちらが不利かは一目瞭然だ。
 もちろん攻め込むなんて考えが起きないよう根回しはしているし、目は光らせているが、表立って攻撃してくる国は長い年月をおいてなかった。だが、水面下で画策をしている者がいたようだ。

「精霊王の指輪はクリスタラー家にどう作用するのでしょう?」

「賭けに食いこまされたということは、クリスタラー嬢にも何かしらの役割があるのだろう。だが……」

 陛下は一息つく。

「精霊王の指輪、あれには何の効力もない」

「はい、記述にはそう書かれておりますが……」

「事実だ。指輪や物に精霊は執着しない」

 私は王をそっと見上げた。

「あの指輪はあの地がゲルスターの一部と証明されるためにあるわけでも、精霊王との約束のために作られた物でもない。クリスタラー家がゲルスターに属さなければいけないと思わせるための布石なのだ」

 ……そうだったのか。

「指輪も何も関係ない。クリスタラー家の者が国を出て行ったら、精霊たちはついて行く。精霊の森? 精霊がいなくなればただの森になるだけだ」

 ? クリスタラー家がゲルスターに属さなければいけないと思わせる対象はクリスタラー家ではなく、クリスタラー家以外の人々だったのか。

「我が国は潤っておる。災害があっても他の国より小さくすむ。それは精霊が多くいるおかげだ。その精霊たちがいるのも、緑の乙女がこの地にいるからなのに、それを蔑ろにしてしまった」

「精霊たちはなぜ、クリスタラー家に寄り添うのでしょう?」

「ああ、創世記からは外したが、それは神が喧嘩ばかりする光と闇の精霊を消滅させようとした時に、昼と夜がないと困ると緑の乙女が進言し、ことなきを得たからだ。ガーランドが持ち出した初代の教本にはそれが書かれている」

 指輪より、教本の方がまずい物だったのか。

「だから指輪の方が大切なようにアントーンに奪還を命じたのだ」

 指輪はフェイク。

「クリスタラー家は、それを知っているのですか?」

「先代は、その先代から引き継いだ時に聞いているだろう。現当主は突然の事故だったそうだから伝えられていないだろう」

「春の夜会に招いたのはそれを伝えるためでしたか?」

「緑の乙女は社交界デビューしていないと聞いた。引っ張り出すのにもちょうどいいと思った。当主と緑の乙女に、どこで暮らしてもいいことをな。ただ、土地でなく人に精霊がついていくと知れば、その〝人〟をどうにか囲い込もうとする者も現れるだろう。精霊が緑の乙女を守ってくれればいいが、それは確証がない。それが不安材料だな。これからもこの国で暮らすなら禄も今まで通りにし、精霊の力を欲する者に拐かされたりしないよう精霊王の指輪でゲルスターに属さなくてはならないように知らしめるとな」

 精霊の存在は誰もが信じているわけではない。私だって半信半疑ではある。あの少女に精霊がついていくと聞いても、そうだとしてそれで何が起こるのだろうという気はしている。ただ事実はどうであれ、何がどうなるかはわからなくても、金になるかもということに鼻が利くやつがいて、かもしれないという希望的観測だけで人道的に許されないこともする者がいるのだ。あの少女がそんな犠牲になることだけは避けたいと思う。

「だが、……それを余が伝えるのがいいのかが分からなくなってきた。奴らの目的がはっきりとわからない。そんな時に精霊の加護があるのは領地の森にではなく、緑の乙女だと知られたらあの者を危険に晒すのではないか? 伝えるにしても奴らの目的が分かってからだ」

 私は頷いた。
 身に緑を持つ乙女が生まれなくなってからも、我が国は他国と比べると驚くほど潤っている。それが代々の国の重鎮たちがクリスタラー家に禄を払うのを止めなかった理由でもある。見えないし、本当に精霊がいるものなのかもわからないし、クリスタラー家に緑を持つ者が生まれなくても、クリスタラー家の領地を中心として波紋を描くように実りが多いのだ。これは公文書には掲げない事実である。箝口令を敷いているわけでもないし、少し調べたり、考えたりすればわかることだが、〝精霊〟というわからないものに対しての畏怖があるのか、目眩しになっているようだ。

 陛下はクリスタラー家に思いを馳せていたのだろう。

「現当主は結婚しなかったか?」

 ふと首を傾げられる。
 もちろんそれも調べて気の毒になってしまった。

「しましたが、……それが令嬢が成人するまでの後見人当主というのをわかっていなかったようで……」

 陛下が絶句している。

「自分に子供が生まれても緑の乙女になれないとわかった途端、クリスタラー令嬢に酷い扱いをするようになり、それを叱った当主に……」

「離婚か」

「方々から金を借りて借金を当主に背負わせての離婚だったそうです」

 陛下がため息をつかれる。

「……現当主のご両親も、前緑の乙女のご両親もクリスタラー令嬢が生まれ1年以内にみんな亡くなられたそうで、領地内で令嬢がよくない気でも持っているのではないかと噂が流れたようです。令嬢のご両親はもちろんそんなことを考えず令嬢を愛して育てた。現当主である弟も一緒に領地に住んでいたようですね。そして留学させ……。そんなことから、現当主は兄夫婦に恩を感じ、姪の令嬢も可愛がっているようです」

「イザークが持ち出したのは、なんだったのだ?」

 突然の話題転換で、思わず私がいいよどむと陛下はおっしゃった。

「無理に言わなくてよろしい。お前が口を閉ざすものなら却って想像がつく。風水の断罪に関係があるのだな」

「申し訳ありません」

「何代も前の話だ。お前が謝ることではない」

「でもあれが晒されたら、王家にも国にも」

「だが、そうなるなら、それはいい機会だと思う」

 さすがに陛下のおっしゃることがわからない。

「その時は余が全部ひっくるめて去ればいい。子供たちにそれで遺恨を継がせなくて済む」

 笑みが漏れた。

「それは素晴らしい。その時はご一緒させてください」

「そんなことをしたらスペンシアにあの世で怒られる」

「私は褒められると思います」

 ふっと陛下が笑う。

「それはそれとして、子供たちをただ荒野に放すわけにはいかない」

「同感です」

 男爵か、その後ろにいる者かはわからないが、何者かが国を引っ掻き回そうとしている。次代の子供たちを巻き込んで。私たちが育ててきた子供たちは生半可なことでは倒されることはないと思っていたが、〝愛〟に翻弄される者が後を絶たなかった。ただ、翻弄された者もいたが、それを助けたいと擁護する者も現れた。生きていればいろんなことが起こる。失敗することも、立ち直れないぐらいに打ちのめされることもある。けれど、必ず立ち上がろうとする、助けようとする勢力も生まれてくるのだ。だから、任せられる。主力は移り変わっていくのだ。
 降ってくる火の粉を払ってやることはできない。もう自分で払えるようになっているし、払えないものに手を差し伸べることもできるようになっていた。だから、助けはしない。打ち当たり打ちのめされながらも考え突き進むことが力になる。未来の礎になる力を得る機会を奪うのは無粋だからな。

 ただこの件には薄暗い何かが関係している。薬とも魔術とも違う何かで、そして精霊と何かしら関係することが。子供たちの邪魔にならないように、それでいて邪悪なものはそうと暴かなければならない。人というのは良くも、そして言葉が思いつかないほど醜悪になることもあるのだと示すべきだろう。きっとそれが教えてやれる最後のことになるだろう。
 希望をもち、報われることが当たり前だと思い込んでいる子供たちに。
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