〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第四章 Re.枝垂れ桜の咲く庭で

花嫁

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塔子にとっては数年ぶりに会う憎き狐だが、この世界だとほんの数日ぶりのはずだ。吹雪は塔子の願いによって毒を分け与え、泣く塔子の為に雲ヶ畑の天狗に報復をしたことを塔子も分かっていない訳ではない。恨むのは筋違いというものだった。

(それに私は吹雪に何もされていない)

記憶の意図を辿れば、まだ吹雪は歌舞練場の中庭で塔子と初めて会ったばかりである。たしか…

(確か、私が一目惚れしたとか言ってた。紅丸が私を攫わなければ、所有権が自分にあるとは主張しなかったはずだわ)

塔子はあの頃は分からなかった吹雪の気持ちが分かるような気がした。吹雪は、所有権があるから仕方なく花嫁になるような物語を求めていないのだ。

あくまでも、塔子が自然に吹雪を好きになることを仕向けたいに違いない。

(めっちゃくちゃ拗らせていて、めんどくさい狐なんだな)

塔子の中身はもう14歳ではない。きっと吹雪は今世でも、塔子が紅丸と会えば邪魔をしてくるだろう。そして、吹雪の強大な力には勝てない。塔子が普通に生きたくても、きっと吹雪はどこかで関わってくる。

(最初から出逢わなければ良かったのに。人生の巻き戻しが吹雪と出逢ってからだなんて)

「塔子、何を見てるの」

塔子は完全に吹雪をシカトして、ボーっとしていた。これでは意味がない。慌てて「あまりに綺麗だから見惚れてました」と、棒読みで答える。人の心を読めたら、終わりだなと思った。

改めて目の前の吹雪に向き合わなければいけない。

「今日は塔子が泣いていなくて、良かった」
吹雪が微笑むと花が開くようだった。幻想的な光景に、全てを忘れてしまう。

「そんないつも…泣いてないです」
「そうかな、私が会う時塔子はいつも泣いている気がする」

突然、幼少期の記憶の断片が蘇る。

赤いビニールのサンダルと白い綺麗な人。

「あれ?私、小さい頃にもあなたに会ったことある」
呟いた塔子に吹雪は嬉しそうに答える。

「やっと思い出してくれた。塔子はそこの橋を渡ろうとした時にサンダルを池に落としたね」

こんなふうに優しい顔でケタケタ笑う吹雪を初めてみる。

「7年前に改修工事が始まるまでは、よく塔子と遊んだものだよ。藤棚がお気に入りの場所だったね」

断片的だか、小さい頃の記憶が写真のアルバムを捲るように脳裏を通り過ぎてゆく。

「ごめんなさい。全然気付かなくて、この間が初対面とばかり思ってたから」
「いや、私にとってはそれも昨日のような気持ちだから…長生きすると時間の感覚なんて無くなってしまう」

吹雪は遠い目をする。

「中庭におかえり、塔子」

優しい手が私の頭を撫でた。

「吹雪はどれくらい生きてるの?」
「言うほどそんなに長くない。九尾の狐になったのは、ほんの15年ほど前だしね」

意外だった。

「九尾になる?って何?」

「そう、私はね、ただ長生きしただけの狐だ。140年ほど前に歌舞練場の中庭を気に入って、住み着いた。あの頃はまだ尻尾は8本だった。15年ほど前に、或る芸妓に頼まれたんだ。お腹の子を産みたいって。好きな人の子供だからどうしても産みたいってね」

吹雪は一度言葉を切って、話すか躊躇ってるみたいだった。塔子はその芸妓が勝つ春に違いないと思った。

「その子は死産に違いなかった。女は沢山のややこしい呪いを抱えていたから。助ける為には八尾では不十分でね、神格化することが必要だった」

「九尾になりたくなかったの?」

「ああ、神様になんてなりたくなかった。人の願いなんて興味ないし、社もいらない。ただ…」

吹雪は私の頬に触れた。

「あの時の子がこんなに大きくなったのだから、九尾になって良かったと思うよ」

塔子の気持ちはぐじゃぐしゃだった。なぜ吹雪はそれを前回教えてくれなかったのだろう。天狗の里を皆殺しにした吹雪の気持ちがやっと理解できた気がした。

(吹雪は、きっと私を愛してるんだわ)

