〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第3章 芍薬の咲く庭で

泡沫

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夜になると紅丸が帰ってきた。

「今日は何も聞かないで欲しい」と、言った。
塔子が準備した晩御飯も「食欲なくてごめんな」と、食べてくれなかった。

紅丸は長くシャワーを浴びた後、お布団に潜り込んできて後ろから塔子を抱きしめて「お前が好きや」と言った。啜り泣いているのが振動で伝わってきた。塔子が振り返ろうとしたら「見んといてくれ」と言われた。

塔子は困惑した。

「一つだけお願いがあんねん」

(なんだろう。こんなに弱っている彼の願いはなんでも聞いてあげたい)

「もう狐に会わんといてくれるか」

紅丸の表情を見ることは叶わなかった。

「うん。二度と会わない」

それだけ答えて塔子は目を閉じた。

きっと里で何かがあったのだ。なんだろうと考えたとき、恐ろしい予感が頭をよぎる。

「皆殺しにしてほしい?」と吹雪が言っていたのを思い出して塔子は震えた。吹雪の口元の血も、紅丸が取り戻した記憶と、「術をかけたやつがあの中にいたんだね」と言った吹雪、ここまで紅丸は憔悴している目の前の事実。点と点が線になる。

しかし紅丸が塔子に告げない以上、聞くなんてことはできない。

大学に行って、普通の女の子みたいに楽しんで、就職したりできるかなって浮かれていた自分が恥ずかしかった。同じ頃に雲ヶ畑に戻った紅丸は一体何をみたのだろう。考えたくなかった。

元凶の女を八つ裂きにもせず、まだ抱きしめてくれならばこれからを捧げることでしか償えないと塔子は思った。

「紅丸さん」

背中で嗚咽を漏らす紅丸に、塔子は声をかける。

「私をお嫁さんにして」

紅丸はぎゅっと私を抱きしめる。

「紅丸さんの子供、きっとたくさん産むから」
もう、この身はどうなっても良かった。

翌日の新聞には雲ヶ畑の山火事のことが載っていた。吹雪が里を燃やしたのか、紅丸が荼毘にふしたのか分からないけど、里はやはり皆殺しにされたのだと思う。

何日か経ってから紅丸は言葉少なに「里で火事が起きてみな死んだ」と告げた。吹雪は紅丸には手を出さないと言っていたけど、得体が知れない吹雪は怖かったし、紅丸が復讐に行ったりしないかも心配だった。

勝つ春の家も、御所西のマンションも、里も。どこも安住の地とは言えなかった。

塔子は誰にも告げず、大学にもいかず、2人で逃げた。京都を離れ、新しい街でどれだけ愛し合っても子を孕むことは無く、無情に月のものが血とともに全てを流してゆく。

吹雪にお願いに行かなければ、子供を作れない。しかし、紅丸が側を片時も離れない今塔子が吹雪に会いに行くのは不可能だ。

「俺にはもう塔子ちゃんがおればええから」

何度子が着床すらせずに流れてても、紅丸は責めなかった。

塔子には吹雪に一矢報いる力はなかった。吹雪の力がどんなものかは知らないが、一族を皆殺しにされた紅丸が報復すらしない理由は九尾の圧倒的な強さによるものなのだろう。

何度かの春が巡り、今年も雲ヶ畑の里の跡地へ墓参りに行く。私たちに会話はなかった。

長雨の後に言葉なく山を降りる最中、塔子の歩いていた山道は崩れ、谷へと落ちる。紅丸が気づいて翼をひらいて落下する私を追いかけて手を伸ばすが、間に合わない。

(愛する人に、何もしてあげられないまま、
きっとこれが私の終わり…)

      ◆

暗闇から私を呼ぶ声がする。
鞍馬の山で狂って死んだ母か、天狗の里の亡霊か、
目を開けることもなかった私の息子か。
沢山の亡骸が私の足に絡みついている。
このまま、私は彼らと亡霊の一部になるの。
なんという甘き死か。既に死は救済だ。

しかし身体が浮き上がり、
生温かい亡骸たちの黒い粘液の中から
私だけが引き剥がされてゆく

いや、離れたくない。外は寒いのに。
もうこのまま眠りたいのに、なぜ?

      ◆

塔子が目を覚ますと、そこは知っている天井だった。
祇園の〝初つ山〟2階の奥の部屋だ。

(私は何故生きているの?)

窓の外を見る。五つ紋の羽織袴で歩いてくる紅丸が見える。

部屋の姿見を見れば、あの時お気に入りだった白いワンピースを着ている14歳の塔子がいた。
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