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ガラスの靴
③
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ルミアはしまったとばかりに口に手を当てるが、もちろんそれは白々しい演技だ。私の顔色をうかがうような素振りをしてみせたあと、申し訳なさそうな顔をして言う。
「実はこの靴はお姉様に言われて取り替えたのです」
「靴を? なぜそんなことを」
「それが、そのぉ……お姉様はすごくヤキモチやきなんです。
わたしが次々とダンスに誘われるのが気に入らなかったようで、わたしには少し大きい、お姉様のダンスヒールと交換させられたのです」
「なにを……」
口からでまかせをと反発しようとすると、それに被せるようにルミアが続けた。
「あ、でも誤解しないでくださいね、殿下。虐められてるとか、そういった剣呑なものじゃないんですよ。
お姉様の考えたちょっとした悪戯です。靴が合わずステップが乱れるのを見て、くすくす笑っていましたの。
もう、お姉様ったら意地悪なんですから。そんなことをするから天罰が下ってヒールが折れたんですわ」
言外に、お姉様は重いですし、という響きまで含んでいたように思う。
怒りで頭の中が真っ白になった。そしてその間隙をついて、エライザがルミアの虚言を後押しする。
「リリアンテ、またそんなつまらないことをしたのね。
あぁ、殿下の前でお恥ずかしい限りです。リリアンテは幼少の頃より気性が荒くて。血が繋がらぬとはいえ、我が子と変わらず愛してきたのですが、どうしてこうなってしまったのか……」
エライザは額に手をやり、はぁとため息をついた。しかしアディフから死角になるところで、私にニヤリと笑みを向ける。
ここまで外堀を埋められては、私が今さら何を言ったところで空虚な言い訳にしか聞こえまい。それを証明するように、アディフがふむと声を漏らして呟く。
「……どうやら根の深い問題を抱えているらしいな」
私はキュッと唇を噛んだ。
ここが私の限界なのだろうか。リリアンテはやはり、運命を切り開くことが叶わず、モブに相応しい人生を送るしかないのか。
それはつまるところ、私の転生がここで終焉することを意味する。私はもう二度と、彼と……。
私はアディフのことを静かに見つめた。
アディフはどこか苛立ちを滲ませた瞳で私を見返してくる。
互いに手探りするような沈黙が落ちた、次の瞬間。
「お取り込み中、失礼いたします!」
言葉とは裏腹に、少しも悪びれた様子のない声を発して、ロレットが応接室の扉を押し開けて入ってきた。
エライザが眉を吊り上げ叱責する。
「何です騒々しい! アディフ殿下がいらっしゃるのですよ!」
「申し訳ありません奥様。ですがこちらのお方がルミア様の怪我を大変気にしておられまして」
そう言って部屋に通したのは、舞踏会でルミアと踊っていたオマールだ。
オマールはアディフが来訪していることを知らなかったのだろう。明らかに及び腰になったが、同席しているルミアの姿を見つけると、あぁと安堵の声を上げる。
「ルミア嬢、よかった。足の具合はどうかな? もし良ければ、僕のかかりつけの医者を紹介することもできるけれど」
オマールの出現に面食らったのは他でもないルミアだ。
ルミアはひくりと頬を引きつらせて訊ねる。
「お、オマール様。どうしてこちらへ……?」
「君のお姉さんがお手紙をくれたんだよ。舞踏会で挫いた足は大事ないけれど、気になるようでしたらいつでもお見舞いにいらしてくださいと」
ルミアが仰天した顔で私のことを見やるが、私は素知らぬフリで淡々と告げた。
「舞踏会の間中、オマール様はルミアのことを気にされていたようだったので、ロレットに頼んでお手紙を送っていたのです」
私はちゃっかり応接室に留まっているロレットに視線をやった。
ロレットはグッと親指を立ててみせる。
「実はこの靴はお姉様に言われて取り替えたのです」
「靴を? なぜそんなことを」
「それが、そのぉ……お姉様はすごくヤキモチやきなんです。
わたしが次々とダンスに誘われるのが気に入らなかったようで、わたしには少し大きい、お姉様のダンスヒールと交換させられたのです」
「なにを……」
口からでまかせをと反発しようとすると、それに被せるようにルミアが続けた。
「あ、でも誤解しないでくださいね、殿下。虐められてるとか、そういった剣呑なものじゃないんですよ。
お姉様の考えたちょっとした悪戯です。靴が合わずステップが乱れるのを見て、くすくす笑っていましたの。
もう、お姉様ったら意地悪なんですから。そんなことをするから天罰が下ってヒールが折れたんですわ」
言外に、お姉様は重いですし、という響きまで含んでいたように思う。
怒りで頭の中が真っ白になった。そしてその間隙をついて、エライザがルミアの虚言を後押しする。
「リリアンテ、またそんなつまらないことをしたのね。
あぁ、殿下の前でお恥ずかしい限りです。リリアンテは幼少の頃より気性が荒くて。血が繋がらぬとはいえ、我が子と変わらず愛してきたのですが、どうしてこうなってしまったのか……」
エライザは額に手をやり、はぁとため息をついた。しかしアディフから死角になるところで、私にニヤリと笑みを向ける。
ここまで外堀を埋められては、私が今さら何を言ったところで空虚な言い訳にしか聞こえまい。それを証明するように、アディフがふむと声を漏らして呟く。
「……どうやら根の深い問題を抱えているらしいな」
私はキュッと唇を噛んだ。
ここが私の限界なのだろうか。リリアンテはやはり、運命を切り開くことが叶わず、モブに相応しい人生を送るしかないのか。
それはつまるところ、私の転生がここで終焉することを意味する。私はもう二度と、彼と……。
私はアディフのことを静かに見つめた。
アディフはどこか苛立ちを滲ませた瞳で私を見返してくる。
互いに手探りするような沈黙が落ちた、次の瞬間。
「お取り込み中、失礼いたします!」
言葉とは裏腹に、少しも悪びれた様子のない声を発して、ロレットが応接室の扉を押し開けて入ってきた。
エライザが眉を吊り上げ叱責する。
「何です騒々しい! アディフ殿下がいらっしゃるのですよ!」
「申し訳ありません奥様。ですがこちらのお方がルミア様の怪我を大変気にしておられまして」
そう言って部屋に通したのは、舞踏会でルミアと踊っていたオマールだ。
オマールはアディフが来訪していることを知らなかったのだろう。明らかに及び腰になったが、同席しているルミアの姿を見つけると、あぁと安堵の声を上げる。
「ルミア嬢、よかった。足の具合はどうかな? もし良ければ、僕のかかりつけの医者を紹介することもできるけれど」
オマールの出現に面食らったのは他でもないルミアだ。
ルミアはひくりと頬を引きつらせて訊ねる。
「お、オマール様。どうしてこちらへ……?」
「君のお姉さんがお手紙をくれたんだよ。舞踏会で挫いた足は大事ないけれど、気になるようでしたらいつでもお見舞いにいらしてくださいと」
ルミアが仰天した顔で私のことを見やるが、私は素知らぬフリで淡々と告げた。
「舞踏会の間中、オマール様はルミアのことを気にされていたようだったので、ロレットに頼んでお手紙を送っていたのです」
私はちゃっかり応接室に留まっているロレットに視線をやった。
ロレットはグッと親指を立ててみせる。
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