〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

文字の大きさ
3 / 26
第一章 枝垂れ桜の庭で

隔離

しおりを挟む
「花冷えゆうて、桜が咲いたら寒くなるんよ。舞妓ちゃんらにうつったらかなん」

初つ春はテキパキと塔子を2階奥の部屋に隔離した。

4月1日の初日から30日の千穐楽に至るまで、舞妓ちゃんたちは殆ど毎日〝都をどり〟出演する。それも1日3回だ。公演後は夜中までお座敷を勤めなければいけない。つまり年一番の稼ぎ時なので誰かが風邪をひくなんてとんでもない話なのだ。楽屋にも家にも栄養ドリンクが山積みされており、即ち根性論で乗り切ることを舞妓ちゃんたちは要求されている。

そんな鉄火場の中、不用意に熱を出した塔子は凡ゆる検査をうけさせられた。結果風邪というお墨付きをうけて隔離処分で済んだのだ。隔離部屋には山積みのレトルト食品と電子レンジ、紙の食器類が置かれている。トイレ以外は部屋を出るなということだろう。

二日間続いた高熱を耐えぬいた3月30日のお昼に襖をあけたら、ヤオイソのフルーツサンドが置いてあった。

(私が好きなマンゴーのやつだ)

塔子は母が好物を注文して置いてくれたんだと思うと嬉しく思った。お盆ごと部屋に引き込むと、布団で寝転びながらサンドイッチを頬張る。まだ意識は朦朧としながらも、何も考えずにはいられなかった。

(私も他の子と変わらない偽物の娘なんだよね。でも、愛されてないわけじゃない)

ひんやりとしたマンゴーの甘さが、愛されてる証拠だと思いたかった。血が繋がっていようがいまいが、母との関係が変わらない気がする。元々母とは一定の距離感があり、むしろ血が繋がっていないことを知ってしっくり来たとも思った。

しかし、本当の母が気にならないわけではない。

(都をどりの写真帖を漁れば勝つ春の写真を見つけられるんじゃないかな?)

おおよそ置いてある棚は目星がついていた。初つ春は思い出の品に関してはマメなので、育ててきた芸舞妓のインタビューや新聞記事を全部アルバムにスクラップしてある。

(古い方から調べればきっとママと同じ置屋に勝つ春という芸妓がいるはずだ)

思い出のアルバムの棚にずらりと並ぶ古い写真帖を捲ってゆく塔子の手が止まった。

黒く塗りつぶされている人がいる。ギュッと心臓を握られたかのような異様な恐怖を感じる。場所は初つ春の右上。

(母に勝つ春の話をしてはいけない)

そう思った時、塔子の胸に深く重い何かがのし掛かったのだった。

4月1日。満開の桜と青い空に祝福されながら都をどり開幕したが、塔子は熱がまだ続いているふりをしていた。どんな顔して母に顔を合わせたらいいか迷っていたからだ。

勝つ春の写真を塗りつぶしている母を想像すると、得体の知れない恐怖を感じた。

本当はもっとちゃんと全てが知りたいけれど、母にそれを気付かれたくはない。

具体的な案が出ないまま、布団の中で過ごすだけで1日がすぎる。夜は更けていく。ガヤガヤと家に舞妓ちゃんたちが帰ってきた音がする。

(もうこんな時間か)

うとうとしながらも熟睡は出来ぬまま朝を迎えた。母と舞妓ちゃんたちは慌ただしく準備をして歌舞練場へと出かけてゆく音で目が覚めた。

家は塔子1人を残して再び静寂に包まれる。

(春休みの時間はまだ充分にあるし、スマホがあれば気付かれずに調べられるんだろうけれど)

塔子の携帯電話は決められた番号だけにしか発信できない防犯仕様の携帯電話だ。しかし、テレビもない部屋に隔離しているのを可哀想に思ったのか、今日は差し入れと共にタブレットが置かれている。

