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第二話 ローリント伯爵家の面々①
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瞼を開いてまず最初に目に飛び込んできたのは、きめ細やかでエレガントな白レースのカーテンだった。
しばらくしてそれが天蓋であり、自分がベッドに横たわっているのだと気付いた私は、ゆっくりと上体を起こす。
ベッドの傍には猫脚のサイドチェストがあり、お洒落なシェードランプがちょこんと載っている。
ロココ調のソファーに、曲線美が映える三面鏡のドレッサー。
ゆったりとした空間にアンティークな調度品が一分の隙もなく配置された、まさしく“お嬢様”のお部屋。
どうやら朝の早い時刻のようだ。窓から差し込む清冽な日差しに目を細めながら、私はドレッサーの前へと移動し、鏡の中を覗き込んだ。
反転した世界に映り込むのは、端正な顔立ちの少女だ。
肩口で切りそろえられたネイビーブルーの髪に、切れ長の瞳。軽く引き結ばれた唇は少し堅物な印象を与え、クールビューティーという表現がぴったりと当てはまる人物だ。
間違いない。『王立学園の聖女』の登場人物、シエザ・ローリントその人である。
「これが今の私……本当に転生したんだ……」
鏡にそっと触れ、シエザの輪郭をなぞっていた私は、やがてふとあることに気付いた。ドレッサーの台に視線を落とすと、お目当ての物がすぐ見つかる。
それはシエザのチャームポイントともいえる片眼鏡だ。私は片眼鏡を右目にかけてみた。シエザの理知的な印象がぐっと増し、思わず頬が緩む。
「うん、いい感じ。モブ扱いだし台詞もほとんどないけど、私けっこうシエザ好きなんだよなー。理想的なデキる女って感じだし」
そうしてひとり悦に入っていると、部屋のドアが控えめにノックされた。慌てて返事をすると、メイド服を着た女性が入ってくる。
年齢は二十歳そこそこくらいだろうか。そばかすの浮いた純朴そうなメイドさんだ。
記憶を辿るが、『王立学園の聖女』で見かけたキャラではない。
まあ、ここがゲーム内でも、王立学園だけで世界が完結しているはずもない。ゲームで描かれなかった場所でも、様々な人たちが息づき、生活しているのだろう。
それはさて置き、さあ困った。私はこのメイドさんの名前すら知らない。どう対応したものか。
頭を悩ませていると、メイドさんが先に口を開いた。
「お目覚めでしたか、シエザお嬢様。朝食の準備が整っております」
“お嬢様”という呼びかけに背筋がむず痒くなった。
しかし、喜んでばかりもいられない。シエザとして新たな人生を歩むためにも、あまりボロを出さないようにしなくては。
そう考えた私は苦肉の策として、眉間を押さえながらこう応じた。
「うーん。昨夜遅くまで起きてたから、何だか頭が回らないわ。それに少しボーッとする。風邪でもひいたかしら」
「まあ、それは大変です! すぐお医者様を!」
「大したことはないから大丈夫よ。お父様やお母様に心配かけたくないから、このことは内緒にしておいて。
ええと、あなたは……」
熱に浮かされている風を装いながらメイドを見返すと、彼女はすぐさま何かを察したように、軽く膝を折った。
「アルエ・ランドでございます、お嬢様」
「ああ、そうそう。アルエ、体調が戻るまでの間フォローしてちょうだい」
「かしこまりました、シエザお嬢様」
非の打ち所がないとはこのことだ。
いくらそれっぽい理由をつけたところで、側付きメイドの名前が出てこないなど不審がられて当然だが、アルエはそんな素振りなど微塵も見せない。よほど教育が行き届いているのだろう。
この分ならシエザの様子がいつもと違っていても余計な詮索はしてこないだろう。
私は安堵のため息をつき、アルエの手を借りながら、手早く着替えを済ませたのだった。
しばらくしてそれが天蓋であり、自分がベッドに横たわっているのだと気付いた私は、ゆっくりと上体を起こす。
ベッドの傍には猫脚のサイドチェストがあり、お洒落なシェードランプがちょこんと載っている。
ロココ調のソファーに、曲線美が映える三面鏡のドレッサー。
ゆったりとした空間にアンティークな調度品が一分の隙もなく配置された、まさしく“お嬢様”のお部屋。
どうやら朝の早い時刻のようだ。窓から差し込む清冽な日差しに目を細めながら、私はドレッサーの前へと移動し、鏡の中を覗き込んだ。
反転した世界に映り込むのは、端正な顔立ちの少女だ。
肩口で切りそろえられたネイビーブルーの髪に、切れ長の瞳。軽く引き結ばれた唇は少し堅物な印象を与え、クールビューティーという表現がぴったりと当てはまる人物だ。
間違いない。『王立学園の聖女』の登場人物、シエザ・ローリントその人である。
「これが今の私……本当に転生したんだ……」
鏡にそっと触れ、シエザの輪郭をなぞっていた私は、やがてふとあることに気付いた。ドレッサーの台に視線を落とすと、お目当ての物がすぐ見つかる。
それはシエザのチャームポイントともいえる片眼鏡だ。私は片眼鏡を右目にかけてみた。シエザの理知的な印象がぐっと増し、思わず頬が緩む。
「うん、いい感じ。モブ扱いだし台詞もほとんどないけど、私けっこうシエザ好きなんだよなー。理想的なデキる女って感じだし」
そうしてひとり悦に入っていると、部屋のドアが控えめにノックされた。慌てて返事をすると、メイド服を着た女性が入ってくる。
年齢は二十歳そこそこくらいだろうか。そばかすの浮いた純朴そうなメイドさんだ。
記憶を辿るが、『王立学園の聖女』で見かけたキャラではない。
まあ、ここがゲーム内でも、王立学園だけで世界が完結しているはずもない。ゲームで描かれなかった場所でも、様々な人たちが息づき、生活しているのだろう。
それはさて置き、さあ困った。私はこのメイドさんの名前すら知らない。どう対応したものか。
頭を悩ませていると、メイドさんが先に口を開いた。
「お目覚めでしたか、シエザお嬢様。朝食の準備が整っております」
“お嬢様”という呼びかけに背筋がむず痒くなった。
しかし、喜んでばかりもいられない。シエザとして新たな人生を歩むためにも、あまりボロを出さないようにしなくては。
そう考えた私は苦肉の策として、眉間を押さえながらこう応じた。
「うーん。昨夜遅くまで起きてたから、何だか頭が回らないわ。それに少しボーッとする。風邪でもひいたかしら」
「まあ、それは大変です! すぐお医者様を!」
「大したことはないから大丈夫よ。お父様やお母様に心配かけたくないから、このことは内緒にしておいて。
ええと、あなたは……」
熱に浮かされている風を装いながらメイドを見返すと、彼女はすぐさま何かを察したように、軽く膝を折った。
「アルエ・ランドでございます、お嬢様」
「ああ、そうそう。アルエ、体調が戻るまでの間フォローしてちょうだい」
「かしこまりました、シエザお嬢様」
非の打ち所がないとはこのことだ。
いくらそれっぽい理由をつけたところで、側付きメイドの名前が出てこないなど不審がられて当然だが、アルエはそんな素振りなど微塵も見せない。よほど教育が行き届いているのだろう。
この分ならシエザの様子がいつもと違っていても余計な詮索はしてこないだろう。
私は安堵のため息をつき、アルエの手を借りながら、手早く着替えを済ませたのだった。
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