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ガラスの靴
⑧
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教会の鐘の音が響いてきた。正午を告げる合図。十二時の鐘の音が。
私は苦笑を漏らす。
サンドリヨンではないというのに、ここまで符合が合致するのかと。
私はすっくと立ち上がると、愕然となっているアディフに向かい、冗談めかして告げた。
「殿下、魔法が解けるのです」
「なん……だと?」
「十二時の鐘の音です。女神のかけた魔法が解けるのです。私はもう行かねばなりません」
それだけ告げて消え去ることはできた。事実、これまでのループではそうしてきたし、ここで何を語ったとしても、それは単なる自己満足に過ぎないとわかっている。
でも。それでも。
このループでのアディフは、今まで以上に私に親身になってくれた。不器用ながらも、私に朴訥にアプローチしてくれた。
ならば伝えよう。記憶には決して残らないと知りながらも、私の思いのたけを、あなたに。
私はフゥと一つ吐息を漏らすと、意を決して口を開いた。
「殿下。お慕い申しております」
アディフがはっと息を呑む。
私は畳み掛けるように続けた。
「最初は新たな生をまっとうするため、運命を覆す選択肢として、殿下との出会いを重ねました。
ですが、幾度も運命を巡るうちに、殿下の孤独を知り、高慢な仮面の下に隠れた優しさに惹かれ、いつしかあなたの元に帰ることこそが、私が目指すべき終着点なのだと、そう考えるに至りました」
愛しています。
胸が張り裂けんばかりに。
「こんなことをお伝えしても、次にお会いする運命では、殿下は私のことを何も覚えておられないでしょう。
ですが、どうか、どうか……」
私は光の粒子になりかけている腕をスッと伸ばす。
気まぐれな運命を手繰り寄せようとばかりに。
「繰り返し、巡る運命の果てで、待っていてくださいませ。私が殿下の元に帰るその時まで」
アディフは頭の切れる人物だ。全貌は掴めずとも、私の発言の端々から、何かを察したらしい。
アディフの目に静かな怒りが灯った。なんの躊躇いも見せずに私に近付いてくると、目の前に立つ。
床にへたり込んだままの靴職人が慌てて言った。
「殿下、危険です! いったい何が起こるかわかりませんぞ!」
「ふん、何が危険なものか。それよりも、リリアンテ。お前は一つミスを犯したな」
いったい何を言っているのだろう。眉をひそめる私に対し、アディフはちょいちょいと下を指差した。
そちらに目をやってみると、そこには私の足型をトレースし、いくつかの数値がメモ書きされた靴の型紙が落ちている。
「わからんか? 確かに魔法は解けるのだろう。お前は言いたいだけ言って、俺の前からこつ然と姿を消すのだ。有名な童話のようにな。
だが、お前はうかつにも、こうして靴を残した。俺にははっきりと見えるぞ。透き通るように澄明で、息を呑むほどに美しいガラスの靴がな」
アディフは腕を差し伸べてくる。
ダンスに誘うように、私の手をそっと握る。
「侮るなよリリアンテ。俺はミルドレッド王国次期国王、アディフ・ミルドレッドだ。
お前が俺の元に帰り着くまで待つような悠長なことなどしない。どんな運命が立ち塞がろうが知ったことか。このガラスの靴がぴったりと合うお前を、草の根分けても必ず見つけ出してみせる。
だから、リリアンテよ」
アディフはそこで柔らかく微笑むと、心を込めて、その一言を紡いでくれた。
「俺の妃となれ」
万感の思いが溢れた。涙が頬を止めどなく伝い落ちる。
私が言葉もなく何度も、何度も頷くなか、靴職人の呟きが耳に届いた。
「あぁ、何ということだ。まるで本物のサンドリヨンじゃないか……」
私の肉体が、意識が、光と溶け合って消えていくのがわかる。
だけど、もう不安はない。幾度運命を巡ろうとも、アディフはこうして、私の手を取ってくれることだろう。
そしてまた踊るのだ。
ガラスの靴でステップを刻み。
笑顔で見つめ合いながら。
私たちは共に、永遠の愛を紡ぐ。
私は苦笑を漏らす。
サンドリヨンではないというのに、ここまで符合が合致するのかと。
私はすっくと立ち上がると、愕然となっているアディフに向かい、冗談めかして告げた。
「殿下、魔法が解けるのです」
「なん……だと?」
「十二時の鐘の音です。女神のかけた魔法が解けるのです。私はもう行かねばなりません」
それだけ告げて消え去ることはできた。事実、これまでのループではそうしてきたし、ここで何を語ったとしても、それは単なる自己満足に過ぎないとわかっている。
でも。それでも。
このループでのアディフは、今まで以上に私に親身になってくれた。不器用ながらも、私に朴訥にアプローチしてくれた。
ならば伝えよう。記憶には決して残らないと知りながらも、私の思いのたけを、あなたに。
私はフゥと一つ吐息を漏らすと、意を決して口を開いた。
「殿下。お慕い申しております」
アディフがはっと息を呑む。
私は畳み掛けるように続けた。
「最初は新たな生をまっとうするため、運命を覆す選択肢として、殿下との出会いを重ねました。
ですが、幾度も運命を巡るうちに、殿下の孤独を知り、高慢な仮面の下に隠れた優しさに惹かれ、いつしかあなたの元に帰ることこそが、私が目指すべき終着点なのだと、そう考えるに至りました」
愛しています。
胸が張り裂けんばかりに。
「こんなことをお伝えしても、次にお会いする運命では、殿下は私のことを何も覚えておられないでしょう。
ですが、どうか、どうか……」
私は光の粒子になりかけている腕をスッと伸ばす。
気まぐれな運命を手繰り寄せようとばかりに。
「繰り返し、巡る運命の果てで、待っていてくださいませ。私が殿下の元に帰るその時まで」
アディフは頭の切れる人物だ。全貌は掴めずとも、私の発言の端々から、何かを察したらしい。
アディフの目に静かな怒りが灯った。なんの躊躇いも見せずに私に近付いてくると、目の前に立つ。
床にへたり込んだままの靴職人が慌てて言った。
「殿下、危険です! いったい何が起こるかわかりませんぞ!」
「ふん、何が危険なものか。それよりも、リリアンテ。お前は一つミスを犯したな」
いったい何を言っているのだろう。眉をひそめる私に対し、アディフはちょいちょいと下を指差した。
そちらに目をやってみると、そこには私の足型をトレースし、いくつかの数値がメモ書きされた靴の型紙が落ちている。
「わからんか? 確かに魔法は解けるのだろう。お前は言いたいだけ言って、俺の前からこつ然と姿を消すのだ。有名な童話のようにな。
だが、お前はうかつにも、こうして靴を残した。俺にははっきりと見えるぞ。透き通るように澄明で、息を呑むほどに美しいガラスの靴がな」
アディフは腕を差し伸べてくる。
ダンスに誘うように、私の手をそっと握る。
「侮るなよリリアンテ。俺はミルドレッド王国次期国王、アディフ・ミルドレッドだ。
お前が俺の元に帰り着くまで待つような悠長なことなどしない。どんな運命が立ち塞がろうが知ったことか。このガラスの靴がぴったりと合うお前を、草の根分けても必ず見つけ出してみせる。
だから、リリアンテよ」
アディフはそこで柔らかく微笑むと、心を込めて、その一言を紡いでくれた。
「俺の妃となれ」
万感の思いが溢れた。涙が頬を止めどなく伝い落ちる。
私が言葉もなく何度も、何度も頷くなか、靴職人の呟きが耳に届いた。
「あぁ、何ということだ。まるで本物のサンドリヨンじゃないか……」
私の肉体が、意識が、光と溶け合って消えていくのがわかる。
だけど、もう不安はない。幾度運命を巡ろうとも、アディフはこうして、私の手を取ってくれることだろう。
そしてまた踊るのだ。
ガラスの靴でステップを刻み。
笑顔で見つめ合いながら。
私たちは共に、永遠の愛を紡ぐ。
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(´;ω;`)続きがしりたいです……
続き書く予定だったんですが蛇足になりそうなので保留してます。この話はここで終わった方がキレイかなとか思ったり。
結末は当然ハッピーエンドです。
サンドリヨンですので。