上 下
16 / 17
ガラスの靴

しおりを挟む
 昨夜の舞踏会は、巷では妃選びのために行われたのだと言われていたが、同様に、次回開催されるであろう舞踏会においても、ある噂がまことしやかに囁かれているのだ。

(私と踊ると、あらぬ誤解を生みかねないと思うのだけれど)

 そんなことを考えていると、靴職人が紙に私の足型をトレースしながら、世間話を始めた。

「ふむ。リリアンテ様は実に素直な足をされていますな。
 何百足と靴を作っていますとね、歩き方や足の形を見ただけで、その人の人となりが大体わかってくるものなのですよ。あなた様は実に清楚で実直な方だ」

「いえそんな。私なんて」

「謙遜されることはありません。リリアンテ様の人柄を見抜いたからこそ、殿下は次の舞踏会でも是非にと仰っておられるのでしょうから。
 あぁ、そういえばご存知ですか?」

 そこでいったん言葉を切った靴職人は、どこか悪戯っぽい口調でこう続けた。

「次に開かれる宮廷舞踏会は、アディフ殿下がお妃をお披露目する場になるだろうともっぱらの噂なのです。
 はてさて、いったいどんな素敵な方が王太子妃となり、殿下と一曲踊られるのか。とても楽しみですな」

 ちょうどその噂のことを考えていた私は、思わず動揺してどもる。

「そ、それは単なる噂でしょう」

「そうとは言い切れませんよ。隣国との緊張が続くこの情勢で王太子殿下のご婚約が発表されれば、国威発揚にも繋がります。むしろこの時期をおいて他にないでしょう」

 確かにその通りであり、だからこそ昨夜の舞踏会で妃選びが行われるという噂が立っていたのだ。
 
 私はちらりとアディフの方を窺った。
 きっと昨夜のように、噂のことなど歯牙にもかけず一笑に付すことだろう。
 そう、思っていたのだが。

「おい。口を動かさずに手を動かせ」

 アディフはそんな台詞を憮然と吐いただけで、噂については否定しなかった。
 それはつまり……。

 私の鼓動が早鐘を打つように高まった。カァッと顔が熱くなり、アディフの目を見ていられなくなる。

 押し黙ってうつむいているうちに採寸ができたらしい。靴職人が「もう結構ですよ」という言葉を発した。
 と、その時だ。

 私の全身が不意に燐光に包まれた。窓は閉じているというのに、私の身体がふわりと風をまとうように揺らぐ。

 靴職人が小さな悲鳴を上げて腰を抜かした。
 アディフが目をむき、焦った声を上げる。

「リリアンテ、いったい何が……!」

 戦慄する二人とは違い、私はああと納得する。
 リリアンテの運命が覆ったのだ。十一回目のループが終わり、私はこれから別の可能性、新たな運命に立ち向かうこととなる。 
しおりを挟む

処理中です...