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ガラスの靴
②
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私が応接室に足を踏み入れたとき、アディフはソファーに腰を落ち着け、どこか退屈そうな表情を浮かべていた。
アディフの傍らには、侍従というよりも、何かの職人といった雰囲気の中年男性が控えている。
「お待たせしました、殿下。リリアンテでございます」
挨拶して顔を上げると、アディフが眉をひそめているのが見えた。
何か間違えただろうかとヒヤリとしたが、私の顔をまじまじと見ているその様子から、昨夜と違いそばかす顔でないことに違和感を覚えているらしい。
さて、どう対応すべきだろうか。
そう悩んでいると、アディフの応対をしていたエライザが、皮肉っぽい口振りで言った。
「あら。今日はお化粧のノリがいいじゃないの」
「えっ? いえ、今は化粧は……」
私の言葉を遮るように口を開くのは、エライザの隣に座るルミアである。
「やだお姉様ったら。殿下をお待たせして何をしているのかと思ったら、お化粧に手間取っていらしたのね」
私は反論よりも先に、応接室のテーブルを見やった。アディフの前には紅茶が出されており、半分ほど口にした形跡がある。
してやられた。
アディフが屋敷を訪れたのはつい先ほどではないのだろう。あえて私に伝えるのを遅らせたのだ。
(私が来るまで代わりに応対するという形をとって、殿下との仲を深めようとしているわけね)
とはいえ何の理由もなく私が出てこないのは不自然だ。そこで殿下を待たせてまで化粧をしていた不敬な人物だと、そう思わせるつもりらしい。
アディフは訝しげな様子で言った。
「化粧? 確かに昨夜とは様子が違っているが、では舞踏会では化粧をしていなかったというのか?」
「最初はしていましたけれど、舞踏会の途中ですっかり落ちてしまったのですわ。お姉様は汗かきなので」
……おい。
それ不敬な人物と思われるよりもダメージ大きいんだが。
相変わらずルミアは私を貶めることにかけては天才だ。得意なことを聞かれたら、姉に意地悪することだと胸を張って言えることだろう。
憤りはもちろん感じたものの、アディフの前で醜い姉妹喧嘩を披露するわけにもいかない。私はルミアの発言を脇にやって、アディフに問いかける。
「殿下、私にご用とのことですが、いったい何でございましょうか」
「なに、大したことではない。忘れ物を届けに来ただけだ」
アディフはそう言うと、傍に控えていた男性に目配せした。
すると男性は手に抱えていた箱からダンスヒールを取り出す。
それは私が昨夜履いていたものだ。ダンスを終えた直後、ルミアに脱がされた覚えはあるが、どうやらルミアはそのままホールに放置して帰ったらしい。
ただ、そのダンスヒールは、私の記憶にあるものと明らかに違う点があった。
折れたはずのヒールは元通りになっており、そのうえピカピカに磨き込まれ、まるでガラス細工のような光沢をたたえているのだ。
アディフが素っ気なく続けた。
「折れたヒール部分は直させた。履き心地を確かめてみるといい。違和感があれば調整させよう」
どうやら同行している人物は靴職人であるらしい。しかしまさか、届けに来てくれたうえ、この場で靴職人に調整させようとは。さすが王太子殿下。やることが贅沢だ。
「どうした? ダンスではあれほど奔放に振る舞っていたのだ。ここに来て遠慮などする必要はない」
うぅむ。昨夜は少しばかり好き勝手しすぎただろうか。アディフの私に対する心象がチクリと痛い。
ただ、すんなりヒールに足を通せない理由は他にもある。
なぜならこのダンスヒールの本来の持ち主は……
そのとき、ルミアが甘く弾んだ声を上げた。
「まあ! 見違えるほどキレイになっていますわね。愛着のある靴だったのですが、昨夜は足を挫いたお姉様に気を取られて、あの場に置いていってしまいましたの。
見つかってよかったですわ。ありがとうございます、殿下」
何が愛着のある靴だ。壊れた途端、私に押し付けたくせに。
