〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第二章 藤の散る庭で

初恋

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「仕込みちゃんも舞妓ちゃんもアレルギーの子がおるかもしれんし、毛が着物についたらかなんわ」

なぜだろう。子猫をねだった幼い塔子に母が言った言葉が今さら蘇る。あの頃の憧憬に似た気持ちが今も胸から離れない。

(吹雪の狐耳、本当にふわふわだったな…)

塔子は昨日を思い出していた。お願いをしたあとはもちろん、無事瑞希と陽菜と合流して念願の都をどりを観覧した。初つ山の舞妓ちゃんたちも可愛くて素敵だったし、芸妓のおねえさん方は美しく凄みがあったが、塔子が忘れられないのは吹雪ただ1人だった。

ずっと夢を見ているような浮遊感がとれない。誰よりも優美で所作が美しく、視線ひとつで誰もを殺せそうな極上の美。もはや嫌悪感などない。

(なぜ彼の花嫁になることを拒んだのだろう)

今となっては分からない。今の私は吹雪に会いたくて堪らない。

「塔子ちゃん、具合わるいの?」
「顔がなんだか赤いな」

幕が降りても、ぼうっとしたままの塔子に心配そうに声をかけてくれる。立ちあがろうとして、ふらついた塔子を瑞希が支えた。

「今夜は早く帰って寝た方がいいかもしれないわ」
「ご飯はまた今度にしようぜ」
狐の邪魔は入らなかったのに、2人に迷惑をかけてしまって胸がチクンと痛む。でも確かに体が変だ。塔子は家にまっすぐ帰ることにした。

塔子は宙に浮いたよな気分のまま、家に帰り着く。服を脱がないまま布団に倒れ込む。

(お酒に酔っ払うってこんな気持ちなるのかな)

なぜだか分からないけど、もう一度吹雪に会いたくて。明日も歌舞練場に行こうと思った。風呂に入り、夕飯を食べる。帰って来た母に切り出すと、あっさりと許可は出た。「せやね、おんなじ振り付けでも出演者が違うと印象が変わるから何度でも観たらええ」と、言って電話をかけてくれた。

翌日、中学を終えた私は駆け足で歌舞練場へ向かっている。帰り道の巽橋には塔子を待つ紅丸の姿があった。

「どいてよ、急いでるの」

塔子の強い言葉を受けた紅丸は心底ビックリした顔をし、その後傷ついたような顔をした。そして最後に怪訝な顔をする。

「早くどいてよ」

私の言葉に紅丸は顔を顰めた。

「ホンマ、あの狐はろくでもない」
「吹雪の悪口言わないでよ」
「おとなしゅうしときや、すぐ治したるわ」

いきなり抱きつかれる。パニックになって暴れる私を天狗は軽くいなし、片手を背中に当てる。するとその瞬間視界がクリアになった。

私の視界に紅丸の笑顔がクリアに入ってきた。

「どや?」

「なんか、夢から醒めた感じする」

私がそうゆうと紅丸はニンマリと笑った。
「言い忘れたんやけど、あの狐とどっちが貰うかは塔子ちゃんの気持ち次第になったんや」
「花嫁の話?」
「俺に惚れたら俺の花嫁になる。惚れんかったらそこまで、それに狐も納得したはずなのに、卑怯な手つかいよるよな?」

だいたい察しはついているけれど、塔子は念のために紅丸に聞く。

「そらもう、狐の妖術よな!会いたくてたまらんくなってたんやろ?」

(心を操るなんて吹雪は最低だわ)

塔子は母に何枚も観覧券を用意させてしまったことに、罪悪感を覚えた。

「ママに都をどり公演終了するまで毎日観に行くって言ったの狐に化かされたせいだなんて、ママに言えないよ」

塔子が芸の道へ進むかもしれないと母に期待させてしまった。溜め息が止まらなかった。

(恋するとあんなに理性を失うものなのかな。それとも妖術だから本当の恋とは違うのかな)

女子校育ち、置屋育ちの塔子は男性と知り合う機会すら少ない。話をするのは組合のおじさんたちぐらいだ。あんなにぼうっとして自分が自分でなくなるなんて、意外で少し怖くなった。

浮かぬ顔をする私を慰めるように、紅丸は頭を撫でた。

「九尾のキツネは強いからな、正直どんな手つこてもアイツが化かそうって思ったら、人間は逆らうの無理やし塔子ちゃんのせいやないって」

「でも、気持ち操れられちゃうとか馬鹿にされたみたいで、すっごい悔しい」

「さすがに男として卑怯すぎるわ。塔子ちゃん仕返ししたかったら、俺、アイツが1番嫌がること知ってんで」

食いついた私に、紅丸はイタズラっぽく笑った。

「俺とデートすることや」



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