6 / 26
第一章 枝垂れ桜の庭で
狐の嫁入り
しおりを挟む
紅丸は塔子を庇いながら、隠れていろと合図をした。警戒しながらリビングに進む紅丸を見送りながら、私は素直にクローゼットに隠れた。今日は晴れているはずなのに雨音が聞こえる。
「いきなり人んちの窓を粉々にするのは流石にないやろ。なんの用や」
紅丸の声がリビングから聞こえる。
「随分可愛らしい部屋だな。無骨な山狗の部屋とは思えん」
誰の声だろう。聞き覚えがある気がする。
「ここで嫁と新婚生活する予定やからな!」
紅丸は得意げに返している。
「申し訳ないが、塔子は私が予約済みだ」
名を呼ばれた途端、塔子の脳裏に祇園甲部歌舞練場の庭で出逢った白い着物の人の姿が鮮やかに蘇る。塔子はクローゼットを抜け出してそっと開いてるドアの隙間からリビングを盗み見る。
(やっぱり、あの人だ)
「その娘の母は天狗に縋る前にすでに私と契約している。それは鞍馬の大天狗も知っているはずだよ」
少し片眉をあげた白い人と塔子の視線が交差する。美しいけれど寒気をするような冷たい人という印象を受けた。
「花嫁は返してもらう」
「月のもんもきとらん子供やぞ」
そう言われた切れ長の目を見開き、銀色の髪も逆毛だてた。
「なぜ知っている…!」
「さっきベッドで言われたから」
1枚しか割れていなかったリビングのガラス窓が次々と粉々に弾ける。
「おまえ嫉妬しとるんけ?!」
狐は逆毛立てたまま、紅丸に向かってゆく。
「さよう、狐は嫉妬深い。このままお前を喰い殺してしまいたいぐらいだ。だが、いくつもの神に縋るような愚かな女が元凶でお前らに咎はないから引けば今回の件は許す。娘に関しては私が先だ。九尾の狐に勝てると思うのか?山狗が」
(耳も尻尾もないけど、狐なのか)
確かに言われてみれば、艶やかな白銀の髪も、赤い口も金色の眼も狐を思わせた。紅丸は狐の言葉に躊躇した様子をみせるが、あきらめきれないようにゴネる。
「塔子ちゃんが、どっちを好きかとか気持ちとかで決めるとかあるやろ…」
(いや、紅丸さん私の気持ち考えてくれたタイミングなかったと思うんだけど…?てゆうか二択しかないの…?)
心中穏やかで無い塔子に、狐のダメ押しの一言が降ってくる。
「娘は桜の吹雪く中でのロマンチックな出逢いで私に一目惚れしている」
「一目惚れとかはしてません!」
塔子は堪えきれず口を挟んでしまった。
狐は塔子の言葉には心底心外だったようだ。
「お前との出逢いを演出するためにわざわざ祇園の枝垂れ桜を今年は半月を早く咲かせたのだぞ!桜吹雪に吹かれるこの私を美しいと思っただろう」
(ナルシストだ、この人)
「確かに綺麗な人とは思ったけど…」
塔子の言葉に満足気に狐が頷く。
「一目惚れはしてません」
塔子はキッパリと言い切った。
「ガラスなんて危ないですし、紅丸さんの家にきて暴れるなんて、大人としてひどいと思います。一目惚れもしなかったけど、今後狐さんを好きになれる気もしません」
狐は面食らったようだった。今度は満足気な顔で私の話を聞く紅丸に向かった。
「いや、紅丸さんもいきなり人を拉致して暴行しようとしたんですよ。犯罪です!全然許しません」
「せっかく綺麗によそゆきを来て、髪の毛を編んで間に合うように家を出たのに!公演見逃しちゃったし、絶対ママに怒られるやつだから、誰にも見つからないように早く私を家に帰してください!」
塔子は言いながら大粒の涙をポロポロ流した。狐と天狗は少しバツが悪そうだった。すんなりと帰してもらえた。
リビングだけでなく、全ての部屋の窓ガラスが割れた紅丸のマンションは、至る所にガラス片が飛び散った状態であったし、塔子の今後の処遇については狐と天狗の間での話し合いをすると言われた。
狐は私を誰にも見つからずに送り届けることにかけては、完璧に成功した。お風呂にゆっくり浸かりながら、今日の出来事を思い出す。四条通りも花見小路も溢れんばかりの観光客がいて、見知った顔もチラホラあったのに誰も私たちを認識しないことが本当に不思議だった。
「せっかくのデートなのにね、可愛い子を連れて歩いているのを自慢できなくて残念だ」と吐息混じりに耳元で囁かれた塔子はゾワゾワして、帰り道はずっと狐をシカトをしていた。無視されたことに機嫌を悪くした狐はレンタル着物を着た女の子たちにピンポイントに俄雨を降らせ、悲鳴をあげさせて遊んでいた。今思い出してもゲンナリする。
(顔は綺麗だけど、性格に難ありだなあ)
塔子は今のところ、どちらか選ばなきゃいけないといわれたら、絶対紅丸だなと思っていた。
(紅丸は可愛い部屋を用意してくれてたし、優しそうで悪いやつじゃなさそう)
意地悪そうな狐は、そういえば未だに名前も知らない。
敷きっぱなしのお布団に服のままポフっと倒れこむ。母たちにはまだ行っていないのがバレていないようで、安心したら眠くなった。今日の出来事は衝撃的すぎて、思考は形になるでもなく微睡みを通過していく。
(勝つ春は、夢で見た通りだろうか。指切りすらせずに約束を交わした彼が父なのだろうか)
夢の細かいディテールは指の隙間から水が溢れるように、掴もうとするほど思い出せなかった。とりあえず父の顔はもう思い出せない。