私はルミアのデタラメに閉口するが、事情を知らないアディフは眉をひそめた。
「どういうことだ? これはリリアンテのものではないのか?」
アディフの傍らには、侍従というよりも、何かの職人といった雰囲気の中年男性が控えている。
「お待たせしました、殿下。リリアンテでございます」
挨拶して顔を上げると、アディフが眉をひそめているのが見えた。
何か間違えただろうかとヒヤリとしたが、私の顔をまじまじと見ているその様子から、昨夜と違いそばかす顔でないことに違和感を覚えているらしい。
さて、どう対応すべきだろうか。
そう悩んでいると、アディフの応対をしていたエライザが、皮肉っぽい口振りで言った。
「あら。今日はお化粧のノリがいいじゃないの」
「えっ? いえ、今は化粧は……」
私の言葉を遮るように口を開くのは、エライザの隣に座るルミアである。
「やだお姉様ったら。殿下をお待たせして何をしているのかと思ったら、お化粧に手間取っていらしたのね」
私は反論よりも先に、応接室のテーブルを見やった。アディフの前には紅茶が出されており、半分ほど口にした形跡がある。
してやられた。
アディフが屋敷を訪れたのはつい先ほどではないのだろう。あえて私に伝えるのを遅らせたのだ。
(私が来るまで代わりに応対するという形をとって、殿下との仲を深めようとしているわけね)
とはいえ何の理由もなく私が出てこないのは不自然だ。そこで殿下を待たせてまで化粧をしていた不敬な人物だと、そう思わせるつもりらしい。
アディフは訝しげな様子で言った。
「化粧? 確かに昨夜とは様子が違っているが、では舞踏会では化粧をしていなかったというのか?」
「最初はしていましたけれど、舞踏会の途中ですっかり落ちてしまったのですわ。お姉様は汗かきなので」
……おい。
それ不敬な人物と思われるよりもダメージ大きいんだが。
相変わらずルミアは私を貶めることにかけては天才だ。得意なことを聞かれたら、姉に意地悪することだと胸を張って言えることだろう。
憤りはもちろん感じたものの、アディフの前で醜い姉妹喧嘩を披露するわけにもいかない。私はルミアの発言を脇にやって、アディフに問いかける。
「殿下、私にご用とのことですが、いったい何でございましょうか」
「なに、大したことではない。忘れ物を届けに来ただけだ」
アディフはそう言うと、傍に控えていた男性に目配せした。
すると男性は手に抱えていた箱からダンスヒールを取り出す。
それは私が昨夜履いていたものだ。ダンスを終えた直後、ルミアに脱がされた覚えはあるが、どうやらルミアはそのままホールに放置して帰ったらしい。
ただ、そのダンスヒールは、私の記憶にあるものと明らかに違う点があった。
折れたはずのヒールは元通りになっており、そのうえピカピカに磨き込まれ、まるでガラス細工のような光沢をたたえているのだ。
アディフが素っ気なく続けた。
「折れたヒール部分は直させた。履き心地を確かめてみるといい。違和感があれば調整させよう」
どうやら同行している人物は靴職人であるらしい。しかしまさか、届けに来てくれたうえ、この場で靴職人に調整させようとは。さすが王太子殿下。やることが贅沢だ。
「どうした? ダンスではあれほど奔放に振る舞っていたのだ。ここに来て遠慮などする必要はない」
うぅむ。昨夜は少しばかり好き勝手しすぎただろうか。アディフの私に対する心象がチクリと痛い。
ただ、すんなりヒールに足を通せない理由は他にもある。
なぜならこのダンスヒールの本来の持ち主は……
そのとき、ルミアが甘く弾んだ声を上げた。
「まあ! 見違えるほどキレイになっていますわね。愛着のある靴だったのですが、昨夜は足を挫いたお姉様に気を取られて、あの場に置いていってしまいましたの。
見つかってよかったですわ。ありがとうございます、殿下」
何が愛着のある靴だ。壊れた途端、私に押し付けたくせに。
私はルミアのデタラメに閉口するが、事情を知らないアディフは眉をひそめた。
「どういうことだ? これはリリアンテのものではないのか?」
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