〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第二章 藤の散る庭で

初めてのデート

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公演は16時40分に始まる。学校が終わってからすぐ走ってきたから、まだ1時間以上時間があった。

デートを了承した塔子を連れて、紅丸が向かったのは巽橋すぐそばの甘味処である。

〝ぎをん小森〟

紅丸が古い民家のような引き戸を開ける。2人は着物姿の中居に中庭を望む部屋に案内される。

「俺な、塔子ちゃんとゆっくり話したかってん。お互いのこと知らんのに、好きになってもらえるわけないやん」

向かいの席に胡座をかいて座った紅丸に塔子は視線を向けた。さっきは狐の妖術にかかっていたせいだろう。紅丸を邪魔としか認識していなかったけれど、今日の紅丸はシンプルにパーカーとデニムだから大学生に見える。

周りの店員さんや通り過ぎる女性客がチラチラ熱っぽい視線で紅丸を見たり、コソコソと紅丸をみながら話をしてる気配が感じられた。狐の人間離れした美しさに推されて、紅丸の容姿を気にしたことはなかった。塔子は改めて間近に紅丸を眺めた。日本人離れした長い足や細身で筋肉質な体躯。彫りが深くて少し垂れ目でハーフっぽい顔立ち。最初は五つ紋着てたからファッションモデルの人みたいだと思ったけれど、今日はラフな格好でプライベートのアイドルみたいだった。男性と接する機会が少ない塔子でも、紅丸が世間的にはの部類なのだと分かった。

紅丸当人は女性の視線や会話など気にしていないようで、メニューをめくっている。

「塔子ちゃん、なんでも好きなん食べや。わらび餅おいしいし、パフェもオススメやで」

人懐っこい栗色の瞳が塔子を見る。視線が交差して、塔子はドキリとした。

(紅丸も妖術かけてきてないよね)

紅丸にみつめられて塔子は鼓動が速くなる。気付かれないように、メニューへ視線を向ける。わらび餅パフェと抹茶ババロアパフェで悩んでいると伝えると、紅丸は両方とも頼んだ。

なんだか向かい合っているのが恥ずかしくなって、手を洗いに中座した塔子の耳に他の部屋の客の話が聞こえた。

「超絶かっこいい人いたよね。どんぐらい前世徳積んだら、あんな地味子にあんな彼氏出来るんやろ」
「あれは彼女じゃなくて妹とかでしょ」
「妹にしてもパッとしなくない?おんなじ遺伝子無いって。遠い親戚の子供とかじゃん」

さっき塔子たちをジロジロ見て通り過ぎたグループの部屋だ。

(紅丸と私のことかな…)

華やかな紅丸と並んだらどうみえるのか塔子は思い知らされて、胸に重いものがのし掛かったように感じる。そんな胸の内を知るよしもない紅丸は、眩しい笑顔で話しかけてきた。

「公演の時間もあるさかい、初デートなのにゆっくりできひんの残念やな」
「う、うん…」
釣り合わない気がして、気後れする塔子はうまく返事ができない。

(話も下手だし、見た目も地味だし、デートなんかに誘ったの紅丸さん後悔してるだろうなあ)

ほどなくしてパフェが運ばれてくる。それから冷たいグリーンティと、紅丸はミックスジュースを頼んでいたらしい。

「好きなだけおかわりしてええし、時間があったら甘味全種類制覇とか挑戦できるんやけどなあ。パフェふたつで足りるんけ?」

「え、ひとりで2つも食べれないです。片方は紅丸さんの分だと思った」

「両方とも食べたいんやろ、一緒に食べたらええやん」

紅丸は自分の前にある抹茶ババロアパフェをスプーンで掬うと、塔子の口の前に差し出してくる。

「俺も初めてでよお分からんけど、デートってこうゆう感じやろ?」

戸惑いながらも、塔子は差し出された一口を食べる。すごく恥ずかしい。

「私もデート初めてだから、わかんないです」

答えながら塔子は頬が赤く染まるのを感じて俯いた。胸がドキドキするのが錯覚ではないと思った。

「塔子ちゃんの初めてがもらえて嬉しい」

ニコニコする紅丸を真っ直ぐ見れない。促されてわらび餅パフェを食べようとして、別添えの黒蜜を塔子はかけた。

(やはりここはお返しの一口を先に差し出すべきなのかな)

「あ、紅丸さんもこっち一口食べますか」
「ええの?ありがとう」

紅丸は形のいい唇を開ける。口腔内が見える。私は緊張しながら、パフェを掬うとおずおずと紅丸の口にスプーンを入れた。

「あの、スプーン交換しませんか」
「なんで」
「そっちのスプーン私が使って、こっちのスプーンで紅丸さん今食べたから…その…このままだと間接キスになっちゃう…」

そんなことを気にする自分がまるで紅丸を意識しているみたいで、言っている途中に塔子はどんどん恥ずかしくなり、消えいるような声で最後まで何とか言い切る。それを聞いた紅丸は笑い出した。

「赤くなってホンマかわいいな」

可愛いといわれ、塔子は固まってしまう。

「塔子ちゃん、口元にクリームついてんで」

紅丸の声に思わず顔をあげた塔子に紅丸は顔を近づけて、軽く唇をよせる。口元についたクリームを舌で舐めとった。

「間接じゃない方のキスは大丈夫やった?」

突然のことに塔子は声も出ないでいる。

「…大丈夫…じゃ…ないです!大丈夫じゃないです!」

戸惑う塔子に紅丸は笑う。

「ごめん、あんまり可愛かったから、悪戯したなった。はよ食べんと公演遅刻するで」

赤い顔のまま、わらび餅パフェを食べる塔子はさっきのキスの感触が忘れられずにいた。鼓動が大きく速くうち、まるで昨日の吹雪の妖術にかかっていた時みたいに身体がふわふわしている。

食べ終わり、紅丸は歌舞練場まで送ってくれると言う。知り合いに見られたら厄介だから塔子は花見小路の入り口まででいいと断った。

「もう、結局紅丸さんだって変な妖術つかって人を変な気持ちにするなんてひどいもん」
「使ってへんで、そんなもんやり方わからへん」
「じゃあ、何で胸がドキドキして、足がふわふわするんですか」

それを橋で聞いた紅丸は足を止めた。塔子を抱き上げ欄干にのせる。

「俺も塔子ちゃんに何か妖術かけられたみたいで、明日も会いたくなっとるんやけど解いてもらえへん?」
「解くってどうすればいいんですか」
「ちゃんとキスしてくれたら解けるもしれへん」

口車に乗せられている気がする。だけど、目の前の紅丸の眼差しに逆らうことができない。

塔子は紅丸の唇に唇を合わせた。ただ唇を重ねただけなのに、特別に切り取られた2人だけの世界が華やぐ気がした。

キスで妖術が解けるなんて絶対に嘘だと思った。少なくとも、塔子はそのキスで確実に紅丸に心惹かれたからだ。

「私、紅丸さんに明日も会いたくなってます」
「じゃあ明日も同じ場所で待ってる」

約束はそれで充分だった。
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