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第四章 Re.枝垂れ桜の咲く庭で
Re.狐の嫁入り
しおりを挟む翌朝は青空に雨降る〝狐の嫁入り〟だった。
吹雪が迎えにくる。塔子に関わってきた人間の記憶は消された。花嫁行列もだれも目に止めない。
花嫁衣装は角隠し。
狐面の黒子が支度をしてくれる。
白塗りにして紅をさす。
人力車の車夫も狐面だ。
「急いで準備をしたから、結納の品を忘れていた。人間の女は物質に執着があるという。何か欲しいものはあるか」
聞かれて戸惑う、欲しいもの。
「俺は指輪なんぞはしたくないから、宝石ならばお前が身につける分だけでいい。何でも欲しいものを贈ろう」
「それでは、枝垂れ桜のペンダントが欲しいです。赤い箱に金の装飾のお店で、大丸か高島屋の一階にある気がします」
「随分具体的だな、分かった。探して来させよう」
行列の狐面数人が吹雪に操られるように動く。
鈴を鳴らしながらゆっくりと行列は花見小路を進む。観光客は自ら道を開けるが、全く気づいてはいない様子だ。
異変は巽橋で起こった。花嫁行列を堰き止めている若い男がいるようだ。紅丸の姿を視界にとらえて、私は青くなる。
「なんで抜け駆けしとんねん。狐!それは俺の花嫁やろ」
「鞍馬の天狗には聞いていないか?契約は私の方が先だ。それに塔子は私に惚れたのだ。花嫁にもらって何が悪い?」
吹雪が牙を剥く。
「吹雪、お願い。彼を殺さないで」
「なぜ?邪魔するやつがいたら一族郎党まとめて殺しておいた方が良いと思うが」
吹雪の身体に抱きついた塔子が止める。先ほどの狐面の男たちが戻ってくるのが見えた。
「吹雪、あれはもしかして結納の品を見つけてきてくれたのではないですか」
狐面の男が箱を開いて差し出した結納の品は紛れもなく枝垂れ桜のペンダントだった。私の目の前に差し出す。吹雪が微笑みながら取るように促す。私が指先がペンダントに触れたとき、無作法な紅丸の声がする。
「俺もそれ、あんたに似合いそうやと思うとったわ」
呆れたように吹雪がわらった。
「負け惜しみにも程があるだろう。許してやるから、とっとと山へ帰れ」
ペンダントつけて花嫁衣装の下に隠す。
「もう2度と私に近づかないでください。吹雪があなたを殺すのを見たくありません」
人力車の上から、紅丸を見下ろして塔子は言い放った。
花嫁行列は厳かに鈴を鳴らしながら通り過ぎた。
(さようなら、紅丸)
塔子は真っ直ぐに、前だけを見つめる。
2度と紅丸に視線を向けることはなかった。
花嫁行列は白川に沿って進み、平安神宮の手前にある大きな屋敷町で止まった。古い数寄屋造りの日本家屋が塔子と吹雪の新居のようだ。
中に入ると、小さな中庭から見える四角い青だけが空だった。中庭の枝垂れ桜は誇らしげに咲いている。
「塔子が好きな花だから」と答えた。
2人だけの祝言は自由そのものだ。親族も友人も親兄弟もいない。時折り、舞えと言われた塔子は桜の前で舞う。それを観ながら杯を傾ける吹雪は上機嫌だ。二人だけの三々九度。神前式なのに、隣の新郎が神様なのだ。
少しお酒が入った塔子は笑い上戸になった。
そして塔子が吹雪にせがまれ、三味線と歌を披露したときは、下手くそすぎて吹雪腹をかかえて笑っていた。美しく優美な狐の気さくで可愛らしい一面に触れて、嫌う女性などいるのだろうか。
二人きりだけれど、笑いが溢れて良い式だと思った。
少なくとも今世に於いては、塔子は吹雪に何も酷いことをされていない。寧ろ騙した形で貰ったペンダントを考えたら、非があるのは塔子のほうだ。
2人だけの宴席を終えると、狐面の女が塔子を風呂に連れてゆく。一人で入れるが着物を脱がせる為かもしれない。温泉旅館のような更衣室と高野槙の風呂だ。塔子は狐面の女がペンダントを外そうとするのを止めた。
まだ、つけていたかった。
狐面の女は塔子の日本髪を洗う。鬢付け油の処理は大変だから、やはり女の手伝いが来たのは正しかった。白塗りの化粧も洗い流し、髪も解き、サッパリして湯をあがる。塔子の長い髪を乾かしてくれる。
湯を上ると蚊帳に包まれた寝室に通される。雪洞の灯りが綺麗だ。中庭を望みながら待っていた吹雪が、こちらを向く。着流した浴衣が涼しげだ。
(忘れていたけど、初夜だ)
途端に緊張が走る。初体験にはトラウマしかない。
「おいで、何もしないから」
吹雪は布団で塔子を抱きしめるとそのまま寝転んだ。胸の上でトントンと寝かしつけるようなリズムで、吹雪は寝かしつけてきて、吸い込まれるように塔子は眠りに落ちていった。
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