勝つ春の名を検索で打ち込む。

京都の花街の芸舞妓はウェブなどには載らない。自分のブログもないし、SNSも禁止されている。一般のお客さんに対して有名になる必要はないからだ。写真を晒すような無作法なお客は、花街のお客としてふさわしくない。年齢層を考えても勝つ春の話がインターネットに出ているわけが無いが、調べずにはいられなかった。

何も出てこなかった。芸妓の写真すら無かった。期待したつもりはなかったが、やはり塔子はがっかりしている。不貞寝ぐらいしかすることがない。


そのまま布団に突っ伏した塔子の微睡まどろみを打ち破るのは電話のベルだ。今時珍しい年代物の黒電話が激しく鳴る。

心臓発作を起こすかと思うくらい、ビクッとして起きた塔子はのそのそと電話に出る。

「あんた具合どうなん、何回携帯かけても出えへんし死んだかと思たわ」
久しぶりに話す初つ春の声は、少し他人のような気がして塔子は答えに戸惑ってしまう。
「熱下がったんやったら16時40分の回の券余っとるさかい、歌舞練場来よし。券は窓口置いとくしな、よそゆき着るんやで。戸締りちゃんとしてな」
矢継ぎ早にママは要件を畳み掛けると私が返事をする前に、電話は切れた。

軽く溜め息をつきながら、塔子はクローゼットに向かった。

(選択肢はふたつ。紺色か白)

紺色のワンピースはいかにも良家の子女といった制服風のオーソドックスなデザインで小ぶりなセーラーの襟が気に入っている。或いは白いワンピースは金の刺繍が特徴的なドレスだ。シフォンの層がはいったスカートの裾がふんわりと膨らみ、凹凸があまり無い薄い体を貧相に見えなくしてくれるから塔子は気に入っていた。

(帰りは寒くなるかもしれない。白いカーディガンも羽織っていこう)

あの日出逢った白い着物の男の人を思い出していた。

(また庭に行ったら会えるかな)

無意識に塔子に白を選ばせた。久しぶりのお出かけに心は踊るように軽い。悩みが少し取れたように感じるのは錯覚ではないだろう。髪も綺麗に編み込みにし、お気に入りのエナメルの肩掛けを掴む。

思ったより準備に時間がかかってしまい、庭で過ごす時間が減りそうで塔子は少し焦る。階段を早足で駆け降りて、急いで玄関の鍵を回す。勢いよく引き戸を開くと、背の高い青年が私の前に立ちはだかっていた。

栗色の目にまつ毛が長い。太めの眉毛に少し茶色がかったくせ毛の髪。鼻が高くて彫りも深い。細身だけど筋肉質な体格をしている。芸能人に似てる人はいないけど、ファッション雑誌には出ていそうな華やかさはある。

(この人、日本人じゃないのかな)

塔子がそう思った理由は服装にある。青年は五つ紋の羽織に袴を履いていた。お正月や結婚式でもないのに日本人がこんな格好するわけない。たまに迷い込んでくる観光客がいるから怖くはなかった。

(料亭と間違えて来ちゃった外国人観光客なのかな)

引き戸と同じくらいの位置の頭をさげ、背を折り曲げて、青年は塔子の顔を覗きこんできた。

「白いドレスが花嫁衣装みたいやん。お出迎えしてくれたんは嬉しいけど、思ったよりちっこいなあ。こんな子供を借金のカタに貰うんはちょっと気が引けるんやけど」

流暢な関西弁だった。超絶日本人には違いなかったが、塔子は彼が何を言ってるか理解できなかった。何を言っているかは分かったけれど、理解が出来なかったのだ。

困惑して返事をせぬ塔子を男は軽々と抱きかかえて困ったように笑った。
「まあ、塔子ちゃん?やったけ。仲良くしよや」

そして男は軽くジャンプすると瓦屋根をもう一度蹴る。漆黒の翅を羽搏かせる男に抱かれて、塔子は空を飛んでいた。

(わたし、まだ寝てるのかな)

急速に意識が遠のいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...