それを理解した時、私の目から涙が溢れた。

「ありがとう」

泣きながらそう呟くわたしに、吹雪は慌てる。

「そんな話じゃなかっただろう。なぜまた泣くんだ」
「嬉しくて…」

吹雪は困ったような顔をしている。塔子は言葉を続ける。

「私が生まれてきて良かったと、そこまで愛してくれる人がいるのが嬉しくて涙が止まらないの」

吹雪は塔子を抱きしめた。

「さびしい思いをさせた、もっと早く言えば良かったな。そうだ。塔子、私はお前を愛してる」

公演が始まってしまう。

「また、いつでも会いにおいで」と微笑む吹雪を置いて、劇場に塔子は向かった。

公演を終えて、劇場から吐き出される人波にのり、祇園町を歩く。吹雪から逃げて紅丸と知らない街を彷徨ってた年月を経て、久しぶりにみる京都の桜はすごく綺麗だった。何年振りだろうか。

せっかくの春の黄昏時に、人波にのって鴨川まで足を伸ばす。桜を見ながら私は歩く。空が紫色に染まり、夜の帳が下りようとしている。ここを曲がれば白川へゆける。私は迷った。枝垂れ桜の咲き誇る夜、巽橋に行きたい。きっと紅丸はいないからと塔子は自分に言い訳しながら進む。自分の気持ちが本当は分かってる。

人通りが多い。夜桜が満開だから賑やかだ。子供たちは八坂神社や円山公園の帰りだろう。わたあめや焼いたとうもろこしを持っていたり、缶ビール片手の大人が騒いでいたり。

でもどんなに人がいても、塔子は紅丸をきっと見つけることができてしまう。

巽橋の向こうから歩いてくるのは間違いなく紅丸だった。思わず逃げた。通りの陰に隠れて、覗き見る。紅丸にまとわりついている雨汰ウタもいる。

(ああ、この頃からずっとだったんだ)

雨汰ウタの楽しそうな表情をみれば、恋しているのが丸わかりだった。

(巽橋も、紅丸の隣も私だけの特別な場所だったのに)

でも巽橋はただの橋で、誰もが通る。紅丸の隣は塔子よりずっと昔からきっと雨汰ウタがいた。

まだ生殖能力がない塔子には紅丸は興味を示さない。その証拠に人混みに紛れた塔子に気づくことなく2人は通り過ぎたのだ。その背中を見送って、塔子は立ち尽くしている。

(これでいい。紅丸が元気で、生きていて、寂しくなくて、笑ってて、幸せならいい)

塔子はひとりぼっちで、泣いた。

「やっぱり会うたびに泣いているね?」

ビクッとなって声の方に目を向けたら吹雪がいる。

「お前を泣かせた者がいるなら、報復してやろうか」

紅丸が他の子と微笑みあっていたからなんて言えなかった。ギラリと光る金色の目は全てを見透かしているようで怖かった。

「あなたのせいだわ」

吹雪は目を細める。

「だって私、生まれた時からずっとひとりぼっちでさびしいんだもの」

「では私の花嫁になるがいいよ」

吹雪は塔子の頬の涙を冷たい指で拭う。

「私が恋しくて泣いたのなら」
美しく優雅に塔子の腰を抱き寄せる。
「死ぬまでそばにいるがいい」

微笑んだ吹雪は眩しかった。

「私は庭の一番大きな木を寝床にするのが好きだが、塔子はそうゆうわけにもいかないだろう。今夜は置屋まで送ろう。明日には準備をしてきちんと迎えるよ」

「まだお名前をしりません」

知っているけれど、吹雪が名乗らないままでは呼びようがなく困っていた。塔子の言葉に吹雪は笑った。

「吹雪と呼べ。呼び捨てでいい」
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