正しい悪役令嬢の育て方

犬野派閥

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第八話 やっぱ縦ロールでしょ⑤

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「そうだ! ブラドって学園随一の火魔法の使い手だったわよね!? ルフォートの風魔法と上手くかけ合わせれば、熱風出したりもできるんじゃない!?」
「む、無理だよ! 確かに火魔法は使えるけど、僕にそんな器用なことできっこない!
 僕の使う火なんて、夜中にトイレに行きたいとき、ランプに火を灯すために手元を照らすくらいしか使い道ないよ!」
「そのままランプ代わりにすればいいんじゃないの!? 何でわざわざランプ使うの!?」
「……!?」
「天才かよ!? みたいな目で見られた!
 あぁでもちょっと安心、ゲームでのちょっとおバカなブラドが見られた! やっぱ根っこは同一人物だ!」

 そんなやり取りをしていると、それまで黙ってカットされていたキュロットが、おずおずといった風に小さく手を挙げた。

「あの、火を使うのでしたら温度調節が難しいのではなくて? 少しだけ怖い気もしますわ」

 髪は女の命。キュロットの不安も当然のことだ。
 しかし、その点に関してはぬかりはない。私は人差し指を立てると、指先に氷魔法で小さな氷柱をいくつか生み出してみせた。
 キュロットが得心顔を浮かべるのを見て取った私は、自信に満ちた笑みを刻む。

「そっ。私は氷魔法が得意だから。温度調節どころか、火と合わせればスチームだって出せるんじゃない?」

 スチームアイロンの存在は知らなくても用途は伝わったらしい。ルフォートはぽんと手を叩く。

「なるほど。それなら確かに、この場で縦ロールにすることもできるな。ブラド、手伝ってくれるよな?」
「で、でも、失敗したら綺麗な髪を痛めちゃうかもしれないし……」

 ゲーム内では怖いもの知らずの豪胆なキャラだというのに、今のブラドは何とも頼りない。私はふうと一つ吐息を漏らすと、ビクついているブラドの背中をぱしーんと勢いよくどやしつけた。

「大丈夫! ブラドの潜在能力はゲームやり込んだ私が一番良く知ってるから! ブラドならやれる!」
「え? ゲームって何のこと?」
「ああもう、ブラドなんだからそんな細かいことは気にしない! ブラドの能力を信じてるんだから、黙って期待に応える! 返事は!?」

 そう発破をかけると、ブラドは及び腰になりながらも、「う、うん」と頷いた。

「それじゃさっそく……」

 私は瞳を閉じると精神を集中させていった。単なる氷を出現させるのは簡単だが、整髪のためとなると、大きな氷塊は役に立たないだろう。
 もっと細かく、舞い散る雪のように繊細に……。

 イメージが固まったところで、慎重に魔力を放出していった。すると周りで見物していたクラスメイトから、おぉと感嘆の声が上がる。
 ゆっくりと瞼を開くと、ぼたん雪にも似た氷の結晶が、きらきらと煌めきながら教室を舞っていた。

 『王立学園の聖女』の設定通り、シエザの氷魔法は同級生からすれば頭一つ抜け出ているらしい。
 ルフォートは驚嘆するようにヒュウッと口笛を吹き、ブラドは「すごい」と独白するように呟く。
 昨晩に氷魔法を見ているキュロットは、まるで我がことのように嬉しげな笑みを浮かべていた。

 少し照れ臭くなった私は、こほんと一つ空咳を挟むと、ブラドに目配せする。
 ブラドはすぐさまその意をくんだようで、私が先ほどやったように、瞳を閉じて精神統一に入った。やがてその身が淡い燐光に包まれたかと思うと、篝火から立ち上るような小さな炎が次々と生まれる。それはまるで蛍がダンスでも踊っているような、何とも幻想的な景色だ。
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