夕飯も食べぬまま、塔子は眠りについた。
「いきなり人んちの窓を粉々にするのは流石にないやろ。なんの用や」
紅丸の声がリビングから聞こえる。
「随分可愛らしい部屋だな。無骨な山狗の部屋とは思えん」
誰の声だろう。聞き覚えがある気がする。
「ここで嫁と新婚生活する予定やからな!」
紅丸は得意げに返している。
「申し訳ないが、塔子は私が予約済みだ」
名を呼ばれた途端、塔子の脳裏に祇園甲部歌舞練場の庭で出逢った白い着物の人の姿が鮮やかに蘇る。塔子はクローゼットを抜け出してそっと開いてるドアの隙間からリビングを盗み見る。
(やっぱり、あの人だ)
「その娘の母は天狗に縋る前にすでに私と契約している。それは鞍馬の大天狗も知っているはずだよ」
少し片眉をあげた白い人と塔子の視線が交差する。美しいけれど寒気をするような冷たい人という印象を受けた。
「花嫁は返してもらう」
「月のもんもきとらん子供やぞ」
そう言われた切れ長の目を見開き、銀色の髪も逆毛だてた。
「なぜ知っている…!」
「さっきベッドで言われたから」
1枚しか割れていなかったリビングのガラス窓が次々と粉々に弾ける。
「おまえ嫉妬しとるんけ?!」
狐は逆毛立てたまま、紅丸に向かってゆく。
「さよう、狐は嫉妬深い。このままお前を喰い殺してしまいたいぐらいだ。だが、いくつもの神に縋るような愚かな女が元凶でお前らに咎はないから引けば今回の件は許す。娘に関しては私が先だ。九尾の狐に勝てると思うのか?山狗が」
(耳も尻尾もないけど、狐なのか)
確かに言われてみれば、艶やかな白銀の髪も、赤い口も金色の眼も狐を思わせた。紅丸は狐の言葉に躊躇した様子をみせるが、あきらめきれないようにゴネる。
「塔子ちゃんが、どっちを好きかとか気持ちとかで決めるとかあるやろ…」
(いや、紅丸さん私の気持ち考えてくれたタイミングなかったと思うんだけど…?てゆうか二択しかないの…?)
心中穏やかで無い塔子に、狐のダメ押しの一言が降ってくる。
「娘は桜の吹雪く中でのロマンチックな出逢いで私に一目惚れしている」
「一目惚れとかはしてません!」
塔子は堪えきれず口を挟んでしまった。
狐は塔子の言葉には心底心外だったようだ。
「お前との出逢いを演出するためにわざわざ祇園の枝垂れ桜を今年は半月を早く咲かせたのだぞ!桜吹雪に吹かれるこの私を美しいと思っただろう」
(ナルシストだ、この人)
「確かに綺麗な人とは思ったけど…」
塔子の言葉に満足気に狐が頷く。
「一目惚れはしてません」
塔子はキッパリと言い切った。
「ガラスなんて危ないですし、紅丸さんの家にきて暴れるなんて、大人としてひどいと思います。一目惚れもしなかったけど、今後狐さんを好きになれる気もしません」
狐は面食らったようだった。今度は満足気な顔で私の話を聞く紅丸に向かった。
「いや、紅丸さんもいきなり人を拉致して暴行しようとしたんですよ。犯罪です!全然許しません」
「せっかく綺麗によそゆきを来て、髪の毛を編んで間に合うように家を出たのに!公演見逃しちゃったし、絶対ママに怒られるやつだから、誰にも見つからないように早く私を家に帰してください!」
塔子は言いながら大粒の涙をポロポロ流した。狐と天狗は少しバツが悪そうだった。すんなりと帰してもらえた。
リビングだけでなく、全ての部屋の窓ガラスが割れた紅丸のマンションは、至る所にガラス片が飛び散った状態であったし、塔子の今後の処遇については狐と天狗の間での話し合いをすると言われた。
狐は私を誰にも見つからずに送り届けることにかけては、完璧に成功した。お風呂にゆっくり浸かりながら、今日の出来事を思い出す。四条通りも花見小路も溢れんばかりの観光客がいて、見知った顔もチラホラあったのに誰も私たちを認識しないことが本当に不思議だった。
「せっかくのデートなのにね、可愛い子を連れて歩いているのを自慢できなくて残念だ」と吐息混じりに耳元で囁かれた塔子はゾワゾワして、帰り道はずっと狐をシカトをしていた。無視されたことに機嫌を悪くした狐はレンタル着物を着た女の子たちにピンポイントに俄雨を降らせ、悲鳴をあげさせて遊んでいた。今思い出してもゲンナリする。
(顔は綺麗だけど、性格に難ありだなあ)
塔子は今のところ、どちらか選ばなきゃいけないといわれたら、絶対紅丸だなと思っていた。
(紅丸は可愛い部屋を用意してくれてたし、優しそうで悪いやつじゃなさそう)
意地悪そうな狐は、そういえば未だに名前も知らない。
敷きっぱなしのお布団に服のままポフっと倒れこむ。母たちにはまだ行っていないのがバレていないようで、安心したら眠くなった。今日の出来事は衝撃的すぎて、思考は形になるでもなく微睡みを通過していく。
(勝つ春は、夢で見た通りだろうか。指切りすらせずに約束を交わした彼が父なのだろうか)
夢の細かいディテールは指の隙間から水が溢れるように、掴もうとするほど思い出せなかった。とりあえず父の顔はもう思い出せない。
夕飯も食べぬまま、塔子は眠りについた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる